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<<2002/5

ノーベル賞科学者を日本一輩出している京都大学。文系は2時間、理系は2時間半という時間内で、試行錯誤を強いられるハードな問題であることが特徴。また、文理共通の出題も見られ「文系だから」という甘えは通用しない。
今回は、澤村先生に京都大学の数学について語って頂いた。2002年度の京大の出題を分析しながら、「大学が学生に求める力」を探っていきたい。
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▲ 2002年度 前期 文・理共通問題
("整数の解は1か-1" これが読めますか?)
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▲ 2002年度 後期 文・理共通問題
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(難問だがトレーニングには最適。
まず、αを動かしたときの点C' D'の軌跡は?
次に、α上で上図(ア)(イ)のどちらを考えるか?当然アだよね )
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実は数学に関しては、大学による傾向の違いや特徴はそんなにありません。逆に、京大の英語は特徴的ですよね。和訳と英作文のみ。僕らが受験した頃と全然変わりません(笑)。そこまでの特徴が、数学の場合はないんです。
あえて特徴を挙げるなら、誘導が少ないことですね。例えば、設問を(1)(2)(3)と順に解いていくと最後まで到達できるような出題は非常に少ない。ひとつひとつが独立しているんです。2002年度で言えば、前期は理系で6問中4問、文系で5問中5問。後期では理系で6問中5問、文系で5問中5問がそのような出題になっています。
分野で言えば、整数・図形・確率などが出題されやすいです。なぜなら、これらはパターンにはまった考え方では解きにくいからです。これには大学の教官の「受験生にいろいろ考えさせたい」という意図があります。例えば図形の問題を解くには、幾何で解くか、三角比で解くか、ベクトルで解くか、複素数で解くかなど道具がいろいろありますね。ベクトルで問題文を与えられていても、幾何で考えたほうが早かったり、座標使ったほうがいいとか。馬鹿正直にやっていると解けませんよ。
採点するほうも相当な労力が要ります。解法がひとつではないということは、受験生が何を書いてくるかわからないわけですから。ではどうしてこんな出題ができるのかというと、数学の教官が多いから。それだけ受験生の解答をしっかり採点することができるのです。こんな贅沢なことができるのは、日本では東大と京大くらいでしょうね(笑)。

当たり前のことですが、試験では論証力・思考力・表現力が問われます。問題に対して、理詰めでどのように考え、表現できるかということを出題側は見ています。
書き方で言えば、まず数式だけで日本語のないものは評価されません。日本語じゃなくても、英語・フランス語・スペイン語とか、自然言語なら大丈夫ですよ(笑)。未熟な日本語でもかまいません。極端に言えば、日常会話でもいいから自分の考えを自分の言葉できちっと表現しなさいということなんです。また、図はたくさん書いておくと印象がいいです。
次に解答を一からきちきちと書いて、ちょっと間違ったと思ったら消しゴムで消して・・・という人。最悪です。自分が考えたとおりにどんどん解答を書いていくことが大切。あとで浮かんだことなどは、線を引っぱったりして書き加えていけばいい。そのような跡から、受験生の思考力を見ているんです。出題側は、たった2時間程度の中で解答をきれいに表現できるところまでは求めていません。大事なのは、採点者に、自分がどう考えたかがはっきり伝わるということなんです。

京大では、文系・理系という区別をほとんどしません。今年の文系(後期)では、5問中2問が文理共通でした。これは非常にいいことだと思いますね。毎年1問から2問は出題されますが、コンスタントに出題し続けるのは京大くらいでしょう。年によっては「文系のほうが難しいんちゃうか?」と思うような問題さえあります。
なぜ共通問題を出すか?それはグローバルスタンダードの流れに沿った考えからです。そもそも文系・理系という概念を持っているのは、日本ぐらいですよ。経済なんて最先端の数学を必要とする学問です。工学部よりも高度な数学を要することもある。なのに経済学部の入試で数IIIを課さないのはおかしなことなんです。

試験が終わった次の日に、即入試課に電話して聞いたんですけど(笑)、複数の文部省検定教科書には、積分を使って体積を求めるという内容が載っているんだそうです。京大の出題者は全ての教科書に目を通していますから、範囲外とは言えません。ただ、教科書の中では「発展」というくくりだったのでトレーニングできてなかったかもしれません。これは文理の区別をしない京大らしい出題であるとともに、(学習指導内容を削減し続ける)文部科学省へのアンチテーゼじゃないかとさえ思いますね。
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