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さあ、音読だ 〜4技能を伸ばす英語学習法〜

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1 この20年の大きな変化(はしがきに代えて)

 この20年あまりで、「大学受験で求められる英語」の性質は大きく変化した。筆者はその20年間を予備校の英語講師として過ごし、「大手予備校」と呼ばれる予備校を、自分で言うのもナンではあるが、常に「トップ講師」として渡り歩いてきた。そして、受験の最先端と思われるそれらの予備校の内部から、きわめて生々しい現場の感覚として、いわゆる「受験英語」の変遷を目撃してきた。
 簡潔に一言で言えば、「役に立たない受験英語」の消滅または終焉であり、「本格的な実用英語」への急速な傾斜であった。

(1) LRSW(Listening,Reading,Speaking,Writing)のいわゆる4技能重視
(2) 長文読解のさらなる長文化
(3) ライティングにおける自由英作文の重視
(4) 「情報処理能力」重視
(5) 会話表現における実用英会話の重視

など、「枚挙にいとまがない」状況である。
 こうした急速な変化は、グローバル化の時代背景に照らして、きわめて当然の望ましい流れであった。しかし、その変化があまりにも急激に訪れたために、多くの受験生や、彼ら彼女らを支える高校教師・予備校講師・保護者の皆さんも、流れを見極められずに立ちすくんでいるというのもまた事実である。
 昔「受験英語」と呼ばれたものは「実際には何の役にも立たないもの」の代名詞であり、予備校講師はそれを巧みに教えるプロであって、役に立たないものを教えてオカネを稼ぎまくり、マスコミに批判される悪役中の悪役と言ってよかった。
 もちろん、そうした状況の中でも「いわゆる『受験英語』や『入試英語』などというものは存在しない」「ホンモノの英語4技能を学ぶことこそ、受験でも最高の王道である」と発言し続ける良心的な講師も少なくはなかった。

2 予備校に残る「古くさい受験英語」の残りカス

しかし、相も変わらず古色蒼然とした「いわゆる受験英語」を教えることに固執し、そのことで「人気講師」の立場にしがみつこうとする講師が、今なお受験の現場にはいくらでも残っている。むしろ、「いまだに多数派を形成している」と言っても言いすぎにはならない。
 例えば、次にあげる2つが「役に立たない受験英語」の典型例である。

(1) 「外来語は全部、日本語に直して訳すんだ。さもないと減点だ(または『危険だ』)」
(2) 「無生物主語の構文は主語を副詞的に訳せ。さもないと減点だ(または『危険だ』)」

 こうした「減点だ」「危険だ」という発言、いわば「脅迫」と「恫喝」とで生き長らえようとする講師が数多く存在することこそ、日本の英語教育の悲劇である。しかもその脅迫や恫喝には、具体的根拠も論理的な理由も何1つないのである。
 こうして、滑稽で惨めな講義が日本中で大マジメな顔をして進められることになる。

 (1)のタイプでは
「『オフィスのデスク』は×。『事務所の机』でなきゃダメだ」
「『ミネラルウォーター』は×。『鉱泉水』でなきゃダメだ」
「『ハイウェイ』は×。『幹線道路』でなきゃダメだ」
などである。
 これは冗談や作り話ではない。有名な予備校の授業で今も行われている授業内容なのだ。

 (2)のタイプだと
「『愛が2人を結びつけた』は×。『愛』は無生物だ。『愛のおかげで、2人は結びついた』でなきゃダメだ」
「『憎しみが2人を引き裂いた』は×。『憎しみ』は無生物だ。『憎しみのせいで、2人は引き裂かれた』でなきゃダメだ」
 つまり、生物でないものが「結びつけ」たり「引き裂い」たりするはずがないから、主語を副詞的に訳さないといけない、というわけ。多くの講師はこの「…のおかげで」というところで声が裏返って、いかにも得意げな顔をしてみせたりする。これが「こなれた日本語だ」と言うのである。
 しかし、もしそういうことなら、小説中の会話も、映画やテレビドラマのセリフも、今朝の新聞記事もみんな「主語を副詞的に」書き換えなきゃならない。
「政府の緊急対策が、経済を立て直すだろうか?」(×)
「政府の緊急対策のおかげで、経済は立ち直るだろうか?」(○)
というのであるが、そんな作業は明らかにバカげている。日本の一流新聞の文章なんか、ほとんどすべて添削の対象になっちゃうじゃないか。
 そもそも「英語」の授業時間なのに、こんな日本語談義に講師も生徒も夢中になっている。これで英語が得意になるはずはない。

