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涙の体験記


初めての東大本番レベル模試はまさかの数学7点、物理4点…原理原則に目覚めてつかんだ奇跡の逆転合格

サックス演奏に明け暮れた、“部活一筋”だった高校生活


 思い返すと加藤晴の高校生活は、まさに“部活一筋”だった。放課後、夕日のあたる部室で吹奏楽部の仲間たちと一緒に練習した光景は、今でも加藤の脳裏にしっかりと焼きついている。
 6月末、吹奏楽部の定期演奏会の日。このイベントを最後に、加藤たち3年生は部活を引退する。学校の講堂に集まった満員の観客の前でラストに演奏したのは、T-スクエアの「宝島」。途中で加藤は立ち上がり、サックスのソロパートを熱演した。会心の出来だった。サックスを吹き鳴らしながら、加藤は「これまで頑張ってきて本当によかった」という充実感と、「これでもう終わっちゃうんだな」という寂しさを同時に感じていた。
 盛大な拍手に包まれながらステージを後にすると、3年生全員が誰からともなく泣き出した。加藤の目にも、自然と涙があふれてきた。
 「つらかったけど、楽しかった」
 「3年間、あっという間だったね」
 「これからは受験、頑張ろうね」
 「部活でもそうですが、いつも“もっとやれたんじゃないか”って思うんです。だから性格的に東大に挑戦しないと悔いが残ると判断しました」
 お互いをねぎらい、励ましの言葉を掛け合う仲間たち。加藤はそんな彼らに心から感謝しながら、翌日から本格的に始まる受験生活を、漠然と頭に思い描いていた。

 加藤が部活に全力投球したきっかけは、高1の秋に先輩から貸してもらった、『サクソフォーンの芸術』というCDだった。「演奏者の気持ちが伝わってくる素晴らしい演奏に、心が震えました。“サックスってこんなに表情豊かな楽器だったのか”と、完全にとりこになったんです」
  それからというもの、加藤は毎日部室に入り浸り、夢中でサックスの練習をするようになった。高1の1月に東進に入学したのも、部活と勉強を両立するためだった。都合のいい時間に自由に授業を受けられる東進のシステムは、最後まで部活を続けたい加藤にぴったりだった。
 高1の2月に行われた千葉県吹奏楽連盟の市大会ソロコンクールでは、猛特訓の甲斐あって金賞を受賞。「1年後は県大会までコマを進めるぞ!」と新たな決意をして、ますます練習にのめりこんでいった。
 毎日の授業、週2回の東進、年数回のテスト勉強。それ以外は部活のことしか考えられない“部活バカ”でした(笑)。でも部活のおかげで生活にメリハリができ、学校の勉強にも集中することができました」。
 順調に思えた加藤の高校生活だったが、大きな挫折も経験した。高2の2月、二度目となる市大会ソロコンクール。この日のために1年間練習し続けてきたが、本番では失敗を連発。どうにか2度目の金賞は取れたものの、県大会の代表には選ばれなかった。
 「高校生活最後のコンクールだっただけに、本当に悔しかった。自分の力を過信しすぎたし、力みすぎたんだと思います」
 加藤にとって、大きな挫折体験。しかし、失意の中で加藤は、自然と1年後の大学受験を思い描いていた。
 「もう二度と、本番で同じ失敗を繰り返したくない――」
 その日から加藤は、受験を強く意識し始めるようになる。文学や教育など幅広い領域の学問を学ぶために、東大の文IIIを第一志望に設定したのもちょうどこの頃だった。



「もう、受験なんかやめたい」
夏休み後に襲ってきた、ネガティブの大波


 高3になると、クラス内でも受験熱がいっそう高まってくる。部活を引退したクラスメイトたちが順調に成績を伸ばしている姿を見て、加藤は焦りを感じた。
 しかし、部活だけはどうしても最後までやりとおしたかった。それに、みんなで「6月の引退まで頑張ろう!」と約束したのだ。できるだけのことはやろうと、夜9時に寝て朝4時から7時までを勉強時間にあてた。
 東進にも週2回、欠かさず通った。「センター試験対策日本史B」は、須藤先生の面白い話のおかげで、毎回楽しみながら基礎固めができた。富井先生の「ビジュアル古文読解マニュアル」では、読解と古文単語をビジュアルで同時に学ぶことができ、オールラウンドな力が身についた。
 そしてやってきた、冒頭の6月の定期演奏会。達成感と満足感からか、次の日にはスムーズに受験に気持ちを切り替えることができた。放課後すぐに東進に行き、夜10時まで授業を受けてテキストを繰り返し解く生活が続いた。夏休みは毎日東進で、朝から晩まで勉強した。

