"; echo "body{background:url(http://www.toshin.com/books/image/HeaderTopBg.png) repeat-x;}"; echo "#GlobalMenu{margin-bottom:20px;}"; echo ""; //バッファ開始からここまでにバッファされたものを$out1に代入する。 $out1 = ob_get_contents(); //バッファを終了。 ob_end_clean(); //$out1をUTF-8からSJISに変換する。 $out1 = mb_convert_encoding($out1, "SJIS", "UTF-8"); //$out1を出力する。 echo $out1; ?>

« 理数系科目を強化しよう! | メイン | 「名人・気鋭」100万部突破! »

 
 
 
一歩先を行きたい人には「これ!」という書籍を、各章ごとに合わせてご紹介!
併せて勉強すれば理解度がぐっとあがるはず!
 

本書全体に関するもの
―序章―
「私」の不思議・「倫理」への入り口
―第1章―
ヨーロッパ思想の源流
―第2章―
日本の思想・アジアの思想
―第3章―
ヨーロッパ近代の思想
―第4章―
現代(いま)を生き抜く思想
―第5章―
「私」と「世界」を見つめなおす
―終章―
「バブル」後を生きる倫理
 
 
本書全体に関するもの
 
パンツをはいたサル【新版】 栗本慎一郎/現代書館/2005年
幻想としての経済 栗本慎一郎/角川文庫/1984年
「わからない」という方法 橋本治/集英社新書/2001年
なぜ人を殺してはいけないのか 小浜逸郎/洋泉社新書/2000年
人はなぜ働かなくてはならないのか 小浜逸郎/洋泉社新書/2002年
教育と国家 高橋哲哉/講談社現代新書/2004年
14歳からの哲学 池田晶子/トランスビュー/2003年
何の手引きや「入門書」にも頼らず、イチから手探りでつかみ取ったものこそ、本当の意味で自分の力になります。「倫理」という科目を専門的に教えたことも教わったこともない僕が肝に銘じていたのは、〈自分で調べて自分で考えて自分で理解したことだけを信じよ〉という、これらの本から学んだことでした。
 
 
―序章― 「私」の不思議・「倫理」への入り口
 
哲学の現在 中村雄二郎/岩波新書/1977年
じぶん・この不思議な存在 鷲田清一/講談社現代新書/1996年
死なないでいる理由 鷲田清一/小学館/2002年
宗教なんかこわくない! 橋本治/ちくま文庫/1999年
民族という名の宗教 なだいなだ/岩波新書/1992年
あなたの魅力を演出するちょっとしたヒント 鴻上尚史/講談社文庫/2003年
「からだ」と「ことば」のレッスン 竹内敏晴/講談社現代新書/1990年
キッチン 吉本ばなな/新潮文庫/2002年
この参考書を書くにあたり、僕がまず一番に考えたのが、哲学や宗教といった高みの存在を、どうやって自分の身に引きつけて捉えるか、ということでした。「人間は逆説的な存在である」という〈入り口〉は、僕が現代文講師として言葉に臨む(それは人間に臨むということと同義語です)際の基本的なスタンスです。
 
↑ページトップに戻る 
 
―第1章― ヨーロッパ思想の源流
 
まんがパレスチナ問題 山井教雄/講談社現代新書/2005年
民族と国家 山内昌之/岩波新書/1993年
現代アラブの社会思想 池内恵/講談社現代新書/2002年
ユダヤ人とドイツ 大澤武男/講談社現代新書/1991年
ヒトラーとユダヤ人 大澤武男/講談社現代新書/1995年
ユダヤ人ゲットー 大澤武男/講談社現代新書/1996年
世界史の見取り図 荒巻豊志/東進ブックス/2002年
快楽主義の哲学 澁澤龍彦/文春文庫/1996年
預言者の名前 島田雅彦/新潮文庫/1996年
僕にとって、哲学は心配事ではありません。勉強すれば良いのですから。大学時代にもちょっとは齧っています。問題は宗教です。日本人である僕には、一神教を持ち出す心のありようが上手く理解できません。けれど、ユダヤ教やイスラーム教が生まれた〈入り口〉の部分に、少しでも触れられたらいいな、と書きながら常に考えていました。
 
↑ページトップに戻る 
 
―第2章― 日本の思想・アジアの思想
 
儒教とは何か 加地伸行/中公新書/1990年
朱子学と陽明学 島田虔次/岩波新書/1967年
中国思想を考える 金谷治/中公新書/1993年
道徳を基礎づける フランソワ・ジュリアン/講談社現代新書/2002年
日本人はなぜ無宗教なのか 阿満利麿/ちくま新書/1996年
神仏習合 義江彰夫/岩波新書/1996年
日本人は「やさしい」のか 竹内整一/ちくま新書/1997年
上司は思いつきでものを言う 橋本治/集英社新書/2004年
鎌倉新仏教の誕生 松尾剛次/講談社現代新書/1995年
「事件」としての徂徠学 子安宣之/ちくま学芸文庫/2000年
墨攻 酒見賢一/新潮文庫/1994年
第2章は、従来の教科書や参考書とは違う構成になっています。儒教や仏教は、ふつう「源流思想」の枠組みで扱われるのですが、取ってつけたような違和感は拭えません。そこで、日本思想の中にこれらを組み込むことを試みました。日本人の中に刻まれている儒教的な部分に、もう少し光が当たっても良いと思います。
 
