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2008オープンキャンパス情報





新 実力講師波乱万丈記

東進タイムズ2008年8月1日号

講義
〜河合隼雄先生とユング心理学〜
第4回福崎 伍郎先生(英語)
「どんな問題にも通用する本物の実力をすべての受験生に!」
この目標を達成するため、授業に参考書の執筆にと、精力的に取り組む実力講師。基本を大切にし、無理なく自然に君たちの力を伸ばす「脳にやさしい授業」が大好評だ。

「もう一人の自分」を受け入れることで
創造的な人生へと変化する

受験勉強に熱中し過ぎて学部選びが二の次に

子どもの頃から一つのことに興味を持つと、ほかのことは目に入らずにのめり込むタイプでした。例えば英語。テキストを全部暗記したり、英語のラジオやテレビ番組をチェックするのは当たり前。道を歩きながら見えるものを片っぱしから英語に訳し、最後は夢の中で英語を話している始末。

高校時代はテニス部に所属し、下手くそでしたが、自分ではプロを目指すつもりで練習を重ねていました。キャプテンになってからは、練習に没頭するあまり、親が入院しても見舞いにも行かず、「あんたみたいに冷たい子を産んだ覚えはない!」とあきれられたこともあります。

そんな感じだったので、実は大学も受験勉強そのものに熱中し、あまり深く考えないで京都大学法学部に進学しました。なにせ法学部を選んだのは、高校の先生から「お前は法学部の顔をしている!」と言われたのがきっかけだったのですから。皆さんは、マネをしないように(笑)。

大学で何を学びたいのかを考えないで大学に入ってしまいましたから、入学後が大変でした。法律の勉強に興味が持てないことに気づいたんです。一度は周囲にならって、弁護士を目指し司法試験の勉強を始めてみましたが、すぐに挫折。しばらくすると僕は大学にほとんど行かなくなりました。たまに行っても講義には出ず、図書館で本を読んだり、カフェでぼんやりと過ごす日々が続いたのです。

初めて意識した「影」の存在

夢や目標に突き進んでいく友人たちを横目に、僕はどんどん居場所を失っていきました。そんなある日のことです。

「河合先生の講義、めちゃくちゃおもしろいで。一緒にもぐらへんか」

突然、文学部の友達から誘われたのです。河合先生というのは、ユング心理学を日本に紹介し、その分野における第一人者・河合隼雄先生のことでした。今では広く名前を知られている先生ですが、当時からその講義のおもしろさは評判だったのです。

恐る恐る大教室の後ろに座り、初めて受けた先生の講義。不可思議な人間の心を、科学的に捉えるその内容は驚きと発見に満ちていて、僕はユング心理学の世界にグイグイ引き込まれていきました。

河合先生は講義をしながら時々斜め上を見て沈黙する癖があり、その目は遠い異次元の世界を見据えているようでした。きっとあの瞬間、先生は頭の中で膨大な量の情報を検索していたのではないかと思います。

中でも最も衝撃的だったのが、「影」についての考察です。普通、「影」というと、ネガティブなイメージがありますが、ユング心理学では「影」を「現実で生きられなかったもう一人の自分」として捉え、人生を創造的に生きるための存在としても重視しているのです。「影」の存在を知ってからは、単一で平板な世界が、多層で立体的な世界に見えるようになりました。

世界が広がる新しい見方

受験勉強に熱中することで京大に合格しましたが、自分が何をやりたいのかという興味については蔑ろ(ないがしろ)にしていました。そのことで、僕は知らないうちに、現実で生きられなかったもう一人の自分としての「影」を大きくしていったんでしょう

「影」は、いまだ何者でもない自分。やるべきことを投げ出してしまった自分。先が全く見えない自分として僕の前に現れました。当時の僕は、まさに自分の「影」にのみ込まれそうだった。そんな僕にとって、河合先生の「影があるからこそ生きた人間としての味が生まれるのです」という言葉は、どれほど救いになったことか。「影」を否定したり真っ向から対決するのではなく、「影」をつくりだした自分を知ることで、光と影が織り成す人間というものを知ることができました。

「もう一人の自分」にパワーをもらって

河合先生は、著書『影の現象学』(講談社学術文庫)のなかで次のように仰っています。〈影と単純に握手することはあまりにも恐ろしいことではあるが、さりとて影の存在を否定することもできず、つき合わずにいるのはあまりにも損失であり、気がかりでもある〉

正直に言って今でも、自分は「影」と上手くつき合えているかどうかわかりません。しかし、一つだけ確かなことは、たとえ「みっともない自分」でも目を背けずに受け入れることで、僕は前進できたということです。

自分の進むべき道を自分で決めることができた!それはリスクを伴なう「賭け」のようにも思われたけれど、僕はその中に飛び込んでいくことを決めました。

影とは、自分が受け入れることができず無意識下に抑圧した「もう一人の自分」です。それを再び自分に統合することで「本来の自分」を実現することが可能になる。否定していたい自分が、実は自分を救ってくれるパワーを持っているということは、僕にとって大きな「気づき」になりました。

  

※本記事におけるユング心理学への言及は福崎先生の私見による解釈であり、ユング心理学の学説および通説と異なる場合があります。

河合 隼雄(かわいはやお)
 1928年〜2007年。臨床心理学者・心理療法家。京都大学名誉教授、国際日本文化研究センター所長、文化庁長官などを務めた。分析心理学(ユング心理学)を日本に紹介した学者として知られている。