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東進タイムズ2008年4月1日号

憧れの職業を追え!

精神科医編

日本精神分析学会 認定精神療法医
川崎幸病院 精神科顧問
和田 秀樹 氏


物質的価値観が最優先された20世紀に対し、21世紀は「こころの時代」と言われる。精神科医はそんな時代において最も注目される仕事のひとつだ。人間関係が希薄になった世の中で生きる現代人の心の病は多岐にわたる。今回は、心理学や大学受験など幅広い分野に渡って年間40冊以上の本を出版し、さまざまな分野で活躍されている精神科医・和田秀樹先生に仕事の中身ややりがい、求められる能力、今後の課題、さらには精神科医の仕事をベースに広がっていく新たなフィールドについてもお話を伺った。

精神科医の仕事で養った知識や体験が新たなフィールドへ導き、
より豊かな自分へと成長させてくれる

適切な診断には正しい知識と冷静さが必要

医師はそれぞれの専門により、内科、外科、耳鼻咽喉科、眼科、小児科、産婦人科などに分類されます。そのなかで精神科医は「心」という目に見えないものを対象とするせいか、一般的な医師とは異なるイメージを抱かれることもあります。精神科の仕事といえば、真っ先にカウンセリングを浮かべる人も多いかもしれませんが、精神疾病の治療法は大きく分けて生物学的療法と精神療法の二つに分けられます。

もちろん患者さんの話に耳を傾けることは、「心の病」を治療する際の基本です。しかし、うつ病や不安症、恐怖症、自殺願望といった症状の重い病気はカウンセリングだけでの回復は難しく、生物学的な療法として薬の投与や電気ショック療法などを行い、生物学的観点からの治療も必要なのです。精神科医も医学的知識や経験を土台にして治療に当たるという点はほかの科の医師と同じです。

治療の現場では「人間が持つ力の偉大さ」に驚かされる場面が多々あります。家庭状況や経済状況に問題を抱え、「これでは精神を患ってしまうのも当たり前」と思われてしまうような患者さんが、治療を施す過程で次第に回復して、日常を逞しく生きていく姿は無条件に素晴らしいものです。「“生きる”とは、それだけで大変価値あることなのだ」としみじみ思います。

精神分析の研修目的でアメリカに留学したときは、カール・メニンガー精神医学校で私自身も精神分析を受けました。治療を受ける患者を体験し、患者の気持ちを頭だけでなく、身をもって理解することができました。例えば催眠療法では、治療法に対する恐れや抵抗を軽減するために、患者さんに催眠状態の仕組みを詳細に説明します。「催眠にかかる人のほうが、かからない人よりも神経のコントロールが上手い」というプラスのイメージを与えることで、催眠治療をスムーズに進められるのです。

そもそも私が精神科医の道に進んだのは、「人間を知りたい」という興味からでした。今でも忘れることができませんが、医者になって間もなく、自分の担当した患者さんが死を選択してしまう最悪の状況を体験しました。ベストな治療法で臨んでいたはずですが、「もっと良い治療法を選択できたのではないか」「患者さんの心の変化に気づかなかったことが相手を追い詰めてしまったのではないか」と、立ち直れないほどのショックを受けました。心の病の治療法に“決して間違いのない”治療法などありません。しかし、目の前の救えるはずの命を救えなくては、医師の存在価値はないに等しいのです。「もう二度と患者さんに死を選ばせない」という確固たる決意のもと、そこから再出発しました。

現在日本では年に約3万3000人の自殺者が出ています。そのうち8割がうつ病を患い、5000〜6000人が精神科の診察を受けていたというデータがあります。自分の取り組んでいることは患者さんの命を左右するのだという自覚と使命感は、この仕事に臨むときに最も大事なことだと思います。そして、「人間が好き」であることが大前提です。過酷な境遇にある患者さんの話をしっかり受け止めるとともに、患者さんと一定の距離を保って観察できる冷静さが求められます。

仕事とは、単なる生活の手段ではない

私は精神科医の仕事のほかに、受験や心理学に関する著書を年に約40冊は出版し、講演会活動やテレビ番組出演、さらに人材教育や、学校のプロデュースにも携わっています。「どれが本職ですか?」ときかれることもありますが、自分の中ではすべて「学んだことを使える知識にする」という一貫性のうえに成り立っています。

というのも、私は仕事を単に生活の糧を得る手段とは思っていないのです。「自分を成長させる場」だと考えています。ですから一つの肩書きや職業にこだわらず、精神科医の仕事で得た知識や体験を活かせるフィールドがあれば、そこで常に新しい自分の可能性を試してみたいと思うのです。

