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涙の体験記


部活も受験も全力投球!本気の想いは必ず叶う

「精一杯何かをやり遂げたい」
――思い切って決意した東大受験


▲東大はモチベーションの高い人が多く、サークルも勉強もとてもやりがいがあります。将来は国際関係の仕事に就きたいので、現代国際社会論の授業やESS(英語サークル)に力を入れています。

 高2の1月、尾﨑洸はひどく沈んでいた。
 テニス部の引退試合、シングルスの予選準決勝で、勝てると思っていた対戦校の相手に負けてしまったのだ。ちょうど受験を意識しはじめた矢先で、心のどこかに生じていた迷いが試合での油断につながった。中学・高校と部活に打ち込み、副部長まで努めた尾﨑にとって、この幕切れはあまりにも悔しかった。
 尾﨑は、誰もいないコートに一人立ちすくみぼんやりと考えた。「俺は、これまでの学校生活で心の底から全力投球したことがあるのかなあ……?」
 もちろんテニス部では仲間たちと共に頑張ってきたし、学校の定期テストも確実にこなしてきた。しかし、どこかいつも受け身だった自分がいた。周りに胸を張って「ベストを尽くした」と言えるような経験がなかった。そのことに、部活を引退する今になって気づいてしまった。
 「このままじゃ終われない。一度でいいから自分の限界に挑戦してみたい」――それが、尾﨑が東京大学受験を決断したきっかけだった。

早稲田高校の高3生のうち、国公立大を目指す「国立コース」を選択する生徒はごくわずか。クラスメートのほとんどが推薦入学制度を利用して早稲田大に進学する中で、尾﨑は国立コースを選択し、本格的に東大受験に向けてスタートを切った。
「もともと“びびり屋”なので、推薦ではなくあえて東大を目指すのはすごく勇気がいりました。それに、当時はとても東大を目指せるレベルの成績じゃなかった。それでも、どうしても挑戦したかったんです」。
“自分を変えたい”という思いが、尾﨑を後押しした。しかし、高2までは漠然と早稲田大の文系学部への推薦を狙っていたので、数学は全くといっていいほど勉強していなかった。まずはこの苦手科目を克服しなければいけない。
いくつか塾を見学した中で東進を選んだ理由は、スモールステップカリキュラムによって、苦手科目でも少しずつ着実に実力を身につけていけるから。映像授業なので自分のペースで進められるところや、レベルの高い講師陣の顔ぶれも魅力だった。
東進入学後、高3の4月に受けたセンタープレ入試の数学II・Bは38点。他の教科も、東大合格圏内にはほど遠い成績だった。その遅れを取り戻すべく、尾﨑は数学や地歴公民の講義を毎日1〜2コマのペースでコンスタ ントに受講し、じっくりテキストを読み込んでいった。
特に苦手な数学の授業は、長岡先生の「数学ぐんぐん[基本編]」を受講。最初はとても難解だったが、映像授業の利点を活かして何度も見直し、必死で理解しようと努めた。長岡先生は公式の導き方を一つずつしっかりと説明してくれるので、その方法を真似るうちにだんだん解答できるようになっていった。日本史は須藤先生の「ハイレベル日本史B」を受講した。それまでとは違う視点から日本史を理解することができ、とても楽しい内容だった。テキストを繰り返し何度も読み、頭に叩き込んだ。



