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TOP東進タイムズ 2018年7月1日号

カンボジア密林の巨大寺院と大橋梁と大貯水池
―アンコール王朝の歴史の謎(9世紀〜15世紀)

上智大学13代学長
上智大学アジア人材養成研究センター所長

石澤 良昭先生

研究やビジネスの最前線を走る“現代の偉人”を講師に迎える「トップリーダーと学ぶワークショップ」。今回は、アジアのノーベル賞といわれる「ラモン・マグサイサイ賞」を2017 年に受賞した上智大学13代学長、上智大学アジア人材養成研究センター所長の石澤良昭先生をお招きし、カンボジアでのアンコール・ワット遺跡の保存修復をテーマにご講演いただいた。大いなる歴史の謎に迫ると同時に、文化遺産の保存修復を通じてカンボジアの人々の誇りの回復に尽力する石澤先生。多くの高校生たちが胸打たれた当日の模様をお伝えする。

講演者プロフィール

上智大学外国語学部フランス語学科卒業後、中央大学大学院文学研究科東洋史博士課程修了。東南アジア史におけるカンボジア・アンコール時代の碑刻文学を専攻。大学卒業時にカンボジアでアンコール・ワット遺跡の前に立ち、そこで受けた衝撃と大疑問が研究の原点となり、アンコール遺跡群を調査・研究し、現地人と共に保護活動にも従事してきた。その結果、サハメトリ章、国際交流基金賞、瑞宝重光章、そして2017年、アジアのノーベル賞とも言われる「ラモン・マグサイサイ賞」など数々の賞を受賞している。

"人を救う"カンボジアの人々の心が
研究の原点

学生時代は上智大学の外国語学部フランス語学科で学びました。フランス語を学んだことが、フランス植民地だったカンボジアを訪れるきっかけとなりました。

初めての訪問は1961年。90年間フランスに統治されていたこともあり、当時は遺跡の調査もフランス人の専門家が中心です。彼らの指導のもとで仕事をしているカンボジアの人たちがたくさんいて、私もその中に混じって一緒に研修を受けていました。

そのときの忘れられない出来事があります。ある日、市場で買い物をしていたらお店の人が「近くに日本人が住んでいる」と言うのです。その人のもとを訪ねてみると、彼は元日本兵でした。彼はインパールの激しい戦闘からの敗走中にマラリアにかかり、道端で倒れてしまったというのです。そんな彼の命を救ってくれたのがカンボジア人の家族でした。その家族はその後も病気がちで稼ぎもできない彼を家族同様に世話し続けてくれました。彼はその家族の愛に報いるかのように、戦争が終わって15年経つのに頑なに日本に帰ろうとしません。

そのとき私は、"人を救う"とはどういうことなのか。カンボジアの人のこの優しさはどこから来るのか。そして、この民族がつくった"アンコール"の歴史とは何なのか。こんな疑問がわいてきました。これらの問いに突き動かされるように、私は生涯カンボジア研究に熱中することになります。

命を懸けた内戦時代の研究活動

カンボジアではポル・ポト政権時代に百数十万人の人たちが殺されました。1975年から79年までのわずか4年半の間にです。カンボジア人で遺跡の研究に携わっていたのは、フランス語が話せる教育を受けたカンボジア人たちでした。そして、ポル・ポト政権はそんなエデュケイテッドピープルと呼ばれる彼らも標的にしました。当時40数名いた遺跡保存官の友人もほとんどが行方不明となり、再会できたのはわずか3名だけでした。

それだけの人数であんなに大きな遺跡をどうやって保存修復していくのか。大きな課題でした。そこで4人で相談して、若いカンボジア人の人材を育てようと決めました。当時、カンボジアの人たちは24年間も続いた内戦によって心がすさんでいました。かつて日本兵を助けてくれたように、今度は私たちが困っているカンボジアの人たちに手を差し伸べる番です。しかし、内戦は続いていて、地雷を避け、夜になってゲリラが出てくれば、安全な場所に退避して時をしのぐという、まさに命を懸けた保存修復活動でした。

「遺跡修復」は自信を取り戻す薬

私の使命は、カンボジアの人たちが自分たちの手で、カンボジアの遺跡を保存修復できるように人材育成することです。その手助けをすることです。それが上智大学の「ソフィア・ミッション」であり、アジア人材養成研究センターの役割です。ここでは午前中に遺跡の中で実習を行い、午後にはセンターで講義も行います。ただし、技術だけを伝える訳ではありません。「何の為に遺跡を保存、修復するのか」という根本的な部分も考えてもらうようにしています。また、文化遺産教育として、地元の小学生や地域住民に文化遺産の価値も伝える活動もしています。

人材養成というのは10年単位で考えないといけません。一人前の石工になるのに8年かかり、現場で作業できるようになるまでさらに2年の修業が必要です。例えば2001年に、バンテアイ・クデイというところから274体もの仏像が出土したことがあります。この発掘は、これまでのフランスの研究をひっくり返すような大発見でした。それをカンボジアの人たちが自ら発掘したことで、彼らは自分たちの文化の素晴らしさに自信を持つようになりました。遺跡の保存修復というのは、文化を復興させるだけではなく、カンボジア人であるという自信を取り戻すための薬でもあるのです。

巨大貯水池や大橋梁は何のために作られた?

