出版業界編

NHKラジオ第2で放送されている「基礎英語」は、1926年(大正15)から続く、歴史と伝統ある語学番組だ。昨年度からは国際標準として注目を集めている「CEFR(ヨーロッパ言語共通参照枠)」のレベルに沿った形で再編成され、より実践的で使える英語力を養う内容となった。使用するテキストも、イラストや図表を多用した誌面づくりがなされていて、受講者が継続して学習しやすいような工夫がたくさん凝らされている。そこで今回は「基礎英語3」のテキスト編集に携わる株式会社NHK出版の吉田光里氏と、「基礎英語」のテキストの編集長である髙橋薫氏のお二人にご登場いただき、編集者という仕事に求められる力をお伺いした。

目標は「使える英語」!  読者の声に耳を澄まし、わかりやすくて身につく英語教材を提供したい!

株式会社NHK出版 編集局 語学編集部

吉田 光里 (よしだ みさと)

1977年 東京都生まれ
1996年 私立 桜蔭高校 卒業
2000年 東京大学 文学部 卒業
  同年 株式会社日本放送出版協会(現・NHK出版)入社
      宣伝部、家庭編集部(『きょうの料理』)などを経て現在に至る

歴史と伝統ある「基礎英語」テキストの舞台裏とは?

 NHKラジオの「基礎英語」は、中学レベルの英語表現の習得を目標とする語学番組だ。子どもから大人まで、幅広い年齢層に支持されており、実際に、進学校で教材として採用されている例も多い。1926年から続く、歴史と実績を兼ね備えたNHK「基礎英語」は、最も身近な英語学習法の一つである。

 もちろん、その内容は時代とともに洗練されてきており、近年では「CEFR(ヨーロッパ言語共通参照枠)」という国際的なガイドラインをもとに再編されている。とりわけ「英語でできること(Can-do)」というコミュニケーション能力を重視した学習プログラムとなっている点が、現在の「基礎英語」の大きな特徴だ。

 「それにともなって、より日常会話に即した表現が取り入れられるようになりました。例えば〝T e x t m e !(携帯にメールして!)?といったカジュアルな言い方ですね。ですから学校で習うこととは少し違うことも学習できる、より幅広い英語の世界に触れることができる、という点も、基礎英語の特徴といえます」

 そう語るのは、多くの番組テキストを刊行する株式会社NHK出版で「基礎英語3」の編集を務める吉田光里だ。「基礎英語」では、”番組”と”テキスト”は、いわば、車の両輪のような関係である。加えて、テキスト付属のCDもある。一般に、編集者といえば書籍や雑誌などの紙媒体の制作が主な仕事となるが、吉田の場合は「テキスト」のほかに「番組」「CD」の制作現場にも関わることが多い。「編集者」という職種ではあるものの、3つのコンテンツに関わるという点は、放送局であるNHKの関連会社ならではといえるだろう。

”一番最初の”読者であり リスナーとしての役割を担う

 もちろん編集者である以上、吉田の仕事はテキストの制作である。しかし三者の内容は共通するため、それぞれ綿密な擦りあわせが必要となる。

 「テキスト制作には講師の先生をはじめ、番組制作スタッフ、出演者、デザイナー、イラストレーターなど何十人もの方々が関わっています。一年間のお付き合いですので、皆さんと円滑な関係を作りあげていかなくてはなりません。ですから、そこでうまくつなぎ役を果たすため、コミュニケーションを上手にとっていけるよう心がけています。コミュニケーション力は、仕事を進めていくうえでとても大切なポイントとなりますね」

 とりわけ、講座を担当する講師とは、密接なコミュニケーションをとる。「基礎英語」は会話ベースで展開するストーリーをもとに、単語や表現、文法を学習するスタイルになっており、原稿は講師が執筆する。「CEFR」のレベルに準拠しつつ、読者を引き込むストーリーに作りあげるのは至難の業であり、講師の労力は相当なものである。それを支え、何度も議論をくり返すのだ。

 「先生がたは、教科書を徹底的に調べて、基礎英語で取りあげるべき表現や単語を吟味し、原稿を練っています。それに対し、私も臆せずに意見を伝えるように心がけています。原稿の最初の読者は私なのですから、先生と一緒になって、より良いテキストを作っていこうという気持ちでいます」