3 ダメ受験生の典型は6種類

 受験生の多くは、こういう古くさい英語教育の被害者である。しかし受験生は受験生で、また別の問題をかかえている。今も昔も変わらない「ダメ受験生」は、グローバル時代になっても同じように日本中に溢れている。そのタイプ分けは、以下の通り。

(1) はりきって始めても長続きしない「スタートダッシュ君」
(2) 高1・高2の基礎がパカッと抜けている「パカヌケ君」
(3) 学習法にやたらうるさくこだわる「ツベコベ君」
(4) 音読や「書く勉強」を面倒くさがる「ウデグミ君」
(5) 基礎よりも、なんとなく高級な話ばかり聞きたがる「トマト君」
(6) 大学合格を最終目標と考え、人生のゴールと勘違いしている「グリコのポーズ君」

 さっそく「自分のことか?」と思い当たる人も少なくないだろう。「自分のことだ」と瞬間的に感じた諸君。キミは、これから急速に伸びていく可能性を秘めている。ぜひ本書を熟読して、可能性を一気に花開かせてほしい。
 例えば、(1)タイプのヒト。高校で4月5月に学習する分野だけが、妙に得意なのではないか。世界史で、「ネアンデルタール人はまかせろ」「古代ギリシャ・ローマ時代まではカンペキ」。でもローマ帝国滅亡あたりから怪しくなって、近代史や現代史はサッパリわからない。
 日本史を選択して、「岩宿遺跡、大仙陵古墳、カンペキ」「奈良時代までなら、まあまあ」。しかし平安時代から先は、「漢字が多くて、キライ」。近現代史なんか大キライなので、友人たちが「ラクショー」と決めつけている地理に変更を考えている。
 数学で「因数分解までならラクショー」。でも、「判別式、かなり苦手」「ベクトル、最悪」「微分って?」。あげくの果てに「数学なんか、人生の役には立たネー」とヌカし始める。妙なところに「人生」まで登場して、数学自体を放棄する。気がつくと、第1志望のはずだった難関国公立大を平気であきらめてしまっている。
 通信添削を始めたけど、提出したのは3回だけで、後は問題用紙が貯まる一方。ムカつくので、目に見えないところに隠してしまった。予備校の講座に通ったけど、10回の講座のうち後半の5回は、ウザくなって行かなかった。
 マンツーマンの「個別指導」なら続くと思ったけど、だんだんムカついてきて、「先生の口が臭くて」という理由でやめた。これが(1)タイプ。ほら、「スタートダッシュ君」とは、まさにアナタのことですな。
 するとアナタは、当然のように(2)の「パカヌケ君」にもなっていく。高1・高2の一番大事な基礎基本がみんなパカッとヌケていて、だからいくらモガいても一向に成績が上がらない。
 そりゃそうだ、基盤が固まっていないところにビルや楼閣を建てようとしたって、すぐに崩壊が待っている。「ピサの斜塔」は奇跡であり「世界7不思議」であって、だからこそ観光客も殺到する。
 もし基礎基本がパカっとヌケたままキミの成績がぐんぐん上昇するようなら、まさにキミこそ世界7不思議。というか歴史上8番目のウルトラ不思議になっちゃって、キミんちに観光客が押し寄せるハメになる。