 しかし、高3の9月。夏休み明けの模試の結果を見て、加藤は愕然とした。苦手な数学が足を引っ張っていた。この成績では、このままでは東大合格は無理かもしれない。何週間も焦りと不安に襲われ、机に向かっても勉強がまったく手につかない。あれほど毎日通っていた東進からも、すっかり足が遠のいてしまった。
 「東大受験なんて、もうやめてしまおうか――」
 加藤は、これまでにないほど思いつめていた。
 しかし、そんな加藤を心配した東進の樋口担任は、「加藤君なら大丈夫だよ!」と声をかけてくれた。両親も、「数学にこだわりすぎて、他教科が犠牲になるのはよくないよ」と優しくアドバイスしてくれた。周囲のあたたかい励ましが、孤独に打ちひしがれていた加藤の心にしみた。
 両親のアドバイスもあり、加藤はもう少し成績が伸びそうな世界史を重点的に進めることにした。そして受講した荒巻先生の「論述対策ハイレベル世界史」で、加藤はこれまで自分がいかにいい加減な世界史学習をしていたかを思い知らされた。
 「史実の相関関係に留意して出題意図を読み取る。この作業ができなければ、どんなに暗記量が多くても難関大学の論述問題には太刀打ちできないことを教えてくれました」。
 荒巻先生の熱心な授業のおかげで、11月の東大模試では世界史が大幅に伸び、C判定を取ることができた。
 もしかしたら、いけるかもしれない。勢いに乗った加藤は、どんどん二次対策の勉強をすすめていった。



本番2日目、まさかのミス。
そして迎えた発表当日――


▲大学でも、吹奏楽のサークルに入ってサックスを演奏しています。東大は意識の高い人が多く、毎日がとても楽しいです。語学の授業ではフランス語を勉強しているのですが、いつかクラシックサックスの本場であるフランスに旅行して、現地の空気を直に感じてみたいですね。塾講師の仕事で「教える」ということの面白さを知ったので、3年次からは教育学部に進もうと思っています。

 直前期の頑張りが功を奏して、センター試験では満足のいく結果をおさめることができた。しかし、最後まで気を抜くことはできない。高2のソロコンクールで本番に大失敗した“悪夢”を、加藤はどうしても忘れることができなかった。東大二次試験に向けて、ひたすら過去問を解きまくった。後の授業では、須藤先生が「勝つのはみなさんです。なぜなら僕が教えたからです」と励ましてくれた。二次試験前日の24日、トリノオリンピックで荒川静香選手が金メダルを獲得したことも、加藤に勇気を与えてくれた。
 2月25日、東大受験1日目。心配だった数学は、ノートにまとめていた重要ポイントと似た問題が出て、無事に2問完答することができた。
 受験2日目。東進での勉強の甲斐もあり、社会は満足のいく出来だった。しかし最後の科目、得意なはずの英語でつまずき、満足のいく解答を導き出せなかった。
 「どうしよう…」
 あんなに頑張ったのに、最後でまた…。他の科目が順調だっただけに余計、自分の不甲斐なさが悔しくてたまらなかった。

 不安なまま迎えた合格発表当日。怖くて、なかなか本郷に足が向かわなかった。両親と会場に着いたのは、発表から1時間後のことだった。
 駆け足で掲示板に向かった父が、少し離れた場所にいる加藤に携帯で連絡してきた。「おい、あったぞ!」
 まさか。すぐには信じられなかった。急いで加藤も掲示板の前に行き、番号を探した。
 ――あった。本当に、あった。
 その瞬間、あふれてくる感情が抑えられなかった。涙が一気に流れ出し、泣きじゃくった。自分でもびっくりするくらいの号泣だった。部活引退の時に続く、人生で二度目の“嬉し涙”だった。
 部活での思い出、挫折とスランプ、それでも努力を続けた毎日。今では、すべてがいとおしく感じる。
 「頑張り続けて、本当に良かった――」
 加藤は3年間の充実した日々を思い返しながら、頬に流れる涙もそのままに、ずっと受験番号を見つめていた。



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  • 東京大学
    文科III類
    加藤 晴くん