 こうして生まれた今年度の「基礎英語3」のストーリーは、イギリスに移り住んだアメリカ人一家と日本人の女子学生との交流を軸に、学校生活や恋愛、あるいはイギリスの文化や歴史なども織り込んだ、じつにバラエティ豊かなものとなっている。イラストや図表を多用したページは見やすく、その月に学ぶべき課題もわかりやすく提示されているので(例えば4月号であれば「自分の好きなものと、その理由を説明できる」など)、初学者でも安心して取り組めるような工夫や配慮が行き届いている。これもまた、吉田や番組に関わる者たちの努力の賜物であるのだ。

継続は力なり! 気負わずコツコツと 積み重ねたことがやがて自分の力になる!

 しかしながら、テキスト教材の編集は、一般書籍の編集に比べてプレッシャーの大きな仕事でもある。放送テキストである以上、間違いは許されない。ただし吉田は、だからこそ気負わないことが大切だという。

 「致命的なミスをしてしまうのは論外ですが、人間のやっていることですから間違いはあります。あまり気負いすぎると自分を追いつめてしまいます。けれども、これだけはきちんとやろうという基準は、自分の中で持つようにしています。力を入れるべきところと、抜くところのバランスをうまくとる。そうすれば、物事を長く続けていけるように思います。これは、基礎英語の学習にもいえることかもしれませんね」

 思えば吉田は、高校生の頃から「地道な基礎の積み重ね」が重要であると考えてきた。それは大学受験のときの苦い思い出があるからだ。

 「高2のときに数学で大きくつまずいたことがあるんです。これは改めて基礎を勉強しないとだめだと思いました。そこで夏休みの間、自分のレベルにあった問題集にコツコツと取り組むようにしました。そうしたら自然と、難しい問題も解けるようになったんです」さらに吉田は「いつまでも勉強し続ける意欲的な姿勢」が重要だと語る。これは熱心に「基英語」を聴き続けてくれているリスナーたちの姿を見て、日々実感していることだ。

 「この仕事の一番のやりがいは、毎月、自分が一所懸命に力を注いだ結果が、一冊の本になって書店に並ぶことでしょうか。それを読者の方が利用してくださる。とてもうれしいことです」

 中高生の頃は、自身も「基礎英語」のリスナーだったという吉田。だからこそ、読者の声に耳を澄ます。それこそが、より良いテキストを生み出す一番の近道であることを知っているからだ。

大きな視点で物事を捉えて全体を見通しながら編集者全員をサポートする

株式会社NHK出版 編集局 語学編集部 編集長

髙橋 薫 (たかはし かおる)

1967年 滋賀県生まれ
1986年 東京都立 国立高校 卒業
1990年 日本女子大学 卒業
  同年 日本放送出版協会(現・NHK出版)入社
      家庭編集部(『きょうの料理』『おしゃれ工房』)教育編集部(『ひとりでできるもん! 』『学校放送』)趣味実用編集部(『趣味悠々』)などを経て現在に至る

編集者に求められる力は 「ズームイン」と「ズームアウト」

NHK出版の語学編集部は、言語によって6つのグループに分けられている。髙橋薫は「基礎英語」の「1」から「3」、さらに「プレキソ英語」「テレビで基礎英語」といった英語テキストの制作を統括する編集長だ。同社編集部では原則編集者一人につき一誌を担当して制作にあたる。髙橋の最大の使命は、彼ら編集者たちの仕事をひとつにまとめあげることだ。それゆえ「編集者とは役割がまったく違う」と話す。「編集長という立場になると、全体のバランスを見るということが重要になってきます。編集者は自分の担当誌に集中して仕事を進めるわけですが、担当誌だけを見ていては気づかないこともあります。そうした際に、違う視点からアドバイスを与えることが私の役目です」それだけに、編集という仕事で必要となるのは「ズームインする力」と「ズームアウトする力」だと、髙橋は言う。「テキストを作る際には、徹底的に誌面に集中して作業を行う必要があります。これがズームインする力です。一方で、世の中にたくさんある英語教材のなかで、『基礎英語』の位置づけはどうなんだろうとか、あるいは社内、社外からの視点、契約、著作権の処理、電子書籍や新しいビジネスの動向など、いろんな角度から、一歩引いた目で見ることも大切です。ですから編集長には、全体を俯瞰する眼、ズームアウトする力が不可欠なのです」