4 トマト君じゃなくて、ゴボウ君を目指せ

 (5)タイプは、もっと始末が悪い。「トマト君」は、自分が今いる場所が気に入らない。スーパーマーケットのトマト君たちは、「自分は野菜に分類されているけど、本当はフルーツのつもり」。隣に並べられた「タマネギ君のニオイ」や「ピーマン君のツヤツヤ濃すぎるグリーン」や「ゴボウ君についた土や泥」が、ウザくてたまらない。
「なんでボクが、アイツらと一緒なの?」
「ボクは、もっと高級な世界がふさわしいと思う」
「わかりきった基礎とか基本なんて、アイツらにやらせておけばいい」
「基礎とか基本より、単語の細かいニュアンスや、英語の深い味わいを教えてほしい」
というわけで、「トマト君」は基礎基本をおろそかにし、音読を繰り返したり、手を動かして書いて勉強したりする「泥くさい努力」を、毛嫌いする。
 「ネイティブも知らないニュアンスの違い」みたいなことばかり言ってる悪質な予備校講師の「ファン」になったりするのがこのタイプだ。難しいこと・細かいことばかりに夢中になっているわりに、成績が中途半端なところで伸び悩む典型だ。
 諸君には、ぜひ「ゴボウ君」になってほしい。ゴボウ君は、トマト君たちの悪い誘いを断って、ひたすら地中に深く根を下ろすことに専念している理想タイプである。
 すぐそばでは、トマト君がスベスベな真っ赤な顔をして「フルーツ気取り」で風に吹かれている。
「そんな汚い土の中で、基礎とか基本とかやってて楽しいの?」
「音読とか、『書いて覚える』とか、メンドくない?」
トマト君はそう冷笑するが、決して耳を貸さないでほしい。そして、ひたすら地中に深く深く根を下ろしていくのだ。
 ある日、嵐がやってくる。「嵐」とは、模擬試験であり、やがて来る入試本番のことである。あんなに自信満々だったトマト君たちは、暴風に耐えられずに次々にベチャベチャ地面に落ちて、腐ってしまうのが関の山だ。
「あーあ、ゴボウ君の言うことも、聞いておくんだった」
と、彼らは嘆くが、もう「後の祭り」。最初は泥くさく思われたゴボウ君たちが、しっかり根を下ろした後にこそ、美しい花が咲くのである。

5 ゴボウ君になって、英語を肉体化する

 英語で言えば、ゴボウ君になる努力は「英語の肉体化」である。筋肉になり血液にならなければ、語学は「使えるレベル」のものには成長しない。
 単なる知識として「知っている」「わかっている」では、「使えないムダ知識」でしかない。その類いのぎこちない「ギスギス英語」じゃなくて、「気がついたら、何も考えていないのに、スラスラ英語で反応していた」という状況こそ理想なのだ。
 本書の中で
「呼吸するように英語を発音する」
「散歩する気分で気楽に英語を話す」
を理想と言っているのは、まさにそういうレベルである。
 そして、ゴボウ君たちは最後に気づくはずなのだ。地中深く、しっかりと育った根っこから水分と養分をタップリ吸収し続けるうちに、最初は細かった茎が、ぐんぐん成長し、ずんずん太くなっていく。そして根っこは、「幹」と言えるほどのたくましいものに変貌し、やがて年輪を刻み、枝を大きく天に向かって伸ばし、のびのびと健やかに伸びた枝からは、新緑のつややかな葉を、豊かに茂らせていくだろう。本書の最後を「留学」「海外への飛躍」の話で結んだのは、そういう未来を見据えてのことである。
 英語の成績が振るわない人、英語に限らずどんな科目でも伸び悩んでいる人、あきらめかけている受験生のために、この本を書いた。やり方さえ間違わなければ、誰でも「豊かな樹木」に変貌するチャンスはある。そのチャンスを、今ここで、しっかりとつかんでほしい。

6 さあ、音読だ

 そして、「大学合格が最終目標ではない」ということを忘れないこと。中学受験で「燃え尽きちゃった」、高校受験まではよかったけど、すぐに「パカヌケ君になっちゃった」という人々は、昔からきわめて多い。「十で神童、十五で才子、二十過ぎればタダの人」という昔からある標準タイプである。
 そういう人のほとんどが(6)タイプの「グリコのポーズ君」。中学校や高校や大学に合格するたびに、それが人生のゴールだと勘違いしてバンザイし、そこで燃え尽き症候群に陥る。
 今考えてみて、中学入試合格でホントにバンザイしててよかったのか。高校入試を突破したあの日、グリコのポーズで「ゴール!!」と叫んでよかったのか。同じように大学合格の瞬間も、実はちっとも「バンザイ!!」なんかじゃないんじゃないか。
「グリコのポーズで勝利を叫ぶのは、もっとずっと後のことなのだ」
と、この本の読者全員に肝に銘じてもらいたい。
 むしろ、大学合格の先のたゆまぬ継続に諸君の人生はかかっている。「バンザイポーズは20年も30年も早いのだ」と認識し、今正しい音読で受験勉強をスタートするなら、その努力は大学合格後も休むことなく継続しなければならないのである。
 ゴボウ君であればあるほど、難関大合格の可能性は高い。しかし、「豊かな樹木」への成長は、その先にある。この本で学んだ学習法を、大学入学後にもずっと忘れずに継続して、5年後・10年後・20年後に、諸君が後輩たちの憧れの対象になるような背の高い樹木に成長してほしいと、心から願っている。
 さあ、音読だ。正しい音読にどんどん遠慮なく取り組んで、「ホンモノ」「一生もの」の英語力を身につけてくれたまえ。

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