例えば2002年に出版した『受験勉強は子どもを救う』(河出書房新社)という著書は、アメリカ留学したときに勉強したことをベースにして書きました。アメリカでは一時期、「思春期に精神的混乱を迎えたほうが、その後のメンタルヘルスに良い」という理論に基づき、自由化教育を押し進めました。しかしそれが大失敗に終わり、今日の若者の悲惨な状況や堕落につながっています。またシカゴ大学精神科のダニエル・オファー教授が2万人の子どもにアンケート調査を実施したところ、実は思春期に混乱する子どもはわずか5分の1であり、彼らのほうが将来のメンタルヘルスが悪いという結果が明らかになりました。

今でこそ日本の「ゆとり教育」の問題点が各方面から指摘されていますが、私は以前から「誤った考えによる日本の自由教育」に警告を発信してきました。また、国の高齢者問題への対応にも危機感を抱いています。私は高齢者専門の総合病院に勤務していた体験から、高齢者の心と体が密接にリンクしていることを踏まえ、総合的見地から治療を施さなければならないということを実感しています。しかし今の日本は、老年専門医や高齢者向けの精神科医があまりに少ないのが現状です。私が高齢者問題を語ることで、関心を持つ人が少しでも増え、施設や医師不足の改善につながることを願っています。

格差社会への危機感から生まれた映画

「仕事は自分の可能性を追求し、成長させる場である」というのが私の信条です。そして、また新たに映画というフィールドに挑戦することができました。

実は「映画をつくってみたい」というのは高校生の頃からの私の夢でもあります。高2のときに藤田敏八監督の『赤い鳥逃げた?』という映画に出合ったのがきっかけでした。当時の私は灘高校に進学したものの、周囲のレベルの高さに圧倒され、勉強する気になれず毎日をやり過ごしていました。原田芳雄さん演じる主人公は「29歳の老人」と自分を表現していて、当時の私の心情とぴったり重なったのです。

大学在学中、一度だけ自主映画の制作を試みましたが、数百万の借金だけが残るという痛い経験もしました。しかし、社会に出て様々な人間を見てきた今なら、かつてとは違う映画が撮れると思ったのです。

今回の映画は『受験のシンデレラ』というタイトルで、高校を中退した少女が余命僅かのカリスマ塾講師に出会い、東大受験を目指し、合格するまでを描いています。格差社会が拡大し、教育も二極化するなか、「勉強しても報われない」と努力することを放棄する若者が増えています。しかし勉強ができないのは、「頭が悪いから」ではなく「勉強のやり方を知らない」だけなのです。

将来を諦める若者が増えることは、まさに日本の社会の未来を諦めるということを意味します。そのような世の中の流れに危機感を抱き、社会的メッセージを込めて制作しました。

私は日本に三つしかない老人専門の総合病院に勤務し、さまざまな人生をみとってきました。そしてそのたびに「一度きりしかない人生を、後悔のないように力いっぱい生きよう!」という思いを強めてきました。これからも自分の専門分野をさらに極める一方で、そこから派生していくさまざまな分野にも挑戦し、悔いのない人生を歩んでいきたいと思っています。

PERSONAL DATA

和田 秀樹(わだ ひでき)
日本精神分析学会 認定精神療法医
川崎幸病院 精神科顧問
1960年 大阪府生まれ
1979年 兵庫県 私立 灘高等学校卒業
1985年 東京大学 医学部卒業
東京大学附属病院神経科助手、米国カール・メニンガー精神医学校国際フェローを経て、現在は川崎幸病院精神科顧問として診察活動に従事する傍ら、国際医療福祉大学院教授(臨床心理学)、一橋大学国際・公共政策大学院 特任教授。心理学、教育問題、老人問題、人材開発、大学受験などのフィールドで数多くの著書を執筆するとともに、テレビ、ラジオ、雑誌で自身の考えを発信し続けている。

和田氏に聞く!「私の学生時代」

高校時代の一番の思い出は?
もともとは成績が悪くて夢のない高校生だったのですが(笑)、映画に出会って『映画監督になりたい』という夢ができてからは、勉強にも打ち込めるようになったし、毎週1、2回ほど映画館に行って夢中になって映画鑑賞していましたね。
高校時代の得意科目は?
留学をしたいと思って一所懸命に勉強していたことがあるので、英語は得意科目だったと思います。また、独自の勉強法を編み出してからは、数学と物理も得意になりました。
大学時代に熱中していたことは?
映画づくりですね。その製作資金を集めるために家庭教師や塾の先生もろもろのアルバイトもしました。また、東京大学アイドルプロデュース研究会というサークルを作って、映画の主演女優を探すために「あなたを東大生のアイドルにします」というイベントを開催したことも思い出です。
担当ライターよりひとこと!

