<<2002/3

現代は、素朴で明るい話題を発掘することすら四苦八苦するような時代です。国内的には不況不良債権問題、政治の混乱、対外的にはテロの横行や貧困の拡大など、決して無視することができない難問が山積されています。特に、今の日本人は自信も未来像も崩壊し、先行きに対する大きな不安を抱いていると言われています。しかしだからといって、日本人の未来に光がない訳ではありません。
未来の予言は大学の教員たちの関心を探ることである程度可能です。税金や授業料で成立する大学の講座は未来への準備であり、入試問題(特に小論文の問題)はその確かな予兆だとも言えます。そしてその予兆として注目すべきは、国際関係学、環境学、農学を中心とした学科で農業援助、農業の技術改良について改めて強いスポットが当てられているということです。これは昨年のテロ事件発生以前から続いている強い流れで、私たちは未来への予兆として確かに自然環境と農業、農業援助の関係について注目するようになっているのです。
奴隷貿易で巨利を得た経験を持たない先進国は日本だけです。少数民族からのテロに悩まされていない先進国もほぼ日本だけです。また繰り返しになりますが、経済的に成功し先進国の列に加わった非キリスト教国家も日本だけです。この日本から、先進的で柔らかい対外援助の枠組みが出現したとして決して不思議なことではありません。
高い技術力、高い教育水準、貧困への共感・責任感、国際理解の進展を考えるとき、日本で学ぶ多くの十代に未来の可能性を探ることは決して困難なことではありません。世界でも有数な豊かさを享受する子供たちが世界でも有数の援助や支援のモデルを作る、これは決して荒唐無稽な夢ではないと感じたりもします。
考えてみれば、日本は不可思議な特徴を持つ国です。非キリスト教国でありながら資本主義の成功国家であったり、発展途上国への援助や環境問題などに対して独特な嗅覚を持つ国家であるとも言えます。
東の果ての島国は、非キリスト教国家でありながら西洋文明をうまく利用している一つの実験国家の様相すら帯びています。そしてその日本という独特の国で、改めて環境と農業の新しい地平がクローズアップされています。主要国立大学における農業問題、国際的農業技術の援助問題に関する小論文の出題は、もはや必須事項だと言っても過言ではありません。非西洋国家における対外的リーダーシップをうまく取りさえすれば、発展途上国における多くの諸矛盾に対して、日本人だからできることというのは決して少なくありません。