新聞業界 編

 1876年(明治9年)に「中外物価新報」として創刊された日本経済新聞は、日本国内のみならず世界でも絶大な実績を誇る経済紙である。同紙はまさに日本経済の最先端を走る報道機関であり、日々のニュースは、世界中に散らばる記者たちのたゆまぬ努力を経て、私たちのもとへと届けられる。今回ご登場いただく日本経済新聞社編集局証券部デスクの塚本奈津美氏は、入社以来、長く取材記者として活躍。数多くのニュースの現場を目の当たりにしてきた。そうした経験の中から、実社会の厳しさを味わった新人時代、努力によって壁を乗り越えた瞬間、そしてデスクとしてチームを束ねる術についてお伺いした。

ー新鮮で価値のあるニュースを読者へー
熱い思いがひとのこころを動かす!

日本経済新聞社 編集局 証券部 デスク

塚本 奈津美 (つかもと なつみ)

1970年 山梨県生まれ
1989年 千葉県立柏高校 卒業
1993年 早稲田大学 政治経済学部 卒業
  同年 日本経済新聞社 入社 産業部、消費産業部、金融部などを経て証券部
2011年~現在 証券部デスク

「経済」という切り口で世界の今を伝える!日本を代表する経済紙「日経新聞」の強みとは?

 日本経済新聞の発行部数は、朝刊で約300万部。経済紙としては世界一を誇る。東京本社を中心に約1300人の記者が日夜、取材活動に邁進しており、海外にもアメリカやヨーロッパ、アジアを中心に新聞社で最大の36拠点を展開。世界中から情報を収集し、発信している。「日経平均」という株価指標が日本経済の動向を表す重要な指針になっていることからも窺えるように、日本を代表する「クオリティペーパー(高級紙)」としての信頼は揺るぎない。

 同紙の最大の特徴は、その名の通り「経済」という切り口で、世の中のニュースを伝えてくれる点だ。一日に掲載される企業情報は、平均400社以上。それだけに取材にあたる記者たちは、株式・為替、債券といったマーケット情報などに精通したプロフェッショナルでなければならない。

 「例えば私が所属する証券部は、ほかの新聞社にはありません。株式市場の動向や企業の財務情報などを取材する部署ですが、一般紙では独立した部署になっていないことが多いんです。各分野に特化した専門部隊を擁している点が、日本経済新聞ならではの強みです」

 そう語るのは、日本経済新聞社編集局証券部のデスクを務める塚本奈津美だ。塚本は1993年の入社以来、記者としてニュースの最前線を走り続けてきた。デスクに昇格したのは2011年。今は「二度目の新聞社人生を歩んでいるところです」と笑う

 なぜなら記者時代は、ほとんど毎日、外を駆け回っていたからだ。一方、デスクの仕事は記者たちが書いた原稿をチェックし、新聞紙面にまとめることにある。もっぱら社内での業務となるから、これまでの記者生活とは180度異なるというわけだ。もちろん、デスクの仕事となると責任も重くなる。

 「新聞は正確さが命ですから、一つのミスも許されません。文章ひとつひとつに対しても、誤解を生まないように細心の注意を払います。当然ですが、一分の隙のない完成品を読者に届けなければなりません。その最終責任を負うのがデスクの役割となります」

悔し涙に暮れた駆け出し時代たゆまぬ努力の末に悟った記者に必要な力

 そんな塚本が入社してすぐに配属されたのは、大手自動車メーカーや商社などを取材する産業部。右も左もわからぬままに、いきなり現場に放り込まれた。取材先の多くは経営幹部。大学を卒業したての新米記者が相手にされるはずもない。生ぬるい質問をすれば、すぐさま返り討ちにあう。「ママゴトやってるんじゃないんだ!帰れ!」と厳しい言葉を浴びせられたこともある。また、自分が書いた記事の影響について、取材先から「大迷惑だ! どうしてくれるんだ!」と責任を問われたこともしばしばだ。

 それでも、入社して数年は悔し涙を流すことも多かった。「だからといって、泣いてばかりもいられません。認めてもらうには、少しでも良い記事を書くしかありませんでした。負けず嫌いという性格もありますが、当時は経験不足を補うために勉強を積み重ねたり、周辺取材を徹底するなどの努力をしました。そうでなければ、取材先の人も心を開いてくれず、その先にある真実にたどり着けないのです」

 「特ダネ」に限らず、企業の重要な情報が経営陣の口からやすやすと漏れることなどあり得ない。しかしそこから社会にとって有益なニュースを引き出すのが記者の使命だ。そのために必要なのは「ひとのこころを動かす力」だと、塚本はいう。

 「企業経営者や投資家の方々は、命を懸けて仕事に取り組んでいらっしゃいます。経験の浅い記者が持てるのは彼らに近づこうとするだけの気迫や真剣さだけです。伝わらなければ、相手にされなくて当然です。取材の方法には教科書がありません。それこそ傷つきながら覚えていくしかないんです」

 だからこそ塚本は、「申し訳ない言い方かもしれませんが」と前置きしつつも、こう断言する。「記者を育ててくれるのは、取材先なんです」

取材時間はわずか10秒!?起死回生の一手で「こころの壁」を打ち破る!