灘中、灘高、東大医学部という成功者の鏡のような人生を歩んできた和田先生。そんな先生が実は高校生の頃に目標を見失い、無気力な日々を送っていたというのは意外でした。「『赤い鳥逃げた?』のなかで主人公が自分のことを“29歳の老人”といったとき、僕は“17歳の老人だ”と思ったんだ」と笑ってお話しくださいました。それからは映画が前に進む原動力になったそうです。そういえばかつて講演会で先生が「受験は可能性に満ちた夢の箱」とおっしゃっていたのを思い出します。今回初監督作品を制作し、身をもって「箱のチカラ」を証明してくださいました。




精神科医への道目に見えない“心”の病に立ち向かう
精神科医とは

精神科医とは、心の病を診断・治療する人のことを指す。複雑化する現代社会で生きるとき、心にかかる負担は計り知れない。心の病は軽いノイローゼやストレスが原因の心身症から、うつ病、不安症、幻覚、幻聴、自殺願望まで多岐にわたる。

精神科医は患者の心の状態を的確に把握して、薬物療法、精神療法、社会療法などの治療を施す。社会では依然として精神疾患者に対して偏ったイメージを抱く人もいるため、偏見がなくなるように社会に働きかけるのも精神科医の役割の一つだ。

また、症状が改善したあとは、患者がスムーズに社会復帰できるように支えていく。日本の年間自殺者は3万人を超え、うつ病患者も年々増加している現状から心の病気の治療を専門とする精神科医の需要は高まり、その役割も拡大している。

精神科医になるには

精神科医になるには、大学の医学部や医科大学で6年間学び、医師国家試験に合格しなければならない。試験は科目ごとに実施されるのではなく、基礎医学・臨床医学・社会医学などすべての医学関連科目を出題範囲とする総合問題形式だ。試験に合格し、医師免許を取得したあとは臨床研修医として最低2年間の勤務に従事し、内科、外科、婦人科、小児科などをひととおり経験する。研修期間を終了したら、病院の精神科や老人施設などに勤務したり、個人で開業する場合も多い。医者になることに年齢制限はないので、一度社会に出てから医学部に再入学し、医者になる人もいる。



精神科医のお仕事に関する
精神科医と臨床心理士の違いを詳しく教えてください。
 精神科の治療法は「薬物療法」のほかに、会話を通じて患者さんの心を和らげる「精神療法」や行動を変えることで、患者さんの心理状態を改善する「行動療法」などがあります。豊富な医学知識と経験で患者さんの症状に合わせ、さまざまな治療法のなかでどれを用いるかを決めるのが精神科医の最も重要な仕事の一つです。 これに対し、臨床心理士(カウンセラー)は臨床心理学の知識や技術を使ったカウンセリングがメインです。日本では多くの場合、精神科医と臨床心理士がタッグを組み、臨床心理士が患者さんから細かく悩みを聞き出し、精神科医が治療法を考えて治療にあたっています。
心に病を抱える患者さんと向き合うのはハードな仕事だと思うのですが、医師自身の精神的ケアはどのようにしているのでしょうか?
 精神科医は、患者さんの話を聞いて共感することで大変なエネルギーを消耗します。そのためアメリカでは、精神科医自身がかかりつけの精神科医をもち、精神面のバランスをとるのが普通です。日本では精神科医の心のケアに対する意識はまだまだ希薄で、個々に委ねられていますね。
精神科、神経内科、心療内科はどう違うのでしょうか?
 神経内科や心療内科は精神科から派生してきたもので、治療の中身はほぼ同じと考えてよいでしょう。あえていえば、心療内科は胃潰瘍や喘息、アトピー性皮膚炎を含む心身症を、神経科はパーキンソン病や痴呆など脳や神経などに原因がある病気の治療が中心です。

 心療内科や神経内科はその名のとおり内科の一部門です。私は内科の認定医でもありますが、精神科と内科は密接な関係を持っているんです。精神疾患だと思ってもよく診察すると実は内科の病気だったということがあり、またその逆もありえるのです。
カウンセリングは高額なイメージがありますが、精神科治療の場合はどうなのでしょう?
 健康保険が適用されますので自己負担1000円程度で済むことも多いでしょう。ただし1回の診察時間は10分前後と短く、患者さんは長期にわたり通い続けるのが普通です。医師と患者さんの人間的接触が深まるなかで、回復へと向かっていきます。