異文化発見!
〜〜フィリピン共和国(Republic of the Philippines) コミュニケーション(communication)と言葉編〜
このコラム(column)では、毎回いろいろな方にさまざまな国で実際に体験した面白い習慣や文化を語っていただきます。日本の常識は世界の非常識 ! ? 世界はやっぱり広い! と感じずにはいられないコラム(column)です。今年度からは東進のOB・OGに、まさに東進の海外特派員となって世界中で体験してきた貴重なエピソード(episode)を、積極的に披露していただきます。今回は、東進ハイスクール船橋校の担任助手としても活躍している大野 舞子さんに、サークル活動(club activities)で訪れたフィリピン(the Philippines)について、語っていただきます。
大野 舞子(おおの まいこ)さん
立教大学 文学部 2年
千葉県立 船橋高校卒
東進ハイスクール船橋校OG、担任助手
フィリピン(Republic of the Philippines)での活動を通して、環境活動にさらに興味を持ったという大野さん。学生のうちに、ほかのアジア(Asia)の国でもボランティア(volunteer)活動に
携わっていき、将来は発展途上国などで環境にかかわる仕事がしたいんだそうですよ。
▲屈託のない子どもたちの笑顔は万国共通です。
 |
7,000以上の島々からなる常夏の国フィリピン(the Philippines)。日本から飛行機で約4時間。日本との時差は1時間ほどです。空港に降りるととにかく暑い! そんな中、人々は気軽に話しかけてきます。ガードマン(guard)さえも笑顔で近寄って来るんですよ。市場にはバナナ(banana)やマンゴー(mango)などのほか、見たことのないようなフルーツ(fruit)が並んでいますが、主食がお米など、食材は日本と似ています。日本人とフィリピン人(Filipinos)の味覚は近いのでしょうか、料理はおいしかったです。
▲ホームステイ(home stay)先で、ホストファミリー(host family)の子どもたちと。
 |
私は大学で、PRC(Philippines Relationship Circle)というサークル(club activities)に所属しています。国際交流とボランティア(volunteer)が活動の柱となっているサークル(clubactivities)
で、毎年春休みと夏休みにフィリピン(the Philippines)の農村に行き、その地域で3週間ホームステイ(home stay)をしながら、植林活動を中心に現地の人々と交流しています。
フィリピン(the Philippines)には第二次世界大戦中に日本軍が焼き払った山がたくさんあります。「未来を担う私たち学生の手で、植林をしてその山を取り戻そう」という目的でこの活動は始まりま
した。今年の3月、私はフィリピン(the Philippines)のタブラス(Tablas)島にあるサンアンドレス(San Andres)という村に初めて行ってきました。サンアンドレス(San Andres)は首都メトロ・マニラ(Metro Manila)から船で8時間ほど。ここではその活動を紹介したいと思います。
▲フィリピン(Republic of the Philippines)の大学生とディスカッション(discussion)を通して、互いの「幸せ」について語り合う。
 |
訪問した大学では、フィリピン(the Philippines)の大学生と私たちが英語で、「どんなときに幸せだと感じるか」をテーマ(theme)にディスカッション(discussion)をしました。日本人側の回答は、「好きな音楽を聴いているとき」などが多かったですが、フィリピン(the Philippines)の学生は「家族と一緒にいるとき」という答えがほとんど。物にあふれた生活の中で見失ってしまう大切な絆に気づかされました。
▲この山で植林活動を行いました
 |
植林活動は、私たちだけで行います。私は植林の知識も経験も全くなかったのですが、以前に植えた苗木が2m、3mと成長したのを見た先輩たちが、「私の植えた木がこんなに大きくなっている!」と笑顔を浮かべたのを見て、植林活動に参加して良かったと心から思い、絶対に次の世代へ活動をつなげていこうと思いました。
フィリピン(the Philippines)では、初めて出会った子どもたちが“What’s your name?”と、話しかけてきてくれます。そのあとは、近所の子どもたちは私を見つけると、“Maiko〜!!”と駆け寄って来ます。
フィリピン(the Philippines)の子どもたちは、とても明るくフレンドリー(friendly)だったのが印象的です。また、私のホストファミリー(host family)は決して経済的に豊かとはいえないのに、「せっかく日本から来てくれたのだから」と、ご馳走を振る舞ってくれたことや、「あなたは家族なのだから、また必ず帰ってきなさい」と言ってくれたときは、その温かさに触れて涙があふれました。
▲岸沿いの夕闇に浮かぶ、遊ぶ子どもたちのシルエット(silhouette:仏語)。
 |
この体験を通して、英語をうまく話すことができない自分に歯がゆさを感じました。もちろん、言葉が通じなくても、一緒に遊んだり笑ったりして仲良くなれます。しかしもし言葉が通じたら、自分のことをもっと知ってもらえるし、相手のことをさらに理解できるとわかったんです。
私はホストファミリー(host family)にお別れの挨拶をしたとき、“Thank you.”という言葉しか出てこなかったことが本当に悔しかった。だからこそ、帰国後に「英語で自分の気持ちを自由に表現できるようになる」ことを目標に掲げました。大学でも、今年はその目標を実現できるような講義を取っています。
もう一度フィリピン(the Philippines)に行くときは、ホストファミリー(host family)とたくさん話したいし、将来は世界中のあらゆる人々と出会い、心を通わせることができたらいいなと思いながら日々、勉強しています。