社会に出る前に 身につけてほしい2つの力

さらに髙橋が強調するのは「基礎学力」と「コミュニケーション能力」の必要性だ。そのためにはまず、中高生のときから「自分と向き合い、言語化する」訓練をすることが肝要だと説く。「綺麗な自分も汚い自分も、自慢したい自分も見られたくない自分にも正直に向き合ってみてください。そしてそれを言葉にしてみてください。拙い言葉でもかまいません。自分が何者であるかとか、自分は何を思いながら勉強をしているのか。あるいは将来、どんなことをしたいのか。どんなことにでも疑問符をつけて考えてみる。そうすると、今、自分がしなければならないことも見えてくるのではないでしょうか」そのうえで、社会に出てから生きてくるのが「基礎学力」だ。編集者の仕事で言えば、ぱっと見ただけでは見つけられないようなミスや、日本語としておかしい言い回しなどを力むことなく見つけられるだけの力を指す。それは「基礎学力」が身についていてこそ発揮できる能力だと、髙橋は言う。そしてその力があるからこそ、周りのこともよく見通せるようになる。つまりは、コミュニケーション能力にもつながるのである。毎月「基礎英語」を作りあげる過程のなかには、若い人たちへ向けてのそんなメッセージも込められている。「基礎学力を高めていくという意味では、『基礎英語』はとても優れた教材だと思います。テキストには、学校生活や日常生活でのコミュニケーションに役立つ表現がたくさん載っています。英語という基礎学力はもちろん、英語でのコミュニケーション能力も身につきますので、『基礎英語』を通じて両方のスキルを勉強してもらえるとうれしいですね」

Q&A

仕事をするうえで手放 せない「三種の神器」 を教えてください。

「赤ペン&消えるペン」「電子辞書」「チョコレート」です。記事の校正をするうえで赤ペンは欠かせません。インクの消費量も多いですね。確定していない赤字や、先生などに相談したい内容を校正紙に書き込む際には、消えるペンが便利で重宝しています。電子辞書には、英和、英英、和英はもちろん、国語辞典、アクセント辞典、百科事典などのいろいろな種類が入っていて、原稿チェックや番組・CD収録の立会いの際に折に触れて参照します。チョコレートは糖分補給に欠かせません。

ご自身が学生時代に 「基礎英語」を受講した きっかけは?

中学1年のときに、学校で勧められたのがきっかけです。それ以降、高3生までなにかしらの講座を聴いていましたね。番組が楽しかったのはもちろんですが、「毎日聴く」習慣が身についたことは、それだけで勉強にもプラスになったように思います。

「基礎英語」は幅広い年齢に支持されているとのことですが、具体的にはどんな人が多いのですか?

番組のリスナーの正確な分布は分かりませんが、テキスト購入者を見ると、まず多いのが中学生、そのほかに学習者の中には社会人や高齢者の方もたくさんいらっしゃいます。「基礎英語3」の場合ですと、皆さんのような高校生も多いですね。勉強方法としては「1」から「3」までを並行して学習している方も多いです。3つ通して聴くと45分になります。毎朝、それを実践すると1年間で何時間英語に触れることになるか、計算するとすごいことになります。

一冊のテキストができるまでの手順を教えてください。

だいたい 10 月中旬頃から、先生方に来年度の内容を思い描いていただき、実際に原稿を書いていただきます。4月号の内容が確定するのが2月の半ばぐらい。それまでに内容はもちろん、誌面のデザインやイラストなどもすべて先生や番組制作者と相談しながら決めていきます。原稿には先生の思いが詰まっていますので、それをどう具体的な形にしていくか、あるいは、読者に伝わるようにしていくかを考えていくことになります

東大ではどのような勉強を?

大学では国語学を専攻していました。小学生の頃から古典が好きで、当時は『源氏物語』の現代語訳などを読んでいましたね。それで日本語を研究する学科に進学しました。今の仕事とは関係ないように見えますが、英語を翻訳する際には、最も適切な日本語を選ぶ必要がありますし、言語感覚というものはどんな言語にも共通するものだと思います。