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大学受験の東進ハイスクール 涙の体験記
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気持ちを切り換え授業に全力投球
部活で培ったもので、受験に最も役立ったものは何ですか?そう聞かれたら、倉田成己は迷わず「集中力」と答える。倉田は筑波大学附属高校サッカー部のゴールキーパーを3年間務め上げた。敵は一瞬の隙を狙って攻撃してくる。いつ、どのような角度からボールが跳んできても対処できるように試合の間中、神経を張り詰めた。
「集中し続けなければならないのは受験も同じ。特に東大の入試は問題にどう切り込むかが勝負の分かれ目なので、余計なものに捉われず、気持ちを一点に注がなければなりません」
倉田はまたこの集中力により、「部活と受験を両立できた」と語る。将来はコンピュータネットワークの開発に携わりたいという倉田は最高レベルの知識を得るために東大受験を決意。計画的に準備を進めてきた。
練習を終えて、東進の校舎に到着するのが午後7時前。即座に気持ちを切り換え、授業を受ける。限られた時間の中で最大の効果を得るために、先生の言葉に耳をそばだて、必死でノートをとった。「自分の都合に合わせて講座を受けられるのが魅力で東進に入ったのですが、実際に授業を受けてみると、その内容の素晴らしさに感動しました」
中でも心を捉えたのは理科の授業だった。原理原則に則った苑田先生の物理や、問題意図を見据えて無駄のない解法を説く二見先生の化学。高速学習のメリットを活かし、どんどん先に進めた。
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高3の夏。「DUO」と呼ばれる東京都東部地域のリーグ戦が倉田の引退試合になった。試合前は無茶苦茶緊張するが、ピッチに立つと不思議と冷静になる。全体を見通す立場にある倉田はチームが攻めている時も大声で叫び続けた。
「逆サイドが空いてる。チャンスだぞ!」最初の頃は、仲間から「指示を出すタイミングが悪い」と言われたこともあった。数え切れないほどの意見のぶつかり合い。でもその体験があったからこそ、本音でつき合える関係を築けたのだ。大会成績第4位。具体的な結果よりも、3年間やり抜いたという達成感をチームメイトとともに味わった。
▲部活をやって自分が一番変わったのは、他人を思いやれるようになったこと。意思の疎通が図れないときも相手の立場になって考えれば、見えるものがあるんですよね。
(前から1列目左から2番目が倉田くん)
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勉強量では誰にも負けない
部活引退後は本格的な受験態勢に入る。天王山と言われる夏休みはセンター試験対策向け講座をたくさん受けた。8月末には理科2科目の授業1年分を終了。秋以降は問題演習にたっぷり時間をかけられるという余裕が自信になり、勉強に弾みがついた。
しかし一筋縄ではいかないのが東大受験の厳しいところだ。努力はすぐに数字には表れず、東大模試の結果は「合格圏外」だった。「よし、この校舎で一番勉強してみせる!」
倉田は1日も休まず校舎に通いつめ、自分が最後の一人になるまでホームクラスで勉強した。
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また、定期的に行われる校舎での週間面談では、受験勉強に対するやる気を高めることができた。週間面談とは、同じようなレベルの大学を志望する受験生がひとつのグループとなり、担任助手が学習の進捗状況や個々の課題等を確認する場のこと。勉強方法や受験情報を交換し合ったり、お互いの学習進捗状況を知ったりすることが刺激になり、全員で切磋琢磨していくことができる。倉田のグループには、東大や医科歯科大を目指すつわもの5名が顔を揃えた。
実はちょうどその時期、倉田は精神的に参っていた。というのも、ひととおり講座を受講し終え、いざ実戦問題に取り組んでみたところ、ほとんど解けなかったからだ。「授業で習った記憶はあるんですが、具体的にどうやったら解けるのかが思い出せないんです」
本番入試までに間に合うのだろうか。不安な倉田に手を差し伸べたのは担任助手・山崎だった。当時東大理IIの1年生だった山崎は言った。「焦らなくても大丈夫! 僕もそうだった。“わかる”と“解ける”の間は少しだけ距離がある。それをクリアするにはひたすら問題演習を積むことだよ」
倉田はテキストの問題をもう一度、最初から解いた。つまずいた問題をチェックし、完ぺきに解けるようになるまで繰り返し復習。それが終わると問題集で同じようなタイプの問題に当たった。
さらに週間面談で得た情報をもとに、ライバルの受験生が受講している講座数を上回る学習スケジュールを組んだ。秋の終わりから本番入試までに倉田がこなした講座は「記述型答案練習講座」をはじめ、全16講座にも及んだ。
