大学受験|数学
佐藤の数学教科書 ベクトル編

「ベクトル」について
ギリシャの数学は、平面幾何学から出発しましたが、それが発展したのは、天体を観測する場合に必要な道具を開発しなければならなかったからです。地上では土地などの測量のために、天空では星座の運行を測定するために幾何が必要だったのです。
夜の星座にまたたく星群を眺めながら、「ギリシアの数学の父」といわれたタレスは、星を観測中に、歩いていてドブに落ちたといわれます。そして、三角形の相似比の考えを思いつきました。しかし、彼の小間使いに、「先生はお空のことはよくご存じなのに、地上のことはさっぱりですね。」と笑われたものでした。
ヒッパルコスは、星の明るさを観測するために、地上から星までの距離を測定しました。その道具としたのが、三角比のアイデアです。
天文学はギリシャの時代以前には、人類にとっては必要不可欠でした。それは地上の穀物類の生産には、季節の天候と切っても切れない関係にあったからです。長い間雨が降らなければ、日照りのため旱害が起こり、不作やききんが襲うことになります。また雨が長く続くと、川が氾濫し、洪水が起き、田畑が流されて不作やききんがひどくなります。これらの天候の様子を予想し、不順を予知して報せるのが当時の天文学の役割でした。
したがって、当時の科学者といえば、天体を観測し、星の運行を読み取る博士たちでした。天に輝く星からキリストの誕生を予測し、遠くアラビアからユダヤのベツレヘムにキリストを礼拝するために訪れた三人の博士たちも天文学の権威でした。
その1500年後、ドイツの天文学者ケプラー(1571−1630)は膨大な天体観測の結果をまとめて、驚くべき天体運動の三大法則を発見したのです。
その折、第三法則の説明に、ケプラーの脳裏にベクトルの考え方が芽ばえ、ベクトルを利用したのです。
ベクトルとは大きさと方向をもつひとつの量です。このように、目に見えないけれども、現実に働いている力を見抜いて、それを視覚化して理論の構築に利用したケプラーの明晰性に驚嘆します。それから、50年後この法則から、イギリスのニュートン(1642−1727)が万有引力の法則を導き出します。もう、ニュートンにとってベクトルは、手なれた道具のひとつに過ぎませんでした。この時代の科学は数学と物理を基礎とする学問で、見えない事実を目に見える数式に表現すること、すなわち
見えない力 → 実験の結果 → 見える数式に翻訳
のフローチャートが活きています。ここで大切な視点は
観察からデータを数値化し、翻訳化、具象化する
という、たゆまざる行為があり、これを成功させるには不断の努力があったのです。不思議なことに、ニュートンを誕生させたイギリスが、ベクトルに関する数学−−ベクトル解析、線形代数学、電磁気学などという学問を誕生させ発展させました。
科学の業界でも、つくづく伝統の力はすごいものだと思います。わが国も、わが国でなければできない伝統を活かし、発展させなければならないと思います。
佐藤 恒雄