大学受験|数学


佐藤の単元別超教科書シリーズ 佐藤の数学教科書 2次関数編

新しい数学教科書の必要性
 私はすでに50年以上も数学に関わってきました。大学で複素解析函数論を研究するかたわら、小・中・高校の数学教育についても強い関心を持って、機会あるごとに関わりを持って来ました。30代でラジオ講座や予備校の講師も務めました。また、大学の教科書のほかに、中高の参考書や検定教科書を70点以上も執筆して来ました。
 数学の教育と研究に大半の時間を費やして来たここまでの人生を振り返って、どうしても納得できないこと、不満なことがあります。
 それは、日本の小・中・高校生のみなさんが、確かな理念もない指導要領に縛られた枠の中で算数・数学教育を受けていることです。私に残された時間を有効に燃焼させたいと考えたとき、この制約の強い文科省の検定にとらわれないで、もっと自由に、ゆるく解釈した指導要領の中で、自分が構築した数学の流れに沿った新しい教科書(検定外)を書いてみたいと思ったのです。
 そういう思いと願いが強まり、私の心の裡に満ち溢れようとしたちょうどそのとき、不思議なことに本シリーズの出版依頼が来たのです。

●欧米の数学教科書は、日本の教科書とは比べものにならないほど立派です。あえて比較すると、日本の教科書は体裁といい、中身といい、たいそう貧弱に見えてしまいます。
 実際、欧米の教科書は、4色カラーで見て楽しく、図版が多くて分かりやすい上に、豊富な内容で分厚く作られています。もちろん値段も高価ですが、日本の検定教科書との差は、その国が理数科目にかける意気込みの差なのでしょうか。
 日本の高校生の7割が数学を嫌い、残りの3割が理工系を目指しています。わが国の教科書は最大公約数の生徒を対象にして作られていますから、生徒の比率に見合うように必要最低限の内容で、薄くて安価です。それをどう教えるかは現場の教師の裁量に委ねられていますが、残念ながら、日本の高校では、数学の先生方で自在に教科書を遣いこなし、納得のいく授業ができる優れた教師は全体の2割から3割とも言われています。
 そんな先生に当たる生徒は幸いですが、当たらない生徒たちは悲劇です。こんな場合、生徒はどうすればよいのでしょうか。

●多くの高校生が抱いている2つの共通な疑問があります。1つは、「なぜ、数学を勉強しなければならないのか」という日常的かつ根源的な疑問です。もう1つは、「あるタイプの問題はできるのに、少し変えられると解けない」という切実な問いかけです。私は、この2つの疑問をさかのぼれば、同じ根元に辿りつくと考えています。
 すべての高校生に数学を必修教科とする理由として、従来次の理由があげられてきました。

(I)将来、大学で学問としての数学を学ぶための基礎学力をつけさせる。

というものです。
 これは大変偏ったものさしですが、明治時代からの数学教育の目標を考えれば、わからないわけではありません。明治政府が推し進めた富国強兵と欧州列強に追いつき追い越せの政策は、産業を興し工業化への道を歩むために、高度な理数科教育を推し進めることでした。それが(I)の理由であり、それを今日まで引きずっているのです。その結果、今日の数学教育はどうなったでしょうか。
 文系の大学生は、数学を課せられなくなった途端に、数学の知識のほとんどを忘れてしまい、一方、理系の学生は、高校までに身につけたはずの学力が、学問としての数学の十分な基礎力になっていないために挫折せざるを得ないのです。
 私は、高校生の実態と彼らが大学入学後どうなっていったのか、両方をつぶさに見て来ましたが、このような悲劇を避けるためにも、新しい数学の見方と評価法を構築する以外に方法がないと考えたのです。

●それは、前にあげた2つの疑問に答えられるものでなければならないはずです。それが、後に述べる4つの視点をもって数学を学ぶ学び方で、これによって修得できる力が
(II)将来、社会生活の中で起きるさまざまな問題を解決するための論理的な方法が構築できる。

というもので、その能力を問題解決力といいます。
 大学を目指す多くの高校生が受験するセンター試験においても、近年、知識の有無の確認に重点をおく出題姿勢から(II)の問題解決力を測るという考え方に軸足を移したことは、高校生諸君にとっても、科学立国を唱導する日本にとっても幸いなことだと思います。
 あとは、毎日の高校の授業が、私の提唱するこの新しい評価法に基づく学習法に変わっていくことを希望するばかりです。それを担うのは高校の授業を担当する先生方ですが、この方法が教室にまで浸透していくにはまだまだ時間がかかりそうです。そこでいま直ぐに私にできることは、高校生のみなさんの手許に

