東進タイムズ 2012年1月1日号

世界で活躍する日本の科学者たちを応援したい。
そして、国が変わるような大きな産業や雇用を生み出す研究をバックアップしたい。
そのような想いを込めて東進が応援しているのが、日本を代表する研究者が集まり、若手研究者に研究内容を発表する機会を提供する「フロンティアサロン」。
今回は、同サロンで発表した研究者の中から、日本の科学技術の振興、そして人類の未来への貢献につながる新しい挑戦の観点から優れた研究を行った研究者に与えられる「永瀬賞」を受賞した理化学研究所、発生・再生科学総合研究センターの上田泰己先生に、高校生向けに語ってもらった研究内容について、その一部をレポートする。

上田 泰己先生
うえだ  ひろき
独立行政法人 理化学研究所
発生・再生科学総合研究センターシステム
バイオロジー研究プロジェクトリーダー

2004年東京大学 大学院 医学系研究科 博士課程修了。在学中の2003年より現職に就任し、哺乳類体内時計・体節時計のシステム生物学研究に携わる。現在、大阪大学招聘教授、京都大学併任教授なども兼務。専門はシステム生物学。
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人の体の「時計」!
「時計遺伝子」から探る、知られざる生命のリズム

生命に流れる二つの時間 キーワードは「移り変わる」と「繰り返す」

  私たちの日常生活に必要不可欠な時計。実は、人間の体内にも「時計」の役割を担う仕組みがあることがわかっています。本日は、私が研究する生命に関する「時間」についてのお話をしたいと思います。

  例えば、物理学にとって時間や空間の概念はとても重要です。ところが、生命において時間や空間の概念は、まだあまりよくわかっていません。十数年前にゲノム (1)が解読されてから、生命科学はさらに発展してきました。時間の生命科学も新たな展開を迎えつつあります。

  そもそも、生命における時間とはどのようなものがあるのでしょうか?生命は、この世に生を受けて成長し、そして老いて死んでいきます。つまり一方向へと流れていく時間を持っているのです。これを、移り変わっていくことを表して「不可逆性」(2)と呼びましょう。

  一方、私たちの体の中に存在する時間はそれだけではありません。何度も繰り返す時間があります。例えば、「一日」という単位です。こちらを繰り返すことを表して「反復性」と呼びましょう。私たちの体の中の時間には、この二つの特徴があります。

体内時計モデルシステム
細胞が時間を計っている!?

  では、私たちの体はどのようにして時間を計っているのでしょうか?

  実は、体の中にたくさんの「時計細胞」 (3)があることがわかっています。動物の場合、胃や心臓、肺など、精巣を除くほとんどの器官で時計細胞が見つかっています。これらの細胞が、あたかも話し合いをするかのようにして、一つの時間を作り出しているのです。その結果、血圧や体温、心拍数が高くなる時間帯が生じると考えられています。統計的には、赤ちゃんが生まれやすい時間帯などが知られています。もしかすると、学習に最適な時間というものもあるかもしれません。

  時計細胞の特徴は大きく三つ、(1)約24時間で一巡する、(2)光などの外部環境により時刻がリセットされる、③温度が変化しても周期は一定である、ということです。

  ここで重要な働きをするのが、時計の部品にあたる「遺伝子」です。時計の役割を担う「時計遺伝子」はおよそ20種類。細胞の中では、これらの遺伝子は大まかにいうと8時間ずれた「朝」「昼」「夜」の3つのグループにわかれてそれぞれ働いています。この3グループがお互いの働きを盛んにしたり、抑制し合ったりしながら、24時間周期で時計の働きを担っていることがわかりました。

  「時計細胞」の起源は、地球が24時間で一回転することに由来し、生命がこの自転のリズムを細胞に内在化させていったからだろうと考えられています。ですから「時計細胞」を研究することは、生命が環境をどのように体に内在化させてきたのかを掴む最適な研究素材です。私は「時計」の研究を通じて、生命の仕組みをより深く知る方法を学んでいます。例えば、「時計」を分解するだけではなく、「創る」ことを通じて深い理解がもたらされることがわかってきました。将来は、細胞のもつ「生命らしさ」そのものの理解につながればと思い、研究に取り組んでいます。

生命科学は遺伝子を「創る」時代へ

  最後に、生命科学がどのように変化しつつあるのかをお話しましょう。

  生命科学は医学の基盤なので、医学の未来につながっています。これまでの生命科学は、生命システムの機能に着目してきました。ですが、ゲノムの解読が終了した今、生命の基本単位である細胞を創る段階に生命科学は進んでいます。つまり、現在そろっている情報から生命システムを再現したり、創ったりする時代が、もうすぐそこまで来ているということです。

  例えば、ヒトゲノムの人工合成は、いつぐらいに実現できると思いますか。大胆に予測すれば、2020年ぐらいまでには可能になるといわれています。

  私は高校生の頃から、「自分とは何か?」「意識とは何か?」という問いについて考えることが多くありました。哲学や文学などのように「言葉」でそれを掴む道もありましたが、私は、自然科学の方法を使って自己を捉える道を選びました。それが研究者となったきっかけであり、まだまだその途上です。

セミナーの様子

単語説明

(1)ゲノム

 “gene”(遺伝子)という単語と集合を表す“-ome”を組み合わせた造語。つまり、生物の持つ全ての遺伝子のことを指す。1990年代よりさまざまな生物のゲノム解読プロジェクトがスタート。ヒトゲノムの塩基配列の解読も進められ、2003年に完了が宣言された。当初、ヒトの遺伝子数はおよそ3万と推定されていたが、その後の研究により現在では2万数千個と考えられている。

ゲノムの説明

(2)不可逆性

 「元と同じ状態に戻すことができない」こと。生命科学における時間は、過去から未来という一方向へしか進まない「時間の矢」という概念が当てはまる。

(3)時間細胞

 24時間周期のリズムを刻む細胞。脳の神経細胞が集まる視交叉上核という場所にある時計細胞が、各器官にある時計細胞の時刻を調整し、司る役割を果たしている。視交叉上核にある時計を「中枢時計」、各器官の時計を「末梢時計」と呼ぶ。正確な時刻の情報は、神経を通じた電気信号で伝えられる場合と、血液中のホルモンによって送られることがわかっている。

参加者の声

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富永 太一郎くん
東京都 私立 芝高校1年

将来ノーベル賞を獲るかもしれない先生の講演と聞き、楽しみにしていました。難しい内容でしたが、上田先生の講演を聴き、自分なりの仮説を立てて考察できることは研究の醍醐味であると感じ、研究職に対する憧れが強まりました。


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川口 ディエゴ 信くん
東京都立 西高校1年

生命という複雑なものに、どのようにアプロ―チをしているのか知りたくて参加しました。上田先生の講演を聴いて、真理を探る研究者の生き方を垣間見た気がします。研究職についてますます興味が強まりました。情報を収集して、視野を広げ、自分の好きなことや興味のあることを突き詰めていきたいと思います。


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川手 美希さん
東京都 私立 女子学院高校2年

遺伝子に興味があり、参加しました。一つの研究も、物理や化学などさまざまな学問によって成り立っていること、そして現在の生活や文化は、それら研究の上に成り立っていることを学びました。講演を受けて、もっと多くのことを知りたいと知的好奇心が刺激されました。