中高一貫ハイステージ数学 代数 上

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 数学と算数の違いは何か。たくさんの人に聞いてみると,いろいろな答えが返ってくる。
 最もわかりやすいのが,“小学校までが算数で,中学校からが数学”という区別である。確かに学習指導要領での教科名はそうなのだが,それだけの違いならばわざわざ呼び方を変える必要はなかろう。小学校から中学校に進んでも,国語は国語のままだし,理科は理科のままである。算数が数学になるからには,何かもう少し深い事情がありそうだ。何年生で教わる内容なのか,というのは学習指導要領につれて変化するので,単純に学年で区切ることにあまり説得力が感じられない。
 “数学は数についての学問だ”という返答もよく聞く.漢字の意味をそのまま答えたものだ。この主張を分析することで,数学とは何かというイメージを浮かび上がらせたい。
 まず,いままで勉強してきた“算数”を振り返ってみると,大きな数や小数・分数の計算法,面積や体積などの計量の仕方,ものごとを順序立てて数える方法などを扱っており,日常生活に密着した個々の問題の解決を目標にしている。それに対して,“数学”とは,学問であるから,研究すること自体が目標である。測量や物理学からの要請が原動力となって発展してきた歴史があるのも事実だが,どのように応用されるかということは数学そのものとは関係がない。“数学は何の役に立つのか”という問いは無意味である。数の性質,その背後に隠された関係などを解明し,整理するのが数学であり,その論理の流れや構築美を楽しんで感動することが数学の存在意義といえよう。
 数学は算数よりも抽象的である。これは,数学が学問として発展するのにあたり,表面の飾りを取り払って本質を抜き出した結果である。例えば,算数の文章題で“○○算”とよばれるものの多くが,“未知のものに数をかけてたした結果がどうなるか”,ということをいっているのにすぎないと見抜ければ,自然に1次方程式というものにたどり着く。対象が足の本数なのか人数なのか金額なのか,ということは問題の本質ではないので,そぎ落としてしまうのだ。結果的に,数学では数字よりもアルファベット等の文字で表される数が多く登場することになる。
 数学にかぎらずどの学問でも,議論の土台をはっきりとさせておく必要がある。何を前提に話を進めているのかということが食い違うと,議論がかみ合わないからである。算数では常識を互いにすでに知っていることが要求されるが,数学では事前の合意事項を明示してから議論をする。前提として互いに認める基本事項を“公理”(axiom),“公準”(postulate)といい,当たり前に感じられることがらを採用することが多い。ゲームを開始する前にルールを確認しておく,と考えればよい。これらの公理や公準から出発するとどのようなことがらが成り立つのか,ということを議論するのが数学である。成り立つと保証された結果を“(正しい)命題”(proposition)といい,保証する過程を“証明”(proof)という。命題のうちで特に重要なものは“定理”(theorem)という。他の命題からすぐに証明される命題を“系”(corollary)といい,他の命題を証明するための途中段階の命題を“補題”(lemma)という。(とりたてて命題というほどでもないものを“主張”(claim),“事実”(fact)などということもある。)また,数学用語の意味を定めたものを“定義”(definition)という。公理や命題や定義などは,どれも“正しい事実”として議論に使われるが,その位置づけが異なることに注意しよう。ルールを変えればゲームが変わるのと同じように,公理を変えれば得られる結果も変わる。こうして数学様々な分野が得られるわけだ。
 数学は学問である以上,知識を共有するために,自分の考えを万人に伝えなければいけない。数学の問いに対する返答を“解”というが,これは単に最終結果である答えだけではなく,その答えに至る途中経過もさす。答えを主張するだけでは相手を説得することはできないので,どうしてその答えが正しいのか,その答え以外には考えられないのか,ということを含めて初めて“解”になるのだ。極端な例では,結果がすでにわかっていて途中経過だけを解答する設問もある.(これらは,“○○を証明せよ”という形で出題される.)算数は答えを重視するので,“式と考え方”は補足にすぎない扱いを受けていたかもしれないが,数学では途中経過にも決まった書き方があり,この書き方に慣れる必要がある。
 数学とは何か,ということがなんとなく分かってきただろうか。しかし,残念ながら本当の数学は難しすぎて,ここで展開するには不適切である。中学や高校での数学は,そのための準備で終わってしまうのだ。したがって,公理や定義から始めて命題とその証明を列挙する,という(数学書でよく見られるような)方式は採らなかった。第1章や第2章はかなり算数的にして,第3章以降でやや数学的にしてみた.雰囲気の違いを味わい,少しずつ数学に慣れていってほしい。

藤村 崇

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