 それだけに、取材先への思いが通じ、努力の積み重ねが報われたときの喜びはひとしおだ。例え ば十年ほど前、ある大手スーパーが経営破たんするというニュースがあった。小売業の倒産としては戦後最大。経営再建も迷走した。ライバル企業が支援に乗り出したものの、具体的な道筋は見えない。その渦中に、塚本は取材を任された。しかし、新米担当者に情報を与えてくれる人間などどこにもいない。塚本は、朝晩、関係者のもとへと辛抱強く足を運び続けた。いわゆる「夜討ち朝駆け」と呼ばれる、昔ながらの泥臭い取材方法だ。それでも、会話ができるのは10秒足らず。だがそれらのピースを組み合わせていくうちに、おぼろげながらも全体像が見えてきた。

 だが曖昧な情報を紙面に載せることはできない。このケースの場合、再建計画の鍵を握る経営幹部と弁護士への確認作業は必須だった。しかしわずかな時間では、確認などままならない。相手はすぐに自宅に消えてしまうからだ。こちらの取材内容を10秒で相手に伝えるにはどうすればよいか? そこで塚本は一計を案じた。

 「口頭で説明する時間はありません。ですから取材で明らかになったことを、紙に書いてお渡ししたんです」

 すると相手の表情に明らかな変化が起きた。にやり、と笑ったのだ。それは、塚本の取材が間違いではなかったことを意味していた。

 「声には出しませんけれども、よく調べたね、という顔をしてくださいました。紙を見せるまでは、まったく相手にしてもらえなかったんです。けれどもそれ以来、私の質問にも答えていただけるようになりました。おそらくそのときに、彼らのこころの壁を一つ越えることができたのだと思います」

 塚本の掴んだ再建計画は、翌日の紙面にトップニュースとして掲載された。関係者が複雑に絡み合ったこの買収劇は、会社更生法など企業の破たん法制に変化をもたらす契機ともなった。

「記者と一緒に考える」 デスクになって大切にしていること

 「こころを動かす力」が必要となるのは、取材先ばかりではない。ときには社内においても必要になると塚本は言う。とりわけ今、塚本はデスクとしてチーム全体を率いる立場にある。記者時代とは異なり、全体を見渡し、後輩たちを育成することも重要な使命だ。

 「ニュースには、取材にあたった記者の心血が注がれています。半年や一年かけて取材した記事もあるわけです。そうした記事を紙面で大きく扱いたいときは、記者の思いを背負って上司に持っていきます。私の思いが弱いと希望も通らない。ですからデスクという仕事も、ひとのこころを動かさないといけないんです」

 記者時代には自分のために仕事をしていたという塚本だが、デスクになってその意識が大きく変わった。現在は、記者たちが掴んできたニュースの価値を損なわずに、新鮮なまま読者に届けることに心を砕く。

 デスクになって3年目の塚本は、まだまだひよっこだ。その一方で、数年前まで最前線で取材を続けていた自分は、記者たちの目線に近いという自負がある。だから部下を「育てる」というよりも、「一緒に考える」という姿勢を大切にしている。

 記者時代に培った経験をもとに、さまざまなアプローチ法を提案してみる。情報はすべて現場にある。より効果的に読者に伝えるにはどうするか。悪戦苦闘している。

 「新聞社の主役は記者です。デスクとしてプレッシャーをかける場合もありますが、それは彼らが追いかけているものをより良くするために必要なことだからです。私の目標は、彼らが書いているニュースを最も良いかたちで紙面に反映すること。まだまだ至らない点は多いですけどね」

 そう言って笑う塚本の眼には、日本を代表する一流紙で20年間積みあげてきた誇りが垣間見えた。(文中敬称略)

Q&A

仕事をするうえで手放せない「三種の神器」を教えてください

 「シャープペンシル」「携帯電話」「アイスコーヒー」です。シャープペンシルは頂き物ですが、書きやすくて愛用してます。その名も「PRESS MAN」。芯は0.9㎜という太さです。携帯電話は必携です。いつでもどこでもこれさえあれば取材・連絡・原稿送信もなんとかなります。アイスコーヒーは、スタバの一番大きなサイズを一日に二杯は飲みます。特に原稿を書くときに手元にないと禁断症状が出ます。もう中毒ですね(笑)。

日経新聞は難しいというイメージがあるのですが……。

 最近では、高校生や大学生にも読みやすい紙面づくりを心がけています。とかく経済用語は難解と思われがちです。ですから、なるべく簡単な言葉づかいや説明の仕方で表現するようにしています。若い人たちに読んでもらえるにはどうしたらいいんだろうということは、常に考えていることですね。日経新聞ではネットでの「電子版」も手掛けていますので、機会があればぜひ覗いてみてください。

新聞社は異動が多いものなのでしょうか?

 日経新聞の場合は、転勤は少なく、2年?3年で部間異動もしくは業界の担当替えになる場合が多いです。ずっと同じ部署にいると、専門性を高めることはできます。ですが一方で、ニュースの中に驚きや新鮮味を感じにくくなってしまうということはあるかもしれません。異動することで知識の幅を広げることにつながりますから、より多角的な視野で、バランスの取れた記事を書くことができるようになると思います。

自分の好きなことを見つけるにはどんな力が必要でしょうか?

入社してまもなく先輩から「新聞記者は自分で何もかも知っている必要はない。知っている人を知っていればいい」と教えられました。ある分野に精通した人をどれくらい知っているか、ということが、例えば短い時間で記事を書かなくてはならないときなどに有効なんです。今はネットですぐにいろいろな情報を得ることができますが、本当に大切な答えはネットでは辿りつけない。周りの人に聞いたり、議論したりすることでヒントが見えてきます。若い時はどんな仕事をしたいかはっきりしませんでしたが、関心を持ったことを知ろうとする積み重ねが、やがて自分の好きなことを発見するきっかけになっていくのだと思います。