「大学受験の、重箱の隅をつつくような問題を解けるようになっても、大学に入ったらすぐに忘れてしまう」「受験勉強は社会に出たら役に立たない」。そんなふうに思っていらっしゃるお父様、お母様はいらっしゃいませんか。今日は、現在の大学入試がいかに時代と密接な関わりがあり、時代を生き抜く力を試しているものであるのかということをご紹介したいと思います。
明治維新から1973年のオイルショックの頃まで、日本では“知識偏重”の時代が長い間続きました。外国から工業技術をいち早く導入するためには、何よりも知識が必要だったのです。よって英語教育においても知識の量が重視され、大学入試でも難解な単語の意味や細かな文法知識を問う問題が、数多く出題されました。
例えば、1977年の東大の一次試験を見てみましょう(資料1)。これは、示された八つの単語の中から「交通に最も関係が薄いものを選べ」という問題です。ただ単純に、これらの単語の意味を知っているか、いないか。出題した大学側は、受験生に「どれだけ知識をたくさん持っていますか?」ということを問いかけているわけです。
資料1

しかしその後、国際的な状況の変化が英語教育にも大きな影響を与えます。1985年、アメリカの貿易を保護するため、プラザ合意により大幅な円高ドル安が始まりました。円高は日本の輸出産業に大きなダメージを与えましたが、その一方で日本企業の海外進出や未曾有の海外旅行ブームを日本にもたらしたのです。すると、「海外で使える英語」「通じる英語」の必要性が叫ばれるようになり、“コミュニケーション力重視”時代の幕開けとなったのです。
ここで、1987年の共通一次試験(現・センター試験)の問題を見てみましょう(資料2)。示された英文の中で『強く発音されるべき語はどれか』を問う問題です。英文を見てみると、こうです。「スーザンとティムが空港で友人のアキラを待っている。ティムが叫びました。『あそこにいる! 赤いシャツを着た人の隣にいるよ』……」と続きます。文を読めば、空港で友達を探していることはわかります。この問いの、強く読むべき語=感情を訴えたい語ですから、答えは「ほら、『あそこ』にいる!」の“there”になるわけです。ここで出てくる単語は、“there”や“he”など、中学生で習う単語ばかり。単語知識の有無よりも、感情の訴えどころを理解させる。まさにコミュニケーションの力を試す問題といえます。
資料2

以降、“コミュニケーション力重視”時代がさらに進み、“実用英語”の時代突入後の1995年。Windows95が発売され、インターネットが普及すると、高度情報化社会を迎えます。例えばインターネットの検索サイトで、いくらでも情報は手に入ります。そこで、自分で見つけた情報や与えられた情報をいかに取り入れ、論理的に考えて自分のものにするかが求められるようになりました。
英語教育でも同じです。集めた情報を正しく整理し、そこからいかに新しい価値を生み出せるかが問われるようになったのです。「実用的な英語の運用力」、さらには「情報化時代に対応できる英語力」が求められるようになったということです。2008年のセンター試験を例にとってご紹介しましょう。英文で書かれた大学のサマースクールの募集要項を読んで、設問に答える問題が出題されました。
ある生徒が、サマースクールに2週間参加することになり、参加条件が記されています。問いは「費用はトータルでいくらかかるか」ですので、要項から必要な情報を素早く探し出して答えます。センター試験では80分で50題ほど出題されますので、この問題も1〜2分で解く必要があります。要項を初めの一文から読んでいく時間はありませんので、見出しに注目して、授業料や宿泊費に関する記述を見つけ出し、答えを組み立てていくのです。
さらにこれからの時代は情報を処理する能力に加え、問題を自ら発見し、論理的思考によって適切に解決する能力が求められる知識社会に移り変わりつつあります。最後に同じく2008年の慶應義塾大学の問題をご紹介します(資料3)。
「ボランティアを募るチラシを出したが、人員集めに失敗。下記内容を見て、[1]なぜうまくいかなかったのか[2]打開策とはどんなものか[3]その打開策がなぜうまくいくと思うのかを含め、100語以上で書きなさい」という問題です。注目すべきなのは、出題者が「この答えにいわゆる正解、不正解は無い」と前置きしていることです。どこかに答えが書いてあるわけではなく、自分で問題点を考えて、答えを導き出す。このような問題解決能力こそがこれからの時代を生き抜くために必要な力であり、大学側はこういった問題解決能力を持つ学生を求めているといえます。
資料3

このように、大学側の入学試験に対する意識は「落とすための入試」から「共に学ぶ仲間、共に日本を支えていく人材を選ぶための入試」に変わってきました。ですから私たちも、これからの日本を支え、生き抜いていく力を養うためには何が必要であるのかを含めて指導をしていきたいと思います。受験勉強は、将来社会に貢献するために必要となる知識と教養を身につけるための最良の機会なのです。