▲東進のテキストとノートはボロボロになるまで繰り返し見直しました。ここに書いてあることを完ぺきに理解できれば、たとえ東大入試であろうとも恐れる必要はないですよ。
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ワンチャンスにすべてを賭ける
センター試験の総合得点は9割突破を目指した。それまでの倉田の成績からいけば十分狙える点数だった。ところが試験の2日目。数学I・Aの試験の直後、倉田はケアレスミスを発見する。関連部分はすべて全滅。そのまま数学II・Bの試験に突入したら、今度は消しゴムを出し忘れていることに気づいた。
手を上げて鞄から出す許可を得てしのいだものの、心の動揺は収まらなかった。力を出し切れずに数II・Bも終えた。
「1日目が順調だったので、油断したのが悪かったのだと思います」。
結果、センター試験の合計点は目標点より50点以上低かった。前期試験の二段階選抜は何とかクリアできるかもしれない。でも後期の東大受験は無理だ。やむをえず後期は東工大に変更。しかし、落ち込んでいる暇すらない倉田は、「ワンチャンス」にすべてを賭けることにした。ひたすら前だけを見て、死に物狂いで過去問を解きまくった。
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東大の二次試験。1日目の試験を終えると倉田は極度の緊張に襲われた。明日は理科と英語。どちらも倉田の得意科目だ。この2科目で高得点を取れるかどうかが合否のカギを握ると思うと、なかなか寝つけなかった。緊張は入試の始まる寸前まで続いた。
「でも不思議なことに問題を解き始めた瞬間、スーッと冷静になれたんです」
そのときに湧き上がってきた“根拠のない自信”に支えられて入試を乗り切った、と後に倉田は分析している。
実際センター試験のときとは別人のようだった。例年より物理の問題は難しく、化学の傾向も変化していた。予定したような高得点は望めないと感じたが、取り乱すことはなかった。それまで培ってきた知識を総動員し、果敢に問題へ挑んでいった。すべての入試スケジュールを終えたとき、満足感すら覚えた。
翌日。解答速報を参考に自己採点した。記述問題なので明確に点数をつけるのは難しい。最低の場合と最高の場合。その両ケースを想定して計算したら、前者の場合は不合格、後者だと合格の可能性あり、だった。
自宅で勉強したら孤独に耐えられなかったかもしれない。でもホームクラスには、これまで一緒に頑張ってきた仲間がいた。前期試験の結果を待ちながら、粘り強く受験勉強を続けた。
▲倉田くんの出席記録シート。「12月21日(水)いよいよあと30日――後悔のないようにしっかりと準備して臨みたいです」など、直前期の倉田くんの緊張感が伝わってくる。右側には担任助手の励ましのコメントがびっしり。
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次は自分が恩返しする番
とはいえ、発表日の2日前から、勉強がまったく手につかなくなった。「『東大への想いがこんなにも強くなっていたのか』と、自分でも驚きました。最初は“同じ受験勉強をするならトップを狙いたい”という軽い気持ちだったのが、さまざまなハードルを越えていくなかで“絶対に合格したい!”に変わっていったんです」
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合格発表日。眠りは浅く、朝6時には目が覚めた。合格と不合格の間を何百回も揺れ動いたせいか、ダメだったときの恐怖や合格への執着は消えていた。早く結果を知ってスッキリしたい。それだけが望みだった。
本郷キャンパスに着いたのは発表時刻の13時より少し前。だがもう合格者の受験番号が貼り出されていて、胴上げされる人の姿も見える。「理科I類」の表示を頼りに、人込みを掻き分けて自分の番号があるであろう場所の前に立った。
「あった!」
しつこいくらい何度も確認し、ようやく信じることができた。ケータイが鳴った。
「おめでとう!」
母だった。「後から行く」と言っていたのに、心配で倉田が出た直後に家を出たらしい。倉田の受験番号を見つけて掲示板の前にいるという。家族には言葉で尽くせないほど感謝しているのに、さまざまな想いが込み上げて上手く話せない。「ありがとう……」、ひとこと言うのが精一杯だった。
それから急いで東進のスタッフが待つ安田講堂の前に向かった。担任助手・山崎の顔が真っ先に目に飛びこんできた。
「おめでとう。ついにやったな!」
2人でガッツポーズ。ほかの合格者と一緒に、満面の笑顔で記念写真を撮った。
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その年の春、倉田は母校である三軒茶屋校の担任助手になった。「自分の受験体験が役に立てばいいなと思って。僕がしてもらったことを、今度は僕が後
輩たちにしてあげる番です」
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