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大学受験の東進ハイスクール 涙の体験記
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運命の一言に背中を押されて
受験生から相談を受けるたび、津山まどかは不思議な感覚におそわれる。
「彼らを励ましていると、過去の自分自身に言っているような気分になってくるんです」
東進ハイスクールで担任助手としてアルバイトをするようになってから約10ヵ月。津山は“出会いの重み”を実感せずにはいられない。
あの日、我孫子校担任(当時)・鈴木の一言がなければ、現在の彼女はなかった。津山は今でもハッキリと覚えている。
「初めての面談でいきなり“志望校は東大にしよう”って言われたんです。学校の授業についていけずに、国立大に行ければ大満足って思っていたので、とても驚きました」
悪い冗談だと思ったが、鈴木の顔は真剣だった。津山は半信半疑で話を聞いていたが、「高速学習」の説明を受けているうちに次第に気持ちが変化してきた。
「1年分の講座を数週間でマスターできるのが凄いと思いました。招待講習で受けた永田達三先生の『難関大合格へのマニュアル』もどこに着目すれば得点できるかを具体的に教えてくれる素晴らしい内容だったし、私にも可能性があるかもしれないって気がしてきたんです」
志望校欄が空白のまま提出されていたエントリーシート。津山の目の前で鈴木はそこに「東京大学」と書き込んだ。高2の夏のことである。
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ダンス部の部長である津山は、受験勉強を理由に練習の手を抜くことなど考えられない。学校の授業と部活、そして受験勉強の3つを同時進行させていく忙しい日々が始まった。週に1日か2日、何とか時間をひねり出し、我孫子校に通った。
「でも、あの頃はまだ“東大を目指す”ということがどういうことかわかっていませんでした」
事の重大さに気づいたのは、高2の秋に部活を引退してからだ。取得講座は『英語の神髄』や『ハイレベル世界史』など12講座。津山の生活は一変した。毎朝5時30分に起床し、前日の学習ポイントを一通り復習してから、家を出る。放課後はホームクラスで閉館時間まで机に向かった。
同じ目標を持つ仲間達と
夏休みは最も長時間勉強した時期の一つだ。ホームクラスで朝の8時30分から夜10時まで勉強漬けの毎日を送るなかで、同じように勉強している者同士、自然と会話を交わすようになった。高校も志望校も異なるが、高い志に向けて必死で努力していることで共感し合える、かけがえのない関係。精神的に落ち込んだ時も、その輪の中に入ると自然とやる気になった。
高3の秋からは、鈴木のアドバイスもあり、
多くの模試を受験した。
「私はすごく緊張するタイプなので、予行演習を兼ねて、ありとあらゆる模試を受けました」
受験したその日のうちに自己採点。翌日には間違えた問題をもう一度解き、正解であっても解答のプロセスが合っているかを確認した。
明るい兆しも見えてきた。センタープレ入試10月で数II・Bの得点が初めて8割を超えた。
第2回東大本番レベル模試でも80点満点中50点をマーク。
「長岡先生の授業では数学の本質を押さえて問題を解く練習を徹底的にやりました。そのおかげで問題を見たら、“何を問われているか”がわかるようになり、余裕を持って解答できるようになったんです」
他科目に比べて数学の克服は最も難しいと言われる。だが、津山は見事に成し遂げた。この頃から数学は津山にとって苦手科目から得意科目へと変わっていった。
泣きながら解いた本番入試
年が明けて、センター試験では844点を得点した。続く私大入試も初回の上智大にこそ多少つまずいたものの、早稲田大、慶應大と順調にこなしていった。
しかし、本番の東大入試の1日目、数学の問題を見た津山は一瞬、頭の中が真っ白になる。
「東大の数学は解いたことがない問題が出されるって覚悟していました。でも、現実に本番の入試で知らない問題を見たらパニックになった」
それでも自分を奮い立たせて、問題に向かった。問題を解きながら、目に涙が浮かんでくる。「誰か、代わりに解いてよ―!」。心で叫んだ。何とか2問を完答したが、心は不安な気持ちでいっぱいだった。
その日の落ち込みはかつて経験したことがないほど激しかった。2日目の試験を受けても仕方ないと自暴自棄になっていると、我孫子校で一緒に勉強してきた仲間からメールが届いた。
「“無理”なんて言うな。あんなに勉強していた津山が落ちるわけはない!」
津山の胸にこの1年の様々な記憶が蘇ってきた。ダンス部との両立、早朝の復習、勉強漬けの夏期講習、奇跡のような数学の克服…。ここで負けたら、一生悔いが残る。最後までベストを尽くそう。
東大入試2日目は穏やかな気持ちで迎えた。静かな情熱を胸に秘め、淡々と入試に臨んだ。
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本番入試から合格発表までの約10日間ほど時間の流れを遅く感じたことはない。何をしていても合格発表のことが頭を離れない。「合格」と「不合格」の間で何百回も気持ちが揺れて、頭がおかしくなりそうだった。
運命の日。一緒に行きたがる母を説得して、津山は一人で電車に乗った。
「たぶん落ちていると思ったから、一人で行きたいと母にお願いしたんです」
結果を知る怖さよりも、これでやっと中途半端な状態から解放されると思うとほっとした。
本郷キャンパスには既に多くの人々の姿があった。赤門で北千住校に異動になった担任の鈴木と、後任の角地が待っていた。津山は笑おうと思ったが、上手く笑顔が作れない。心臓の音が外にも聞こえるのではないかと思うほど緊張しながら、2人と一緒に掲示板に向かった。
深呼吸をして、「せいの」で顔を上げる。探している番号が目に飛び込んできた。「あった!」思わず声が出た。「受かるのは当然だと思っていたよ」。隣の鈴木はニコニコ笑っている。
津山は初めての面談の時のことを思いだした。あの日、鈴木に背中を押してもらわなければ、津山の受験はまったく違ったものになっていただろう。
受かっても受からなくても、努力したことはプラスになる―。だけど合格して、改めてこの言葉の意味をかみしめることができる幸せに、津山は心から感謝した。
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ところで、泣きながら解いた数学の問題だが、実は2問とも正解していた。パニックになりつつも、数学の本質を理解していた津山はしっかり正答を導き出していたのである。
「鍛え抜かれた体はいざという時に意識しなくても動くっていうけど、脳もそうなんですね。努力は裏切らないって本当なんだって、しみじみ思いました」。
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