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| 日本生産性本部というところでは、さまざまな技術を学ぶために、日本の各界のトップに同道してアメリカの工場や教育施設の視察に訪れました。アメリカ各地をくまなくまわりましたよ。その際、その説明を時を移さずに通訳していく必要が出てきた。「同時通訳」という職業の必要性が出てきたのはそのころからではないでしょうか。 そのころは、会議通訳者などというのはまだ定着してはいませんでしたが、日本が国際化社会の中で、国際会議やセミナーなどに参加する機会が増加するに伴って、あちこちに引っ張り出されるようになりました。気がついたら「通訳者」になっていたという感じですね(笑)。 |
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