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2006年10月15日号
異文化発見!
〜クロアチア(Republic of Croatia)後編「過去と現在」〜
 このコラム(column)では、毎回いろいろな方にさまざまな国で実際に体験した面白い習慣や文化を語っていただきます。日本の常識は世界の非常識 ! ? 世界はやっぱり広い! と感じずにはいられないコラム(column)です。今年度からは東進のOB・OGに、まさに東進の海外特派員となって世界中で体験してきた貴重なエピソード(episode)を、積極的に披露していただきます。今回は前回に引き続き、東進ハイスクール 津田沼校の担任助手として先月まで活躍していた奥 雅希くんに、研究のために訪れたクロアチア(Republic of Croatia)について語っていただ きます。後編のテーマ(theme)は「過去と現在」。数々の権力争いにより統一・分裂を繰り返してきたクロアチア(Republic of Croatia)の悲 しい歴史と、それを受け入れつつ明るい未来へと向かおうとする人々のお話です。
奥 雅希(おく まさき)くん
千葉大学 大学院 自然科学研究科 システム制御工学教育研究分野
東進ハイスクール津田沼校担任助手
韓国で開催された学会を終え、帰国した奥くん。学会中、自分から話しかけて友人になったフィンランド(Republic of Finland)の研究者と、お互 いの研究について語り合い、メール(mail)のやりとりを続けているそうです。

▲1991年の戦争で、ドゥブロヴニク(Dubrovnik)は多大な被害を受けました。その当時の被害を語る掲示(看板)が、今でも街の入り口に貼られています。
そもそも、なぜわざわざクロアチア(Republic of Croatia)まで行って、実証試験を行うのか。それは、日本では陸上での戦争がほぼなかったため、地雷は埋設されていないからです。しかし海外、 とりわけ欧米や中東、アジア(Asia)などは違います。大戦や内紛の傷跡がたくさん残っている地域が、今でも数多く存在しているんです。 クロアチア(Republic of Croatia)もそのうちの一つです。歴史を振り返ってみると、数々の権力争いにより統一・分裂を繰り返し、1945年に社会主義のユーゴスラビア連邦(Federal Republic of Yugoslavia)を構成する共和国となりました。しかし、この政権に反発したクロアチア人(Croatian)は、1991年に連邦からの独立を宣言します。そして1992年、正式にクロアチア共和国(Republic of Croatia)としてようやく独立が認められました。しかしその後も、1995年まで独立のための民族紛争が続き、多くの犠牲者と難民を出してしまいました。

▲空港から見えたものと同じ看板。この看板は世界的に、ほぼ同じ形式です。
当時の内戦によって、現在のボスニア・ヘルツェゴビナ(Bosnia and Herzegovina)、セルビア・モンテネグロ(Serbia and Montenegro)などの国境付近は、ほとんどが地雷埋設地域となっており、街の建物の壁には生々しい銃撃戦の跡が残っています。

▲崩れ落ちて捨てられた教会。壁の上部と屋根がなく、内部には屋根の石材が散乱しています。
クロアチア(Republic of Croatia)到着初日。私たちが滞在都市に着いたのは夜遅くでした。タクシー(taxi)でホテル(hotel)に移動した途端、空港の隣の雑木林に見たことのないデザイン(design)の看板がありました。「あの看板は何ですか?」と尋ねると「地雷埋設地域につき、立ち入り禁止の看板だよ」とあっさり返されてしまいました。地雷とこんなに近くで共存しているなんて。我々日本人には到底考えられない現実に、大変なショック(shock)を受けました。

▲屈託のない笑顔の子どもたち。
また、車で移動中のことです。とある村を通過することになりました。しかしそこに人影はなく、存在するのは崩れかけた廃墟だけ。車を停めて中に入ってみると、そこは教会でした。窓のステンドグラス(stained glass)は崩れ落ち、屋根の石材があちこちに散乱していました。国境近くということもあり、紛争時代に傷つけられた村だと思われます。このような村が今でも残っているということ自体、それまでの私には考えられませんでした。日本ではすぐに取り壊されて新しく建物が建っていくはずですから。財力が乏しいため、廃墟がいつまでも放置されているんです。

そのような苦しみの中から立ち上がり、現在クロアチア(Republic of Croatia)では、観光業が盛んです。前回もお話ししたとおり、イタリア(Italy)やドイツ(Germany)、ロシア(Russia)の人たちが、気軽に国境を越えて観光に訪れます。

▲街では頻繁に仮装パーティ(party)が行われているようでした。
私たちの帰りの飛行機で、研究中たった一度顔を合わせたクロアチア人(Croatian)とたまたま一緒になり、声をかけられました。お互いの話をして、最後に「これから首都を観光して日本に帰る」と話したところ、車で案内しようと持ちかけてくれました。車中ではクロアチア(Republic of Croatia)のことについて多く聞かせてくれ、最後にはバス(bus)の時刻まで教えてくれたんです。たった一度顔を合わせただけで、話したこともなかった人なのに、自ら心を開いてくれる。クロアチア(Republic of Croatia)の人たちは、度重なる紛争で悲しい体験をしているのに、こんなにも心に余裕を持っているなんて…。なんて優しい人たちなんだろうと感じた瞬間でした。

▲研究を行った試験場。囲いの中に地雷が埋められています。
クロアチア(Republic of Croatia)は国立公園を始めとして、自然が豊かな、非常に美しい国です。ところが日本人のヨーロッパ(Europe)旅行といえばフランス(France)、イタリア(Italy)などが一般的なので、クロアチア(Republic of Croatia)はまだ日本人観光客の数少ない国です。しかし、民族紛争などによる傷跡を未だに背追い、悲しみつつ地雷と共存し、それでも笑顔を絶やすことなく、国の誰もが再建と復興を願ってたくましく生活していることを、もっと知ってほしいです。

▲試験場の地雷原内に 咲いていた花を撮りました。地雷原にだって花は咲くんです!
我々技術立国日本は、どのようにすればこのような国を支えていけるのかという問いを、肌で実感してきました。地雷は人類が残してしまった負の遺産です。クロアチア(Republic of Croatia)だけでなく、現在全世界には約1億個以上の地雷が埋設されているといわれています。しかし除去作業はほとんどが人の手作業で行われ、 その作業中の人的被害は20分に1人の割合で起こっています。また、完全除去までに1,000年はかかるといわれています。私はエンジニア(engineer)の一員として、彼らの最大の不安である地雷をロボット(robot)によって探知・除去し、一刻も早く被害を受ける人の数をゼロ(zero)にできるように日々研究を続け、この問題に関わっています。我々にできることはたくさんあります。私の研究によって彼らの笑顔が守れるなら、世界に平和がもたらされるなら…。そう考えるとこの上ない幸せです。

ぜひみなさんも自分の目で、肌で、クロアチア(Republic of Croatia)を感じてみてほしいと思います。

Keep peace in Mind!