ひとりで読んでわかる教科書

を直接提供することであると思い、本書の執筆を始めたのです。


入試問題は敵か
 私は長年にわたって、大学の入学試験の問題を作って来ました。40年の間見て感じたことは、先生方が2年か3年ごとに出題委員になって作問するシステムですから、私にとっては出題委員の顔ぶれと出題する問題がほとんど判別できてしまうのです。つまり、そこにはその大学の傾向とくせが現われるということです。
 ですから、入試に立ち向かう受験生諸君が、何よりも過去に出た問題を研究し、傾向を調べ、対策を立て、演習することが大変重要なことであると考え、受験勉強というものは、とにかく過去問を分析研究するに尽きると考えたのも無理からぬことと思います。
 しかし、私にとっては、これから述べる新しい評価法を作ってからは、こうした発想なり考えなりが全面的に正しい学習法とは思われなくなったのです。過去問を分析し、それを身につけることは大切なことですが、それがすべてではありません。重要ですが、あくまで一部分です。
 また、受験生同士をお互いに敵視するのもオカシイことですが、入試問題を戦うべき共通の敵だとして、学友を同じ敵と戦う同志であると考えるのもコッケイだと思います。

●入試問題は確かに受験生の乗り越えるべき壁ではありますが、敵視するものではないと思います。まして、入試そのものも高校生の敵ではありません。入試は青春時代の越えるべき壁またはハードルなのです。
 実際、壁やハードルあるいは障害のない人生なんてあり得ませんし、誰でも、その人生では解決すべき問題に必ず直面し、これを解決していかねばならない状況に追い込まれるのです。
 そのときのために、すなわち人生の風雪に耐えられるように自分をしたたかにするために、若者は修練するのです。竹のように節が多く逞しいものであればあるほど、それだけ困難に耐える力が強いのです。
 この人間としての強い節をつくるのが、中高生にとっては入試なのです。この節のないのっぺら棒の竹では、とても風雪には耐えられません。それで多くの中高生は入試を避けずに自分をきたえる道を行くのです。
 試験問題も己をきたえる、競うべき友と考えるべきでしょう。そして、良問こそ青春時代の良き知のライバルととらえるべきですね。なぜなら、問題を解く過程を通して、自分の適性や長所あるいは短所を知ることができるからです。そのためには、それなりの時間の量と応分の根気と勇気を持たなければならないと思います。

●入学試験の問題は、出題者側から言えば、自分たちの大学に入ってきた場合に、責任をもって指導できるのか、自分たちが指導したいのはこういうタイプの人材である、そういう適性が本当にあるのか、それを判定できる問題としてこれでいいのか、この問題で人物の資質を見極められるのか?そういう姿勢で作問しているのです。
 実際、問題に明確な意図がなかったり、狙いが的をはずれている大学では、学生と大学側とのミスマッチが起きています。
 私たちは、受験生のみなさんとは敵同士ではありません。入学するか否かという契約も対等です。入学試験というものは、筆記試験と同様に健康診断や面接などを含めて、適性試験なのです。
 不合格になったときは、己の不運を嘆かないで、適性がなかったと考えればよいのです。こうなるのは、入試問題の方がおかしいと思うことです。問題の意図や狙いにずれがあったのです。
自分の志望校を決めるときには、受かるかどうかだけでなく、自分の適性を発見してくれる問題を出題する大学かどうかという視点で志望校を決めるとよいですね。そのためにこそ、過去問を活用すべきなのです。


大学入試センター問題の変質
 私は、2000年からの3年間(通常2年間ですが、私の場合は異例の3年でした)、センター試験の数学IIB部会の作問委員を務めました。センター試験の問題をつくることは実に大変な作業です。優秀な頭脳をもつ14人もの作問委員が50題以上もの問題を作成し、その1題1題を解いて、何十回となく会議を開き、真摯な議論を重ねて出来上がるのです。
 センターの作問委員の先生方には、おおむね次のような基本方針があります。すなわち、出題に際しては意図や狙いが明確で、過去問にはない新鮮さとオリジナリティを持ち、数学的なストーリー性があり、難易度が適当である問題を作問しようということです。
 委員の中には、高校の数学には不慣れで、正答率も予想できない教授もいますが、必死で作問している真剣さと費やした時間の長さについてはどこの大学の入試委員会よりも立ち勝っていると思います。

●さて、センター試験の出題の姿勢は今日までに2度変わって来たと思います。第1回は1993年を境に大きく変更しました。従来のテストは、高校の学習事項の到達度の確認が中心で、いわば資格試験的な要素が強いものでした。しかし、’93年からは指導要領の根底にある「問題解決力」を意識した問題に変わったのです。言い換えれば、国公立大学の2次試験はつねに問題解決の観点からの出題ですが、センター試験の数学もそれに近づいたということです。
 第2回は2001年からで、「問題解決力」とともに、出題の意図と狙いの明確化という作問委員の意識の強化です。
 したがって、この事実を踏まえた上で、ふだんから学習して行かなければ、センター試験は解きにくいというか、あるいは難しく感じることになるでしょう。
 ところが、いまだに、センター試験は基礎レベルの知識の確認であって、暗記型の学習で何とかこなせる、という認識しかない受験生や高校の先生方がおられるのは情けないことです。さらに、センター試験の変化に対応して、2次試験も変化するのは自然な流れだと思います。