伸び悩む成績に、諦めかけた東大への道


▲高2の8月、テニス部の試合前の合宿にて(尾﨑くんは前列右から4人め)。「中高の6年間を一緒に過ごした、かけがえのない仲間たちです」

 しかし、高3の6月のセンタープレでも良い結果は出せず、数学II・Bは54点。前回よりは上がったものの、まだ全然足りない。自信をなくしかけたが、なんとか気持ちを奮い立たせ、夏休みには一日15〜16時間も勉強した。
 ところが、夏休み明けのセンタープレも結果は伸び悩んだ。さすがにショックだった。
 (この夏の勉強はムダだったのか…?)
 家に帰るなり部屋のベッドに突っ伏して、深いため息をついた。いくらやっても合格は無理なのかもしれない――。
 「今から思うと、結果が見えないだけで着実に実力は身についていたんです。でも、この時期は本当につらかった。もう受験なんてやめてしまおうって、何度も思いました」受験生活最大のピンチだった。それでも「まだまだ間に合う」と思い直し、これまでと変わらないペースで勉強を続けた。しかし、11月に受けた東大模試でも、手ごたえは全くなかった。
 思い詰めた尾﨑は、ついに「推薦」という逃げ道を選択した。このままやっていても望みはない。受かる見込みのない受験なら早く見切りをつけたほうがいい。これで東大受験への道は断たれることになる。でも……。葛藤の中、早稲田大学への推薦の願書を提出した。
 それからというもの、尾﨑はボロボロになるまで使い込んだ東進のテキストをぼんやり眺め、東大受験を心に決めた時の「自分の限界に挑戦したい」という気持ちを思い出していた。
 (ここで逃げたら、俺は中高の6年間を何も全力投球できないまま終えてしまう。今後つらいことがあるたびに、逃げっぱなしの人生になるかもしれない……)
 それだけは絶対にイヤだった。尾﨑は3週間悩み抜いた末、推薦を取り下げる決断をした。
 確かに不安はある。だが、もう前に進むしか道は残されていない。まさに背水の陣の心境で、必死に机に向かった。



最後の最後で
はじき出されたA判定。
そして……。


 あれほど手ごたえがなかった11月の東大模試の結果は、なんとA判定。「もしかしたらいけるかもしれない」と、直前期の尾﨑の勢いはさらに増した。センター対策と並行して、野島先生の「東大対策日本史演習」を受講。
 解説がとても分かりやすく、論述のヒントもたくさん盛り込まれており、本番に向けて大きな自信を持つことができた。数学は、長岡先生の「数学ぐんぐん[応用編]」を繰り返し復習するうちに、記述式の東大数学に対応できる論理的な解法を理解できるようになった。
 東進で共に頑張るライバルの友人2人の存在も、尾﨑には心強かった。
 「やる気を保つ上で、受験の悩みを相談したり励ましあうことが大きな支えになりました。センタープレの結果を競い合い、お互い切磋琢磨しながら頑張りました」。
 そしてセンター試験本番。尾﨑は緊張のあまり、得意の国語で頭が働かず、大幅な得点減となるミスをおかす。しかし苦手な数学で予想以上に得点でき、なんとか挽回することができた。
 もう油断はできない。センター試験終了後に気が抜けてしまう“センター病”になりかけたが、1月末に開催された「東大本番レベル模試」で活を入れることができ、二次試験に向けてさらに追い込みをかけた。
 そして、東大二次試験本番の2月25日。
 それまでほとんど完答できなかった数学で、一問完答できたことは大きな喜びだった。しかし全体的には不安が大きく、正直、自信はまるでなかった。

▲「東進のテキストを信じて、ひたすらボロボロになるまで読み込みました」

 3月10日、東大の合格発表日。
 母と共に本郷キャンパスの合格発表会場に向かう尾﨑の足取りは重く、顔色は真っ青だった。  正午になり、門が開いた。受験生たちが合格掲示板に向かっていっせいに駆け出す中、尾﨑だけがうつむき加減で、とぼとぼと歩き出す。
 (やるだけやったんだ)
 (でも、ダメかもしれない…)
 周りで歓声が上がり、合格の胴上げが始まっていた。ようやく掲示板の前に到着し、おそるおそる顔を上げた。張り出された紙に目をやる。ゆっくりと、自分の番号を追っていく。心臓の鼓動が高鳴る。
 勇気を出して、番号を見た。……………あった!
 思わず「あった!」と叫んでいた。嬉しさのあまり、体がガクガクと震えた。こんな感覚は生まれて初めてだった。ふと気づくと、いつのまにか側にいた母が、感極まって泣いていた。
  (最後まで諦めないで、本当によかった…)
 「全力を尽くした」と心から言える、初めての経験だった。駆けつけてくれた早稲田高校の友達にたくさんの祝福を受けながら、尾﨑はこれまでの高校生活を振り返り、胸が熱くなるのを感じていた。



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