東進タイムズ 2016年12月1日号

世界で活躍する日本の科学者たちを応援したい。
そして、国が変わるような大きな産業や雇用を生み出す研究をバックアップしたい。
そのような想いを込めて東進が応援しているのが、日本を代表する研究者が集まり、若手研究者に研究内容を発表する機会を提供する「フロンティアサロン」。
今回は、同サロンで発表した研究者の中から、日本の科学技術の振興、そして人類の未来への貢献につながる新しい挑戦の観点から優れた研究を行った研究者に与えられる「永瀬賞」を受賞した慶應義塾大学理工学部准教授である牛場潤一先生に、高校生向けに語ってもらった研究内容について、その一部をレポートする。

牛場 潤一先生
うしば  じゅんいち
慶應義塾大学理工学部 准教授

慶應義塾大学理工学部物理情報工学科、同大学大学院理工学研究科を経て、学位(工学)を取得(2004年)。その間、デンマーク・オルボー大学訪問研究員、文部省中核的研究拠点形成プログラム研究補助員を務める。慶應義塾大学理工学部助手(2004-07 年)、同大学専任講師(2007-12 年)を経て現職。
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ブレイン・マシン・インターフェースによる
脳の治療

生命に流れる二つの時間 キーワードは「移り変わる」と「繰り返す」

  脳卒中とは、脳の血管が傷つき、神経細胞に栄養が行かなくなることで生じる病気です。神経細胞が死んでしまうと、皮膚や骨とは違って、脳の細胞では組織の修復がかさぶた程度で止まってしまいます。これは、体の動きをつかさどる脳の神経が一度壊れると、そこにつながる体の部位に一生運動麻痺が残ることを意味します。

  これに対して私たちが取り組んだのが、機械を用いて傷ついた神経の近くにある別の神経を訓練によって鍛え、再び脳の命令を筋肉に送るという方法でした。理工学の強みを活かした「脳と機械を直接つなぐ」テクノロジー、BMI(ブレイン・マシン・インターフェース)の開発です。

  BMIは、ヘッドホン型センサーを頭にかぶって筋肉に運動命令を送る脳の活動をモニタリングし、脳の活動レベルが上がったときにだけ、麻痺した手に取りつけたロボットが動くようにプログラムされています。脳卒中だけでなく、脊椎損傷やジストニア、精神疾患などのリハビリに応用できる技術として、今や企業や大学病院での臨床研究も進んでいますが、開発当初は、手作りの箱型のシステムを秋葉原やホームセンターに買いに行き、自分たちで組み立てて作るところからのスタートでした。データと終電時間とのにらめっこの日々が、いつか患者さんの手に届くものを作りたい、世界を自分たちの手でより良いものに変えていきたいという夢に導いてくれました。

細胞が時間を計っている!?

  どうイメージすれば体が動く脳活動につながるのか、試行錯誤の中で見つけ出すプロセスは、「脳は機能を変えることができる」ことを教えてくれました。

  一度妨げられた脳の信号や神経の機能も、B M Iのアシストを得て、患者さんが実際に自分の手が動くのを目で見たり、患者さんの筋肉や関節の感覚神経が脳に刺激を返してくることで、傷ついていない迂回路の神経の活動レベルが上がり、最後には運動調節をする神経の状態が少しずつ正常化してくるのです。活動パターンがなかったものが再活性してくるので、私たちはこれを再活性パターンと呼んでいます

  これまでは、全く手が動かない患者さんが病院に来ると、「あなたの手はもう治りません」と宣告から始まることは珍しくありませんでした。訓練前の全く動かない手のことは、専門用語で廃用手と呼ばれます。役立たないという意味の残酷な言葉です。しかし、積み木を握ろうと思っても指を動かすことさえできなかった患者さんが、BMIによる訓練を数週間続けて、ぎこちなさを残しながらも積み木を握って放すことができるようになればどうでしょう。自分の意思で自分の手を使うことができるようになれば、次からは本を押さえる、洋服の裾を押さえる、料理で食材を押さえることができます。最低限、廃用手ではなく補助手になり、さらにそこから希望も可能性も広がるはずです。

  このように、私たちは従来の医療では不可能とされてきた超重度の運動障害の治療に挑戦していきます。

細胞が時間を計っている!?

  高校生のみなさんには、寝食を忘れるほど熱中できる何かに出会ってほしい。大学の研究室は、実践の場です。そこに海外からの先生や留学生、患者さん、作業療法士、医師の協力も得て、チームで研究を進めていきます。

  外国や異分野との交流を深め、新しい世界に飛び立つきっかけを得るような、そんな機会もたくさん待っているでしょう。どこにも答えが書かれていない最先端の研究に携わるということは、問題を発見し、それを解決し、人に伝えて広めていくことを、一人ひとりができるようになる最良の教材です。

  私の場合はリハビリ医療という世界の慣習でしたが、慣習に捕らわれすぎることなく、迷わず真理を探求する心を持ち続けてください。それが科学の心であり、全ての原動力です。