数学の新しい評価法
 一口に「問題解決力」といわれますが、その中身について、文科省ははっきりしたことは何も定義していません。
例えば、数学の学習で、多くの生徒に共通した悩みとして
 「この問題は難しい」
 「テストの得点が一定しない」
 「同じような問題でも、少し内容を変えられるともう解けない」
があります。この悩みは一体どこから来るのでしょうか。
 私の研究室では、数学の研究(函数論)のほかに、これからの時代を考えて、数学教育の研究も並行して行なっていました。すなわち、数学の「偏差値に代わる新しい評価法」の構築です。
 この研究の核心は、数学の問題を解くときに取る行動(思考過程)を4つに分類し、その習熟度を測ることによって、生徒個々人の数学力を測定することを目標にしています。
 数学の問題を解くとき、多くの人は次の4つの行動を基軸としています。
 (1) 問題文を読む
 (2)自分の言葉に言い換える
 (3)目標を設定する
 (4)答案を作成する
 これらの各行動に必要な力を、私はそれぞれ次のように呼んでいます。
 (1)は「問題文を読みこなす力(読解・分析力)」
 (2) は「内容を自分の言葉に置き換える力(翻訳力)」
 (3)は「解答に向かって目標を設定できる力(目標設定力)」
 (4)は「解答を作成する力(遂行力)」
そして、この4つの行動にはそれぞれ固有の力が3個ずつ必要であり、この力を認識し、その観点からの学習をしていくことによって、数学の問題解決力は確固たるものになるのです。
 すなわち、それぞれの3個を(イ)、(ロ)、(ハ)で表現してみると、
(1)「読解・分析力」には
 (イ)問題の構造を分析する力
 (ロ)与えられた条件を把握する力
 (ハ)必要な定義や定理・公式を復元できる力
(2)「翻訳力」には
 (イ)個別・具体的な事象を一般化するために文字に置き換えて使いこなす力
 (ロ)図(グラフ)や表などを使いこなす力
 (ハ)文章を式に言い換えるまたは式の意味を文章に言い換える力
(3)「目標設定力」には
 (イ)数・式・図などの特徴を見抜き、目標を立てる力
 (ロ)かつて学んだ問題の中から類似問題を連想し利用する力
 (ハ)わかったことを書き出したりまたは具体的に検討して規則性を探っていく力
(4)「遂行力」には
 (イ)解決に自分に適した手法を選択する力
 (ロ)計算力など目標に向かって具体的に展開し、必要な式変形を行なえる力
 (ハ)設問をヒントとして活用できる力
が必要なのです。

●前に述べた高校生の悩みの多くは、これらの力のうちのいくつかが欠けていることから生じるのです。言い方を換えれば、これらの力がバランスよく有機的に結びついたときに、問題が確実に解けるのです。
 この評価法を数値化すると、従来の単純な難易度表示とは異なる画期的な難易度分析が可能になります。すなわち、4つの力を総合分析して、レーダーグラフ(四辺形の形で、ヒューレ値と呼んでいます)にすると、個々の問題のもつ特性が浮かび上がってきます。
 結論から言うと、センター試験の問題は、個々の問題には特性がありますが、全体の和集合をとると、実によくバランスが取れているのです。
 私がセンター試験の作問委員であったときに、まずこのことを発表し、作問委員全員の同意のもとに作業に入りました。試験の結果は、正答率が5割を下回り、難しすぎるという声も出ましたが、出題の意図がはっきりした力作ならば批判を恐れる必要はなく、2次に直結するような作問を続けるべきだという了解が委員の中にありました。
 問題が解けないのは、問題が難しすぎるからではなく、勉強の仕方が過去問の理解と暗記に終始しているからなのです。
 問題を、4つの力による切り口を考えて問題の特性を把握すること、すなわち4つの視点による問題の分析を通して解き方を考えることが大切なのです。この方法を本書では一貫して学びます。つまり、4つの視点を構成する12個の力を修得することを目指します。
最初のうちは、何か遠回りしているようで、まどろっこしく感じるかもしれませんが、そのうちにだんだんとこの4つの視点がその威力を発揮することが実感できます。そして、本書が終わるまでにそれが身につき習慣化すると、これまでは行き詰まっていた2次・私大のどんな問題でも突破していける自信がわいてくるでしょう。

佐藤恒雄

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