A1.
論述問題というのは、解答が実に多様なんです。たとえ満点の答案であっても、そこに同一の表現が登場してくるはずもなく、どれも十人十色です。それらを客観的な視点で採点するために、設問別に詳細な採点基準を設けると同時に、採点会議の場での答案の検討や議論、その上での意思統一を何よりも重視しています。
また、日本史の採点の際には、答案にゼロから点数を加算していく“加点方式”を取っています。満点から点数を引いていく減点方式は、答案の正しい部分が点数化されないだけでなく、本番での採点のあり方にも合致していないと考えられるからです。
正しい部分を評価するとはどういうことかというと、例えば「聖徳太子」の時代の「政治」について説明する問題があったとします。論述の場合、問題の要求が「政治」について語ることであれば、解答の中に「聖徳太子」という言葉が出てくるかどうかは、ほとんどどうでもいいこと。「七世紀初頭の政治家」といった表現でも十分であって、少なくとも重要なポイントにはなりません。加点方式による採点基準作りでは、そうした物事の軽重にも細心の注意を払っています。
A2.
「東大本番レベル模試」の日本史では、“論理構成点”という項目を設けています。この“論理構成点”は、他の模試にはみられない独自のもので、専門の分野で優れた力をもつ採点者が問題を十分に咀嚼(そしゃく)した上で、答案に示された論理展開の“質”を判定し、それを確実に得点に反映させられるようにしています。
このことからもわかるように、論述問題で確かめられるのは、各教科の基礎的な学力と、問題の分析力・論理の構築力といった統合的な学力です。また地歴科目の場合、社会科学に適した表現を用いられるかどうかも、本番での得点を左右する要素になるでしょう。
A3.
まず、目前の模試から逃げないこと。模擬試験とは文字通り本番を擬似的に体験できる貴重な場ですし、学力を伸ばすためには、あえてサンドバッグになってみることも大切です。それに何より、「まだ自信がないから」「勉強が遅れているから」といった情けない言い訳が先行してしまうような人に、素敵な未来が待っているはずはないですよね。
その上で、模試の復習は必ず複数回実行してほしいと思っています。「東大本番レベル模試」で言えば、出題された問題や解答・解説は、どのような参考書よりも東大の出題スタッフに密着したものになっているし、どのような論述問題集よりも鮮度の高い問題群だし、どのような模試よりも高品質の採点作業が保障されています。つまり一言でいってしまえば、こうした模擬試験には何よりも魂がこもっているのです。(1)問題をもう一度吟味し直すこと、(2)解答・解説の熟読によって知識と理解、そして解答の論理とを丁寧かつ徹底的に点検すること、これが復習の基本的方法になるはずです。
A4.
日頃から論理性を鍛えようとすべきだ、という点を最初に強調しておきます。社会科学に分類される教科の論述問題というのは、物事の因果関係や内容・特徴を問うか、あるいはそれらを組み合わせることで問題が成立しています。ということは、教科書を読むときにも、空欄補充の問題を解くときにも、ちょっとした心がけ次第で論述用の頭脳は開発可能だと言えますね。ある文章が歴史のどの側面を説明しようとしているかを読み解く、この意識を常に忘れなければいいんです。
論述問題というのは、ボールの投げ方を身につけるのと同じところがあります。素晴らしいコーチがいて、ものすごく適切に手の角度や足の上げ方を指導してもらったとします。でも、「さあ投げてごらん」と言われても、すぐにその通りには投げられないんですよ。自分の体で覚えないといけない。体で覚えていく過程で適切な指導があれば、信じられないような相互作用も生まれます。躊躇(ちゅうちょ)することなく、机の上に論述問題を用意して、その問題の要求・限定を確実に読みとり、与えられた文章・史料などを分析してみる作業を開始してほしいと願っています。
模試は、“自分の体で”覚えるための絶好の機会です。しかも同時に、解答・解説という信頼できる名コーチもついています。模試の返却後に採点基準まできちんと点検し、自分の答案とのギャップをつかもうとする受験生なら、ボールコントロールとそのスピードは瞬く間に見違えるようになっていきます。
もう、何が大切なのかは明白ですね。論述問題を課す大学をめざす受験生が努力すべき方向は、いつの時代も変わることはありませんでした。アタマをよくすることに全力を傾けてくれればよいのです。