↑ページトップに戻る 
 
―第3章― ヨーロッパ近代の思想
 
私・今・そして神 永井均/講談社現代新書/2004年
方法序説 ほか デカルト/中公クラシックス/2001年
省察・情念論 デカルト/中公クラシックス/2002年
新しいヘーゲル 長谷川宏/講談社現代新書/1997年
ヘーゲル『精神現象学』入門 長谷川宏/講談社選書メチエ/1999年
人間不平等起原論 【改装版】 ルソー/岩波文庫/1972年
「複雑系」とは何か 吉永良正/講談社現代新書/1996年
「世間」とは何か 阿部謹也/講談社現代新書/1995年
時計の社会史 角山栄/中公新書/1984年
日蝕 平野啓一郎/新潮文庫/2002年
僕の学生時代、デカルトは悪しき「近代」の象徴として、批判の対象でしかありませんでした。しかし、いま読み返してみると、きわめてピュアに、そして真っ当に神に近づこうとする姿勢が、とても勉強になります。〈近代哲学の父〉という文脈から解放された読みが、「バブル」後を生きる私たちには求められているのでしょう。
 
↑ページトップに戻る 
 
―第4章― 現代(いま)を生き抜く思想
 
歴史としての社会主義 和田春樹/岩波新書/1992年
ニーチェ 三島憲一/岩波新書/1987年
はじめての構造主義 橋爪大三郎/講談社現代新書/1988年
近代科学を超えて 村上陽一郎/講談社学術文庫/1986年
ミシェル・フーコー 内田隆三/講談社現代新書/1990年 4061489895
異文化としての子ども 本田和子/ちくま学芸文庫/1992年
鉄の処女 栗本慎一郎/光文社カッパサイエンス/1985年
見るまえに跳べ【改装版】 大江健三郎/新潮文庫/1974年
〈近代〉と〈現代〉の境目がどこにあるのかということを、そういう区分の仕方が本当に有効なのかということも含めて、日本史を教えている時にもよく考えます。学生時代に単なるファッションとして齧っていた現代思想を勉強し直して、ヘーゲルの偉大さを、ただ手のひらの上で遊ばされているもどかしさを感じました。
 
↑ページトップに戻る 
 
―第5章― 「私」と「世界」を見つめなおす
 
純愛時代 大平健/岩波新書/2000年
〈じぶん〉を愛するということ 香山リカ/講談社現代新書/1999年
大衆教育社会のゆくえ 苅谷剛彦/中公新書/1995年
「家族」と「幸福」の戦後史 三浦展/講談社現代新書/1999年
ボランティア もうひとつの情報社会 金子郁容/岩波新書/1992年
セクシィ・ギャルの大研究 上野千鶴子/光文社カッパサイエンス/1982年
フェミニズム入門 大越愛子/ちくま新書/1996年
生命観を問いなおす 森岡正博/ちくま新書/1994年
先端医療のルール ぬで島次郎/講談社現代新書/2001年
市民科学者として生きる 高木仁三郎/岩波新書/1999年
家族解散 糸井重里/新潮文庫/1989年
「倫理」という科目にこういう現代社会的な分野があることを知って、ものすごく感動しました。倫理とは、哲学史でも宗教史でもなくて〈いま〉を生きることに他なりません。ただし、既存の教科書も参考書も、その部分を書き切れていないようです。僕も試行錯誤の末、自らの興味関心に忠実であることに徹しました。
 
↑ページトップに戻る 
 
―終章― 「バブル」後を生きる倫理
 
「おたく」の精神史 大塚英志/講談社現代新書/2004年
動物化するポストモダン 東浩紀/講談社現代新書/2001年
リアルであること 中沢新一/幻冬舎文庫/1997年
消費資本主義のゆくえ 松原隆一郎/ちくま新書/2000年
長期停滞 金子勝/ちくま新書/2002年
現代社会の理論 見田宗介/岩波新書/1996年
言葉と無意識 丸山圭三郎/講談社現代新書/1987年
一億三千万人のための小説教室 高橋源一郎/岩波新書/2002年
さようなら、ギャングたち 高橋源一郎/講談社文芸文庫/1997年
風の歌を聴け 村上春樹/講談社文庫/1982年
ナラタージュ 島本理生/角川書店/2005年
村上春樹や高橋源一郎は、1970年代に「沈黙の20代」を過ごし、そして新しい感覚の言葉を引っさげて登場しました。「バブル」後に20代を生きてきた〈僕たち〉は、バブルのことなど何も知らない次の世代にあっさり素通りされてしまったようです。ちなみに、僕は綿矢りさや金原ひとみよりも、島本理生の方が好きです。
 
↑ページトップに戻る 
Copyright (c) 2005 Nagase Brothers Inc.