アンコール・ワットを見ていると、いろいろな疑問が出てくると思います。あんなに大きなものをどうやって作ったのか。仮にコンピュータで計算してみると1万500人が35年をかけて造ったと考えられますが、けっして奴隷を使って造ったわけではありません。当時のアンコールの都は人口約40万人で、世界で4番目に大きな都市でした。それだけの人たちの食糧を確保するための工夫が、寺院に併設されている「バライ」という巨大な貯水池です。バライに貯えられた水は、傾斜を利用して段階的に大水田に流されます。こうした仕組みが当時の稲作を支え食糧を確保していましたから、住民たちは安心してアンコール・ワットの建設に尽力することができたのです。河川には大きな橋も架けられていましたから、象に乗った商人もやってきていました。物資の流通が盛んだったことも伺えます。

「優しさ」は「心の充足度」に比例する

カンボジアの人たちの生活の中心にあるのは信仰活動です。カンボジアは貧しい国だと思われているかもしれません。確かに所得は日本の100分の1ですが、お米も野菜もお肉などもほぼ自給自足。自らの手で生活を支え、大自然と向き合って過ごし、生きることに自信を持っています。このような豊かな生活で心が満たされているから、人に優しいのだと思います。

そうした生活を営む彼らにとって、アンコール・ワットは民族のシンボルであり、国旗にもシルエットが描かれるほどの存在です。今、カンボジアの人たちはかつてのように、自分たちの国造りをしようとしています。アンコール遺跡の壁画の一つに、王女とその家臣が描かれているものがありますが、その家臣が何とも言えない心配そうな表情をしています。この壁画からもわかるように、カンボジアの人は、昔から優しい民族であり、その精神は今もなお受け継がれています。

そうした遺跡の保存修復を通じてカンボジアの人たちの心を復興させたということで、私は昨年「ラモン・マグサイサイ賞」を頂戴しました。戦争でメチャメチャになってしまったカンボジアに、なんとしても平和になってもらいたい。そのために彼らを勇気づける、あるいは希望を持てるようにする。そのためにこれからも、私はアンコール・ワットにこだわっていきたいと思っています。

ワークショップ【探る】

なぜ文化遺産を保存修復するのでしょうか

ワークショップテーマは「なぜ文化遺産を保存修復するのでしょうか」。まずは自分の考えを予備シートに記入してから議論スタート。役割分担を行って各自がチームへの貢献を意識する。「経済的なメリット」「文化としての意義」など、チームの問題意識を明確にして予選会へ臨む。

ワークショップ【話す・発表する】

チームに分かれてディスカッション。

入念なリハーサルを済ませてからいざ予選会。原稿を作成し、自分たちの意見をしっかりと伝えるために口調やスピード、声の大きさにも気を配る。口頭で説明する箇所と図で示す箇所を整理するなど、ワークシートの書き方にも工夫が必要だ。

ワークショップ【本選】

予選を突破した5チームによる決勝戦。

決勝戦。予選を勝ち進んだ5チームが壇上でプレゼンを競う。「昔から学ぶ」「心のよりどころ」「観光資源」「未来のための教材」「なくさないことが大切」など、多種多様な意見が出そろう。「よくまとまっていますね」と石澤先生。高校生たちの提案に熱心に耳を傾ける。

ワークショップ【結果】

表彰式

いよいよ優勝チームの発表。「優劣をつけるのは難しいですね」と語る石澤先生が選んだのは、文化遺産がもたらすさまざまな影響を広く分析したチーム。言葉の選び方やテーマ全体への目配りが行き届いていた点などが高い評価を得た。表彰式と石澤先生を囲んでの記念撮影のあと、全体講評を頂戴してワークショップは締めくくられた。

参加した高校生の

東京都 私立 國學院高校 2年

山本 篤紀くん

決勝でのスピーチは緊張しましたがとても新鮮な体験でした。僕たちのチームでは「未来への教材」「負の遺産」など「ことば」にこだわることでほかのチームとの差別化を図りました。その点を石澤先生にも評価して頂き、優勝できたのは望外の喜びです。とくに印象に残っている言葉は“By the Cambodians, for the Cambodians”です。将来は、様々な国の社会情勢に興味を持っているので、世界銀行に入行したいと思っています。

神奈川県 横浜市立 横浜サイエンスフロンティア高校 2年

島田 晃くん

今日の講義では、巨大なアンコール・ワットの不思議に驚かされ、講義終了後の質疑応答では一番に手を挙げました。浮力を利用して大きな石を運んだりするなど、その独特な建築技術に興味を持ったからです。また、カンボジアでは貧しいけれども誰もが幸せに暮らしているという点にも感銘を受けました。お金持ちが幸せだという自分の価値観を大きく揺さぶられる体験でした。

東京都 私立 吉祥女子高校 3年

山崎 里桜さん

石澤先生の講義でとくに印象深かったのは、春分の日に真東から昇った太陽を、アンコール・ワットの尖塔が串刺しにするかのように見えるというお話です。将来は学芸員になりたくてピラミッドの不思議などを調べているのですが、それらの古代遺跡でも春分の日がとても重要視されているからです。奴隷制について先生に質問したのは、当時のカンボジアでも身分制度があったのか知りたかったからです。グループ討議では3年生ということもあり、全員への気配りを欠かさないように心掛けました。