一般・教育


最新脳研究が教える 16歳からの勉強法

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①はじめに 新書化にあたって

 本書は、2002年初版刊行の『最新脳科学が教える 高校生の勉強法』(以下、『高校生の勉強法』)を再編集し、新書化したものです。『高校生の勉強法』を出版してから約20年が経ち、その間に脳研究が進歩して20年前には答えられなかったことがわかり始めています。当時の内容が、じつは間違いであったと判明したことさえあります。さらに、AIの台頭やネット環境の整備といった科学の進歩、それに伴って、スマートフォンやタブレットの普及、それを活かした学習方法など、高校生の勉強の取り組み方も変わってきました。また、大学入試を取り巻く環境も20年前と大きく変わりました。
 そこで今回、最新の科学的観点から内容や表現を見直しました。具体的な勉強法も、現代の社会情勢に合わせて加筆修正しました。さらに、20年前と比べてTOIECテストの受験者数が大幅に増えるなど(2019・2020年は新型コロナウィルスの影響で減少しましたが)、大学生や社会人の勉強熱も高まっているように感じます。ぜひ、高校生だけでなく、大人の勉強にも役立てていただきたく、『16歳からの勉強法』とタイトルを改めました。

②高校の授業についていけなくなる理由

中学生のころまでは、試験の前に一夜漬けでテストに臨む、という無謀な作戦でなんとかなっても、高校生になったころから、それまでのような丸暗記作戦では通用しなくなって、だんだん授業についていけなくなったという人が急に増えてきます。
 高校生の皆さんはその原因を、高校の履修科目の内容が中学よりも難しくなることや、分量が多くなることだと考えているでしょう。また、大人の方は加齢に伴って記憶力が落ちてくるから、覚えられないのは仕方がないとあきらめていると思います。
 しかし脳研究によれば、そのどちらも間違っていることがわかりました。人間の脳力は、年齢とともに低下するようにはできていません。そうではなく、16歳という年齢のころが、ちょうど脳の性質の転換期に相当していて、記憶のパターンや種類が変化するのです。
したがって、高校生以降は、年齢に合った勉強の仕方に変える必要があります。この事実に気づかずに、いつまでも中学生までと同じような勉強法にこだわり続けていると、自分の記憶力に限界を感じるようになります。そういう人に限って、「もう昔のころのようには覚えられない」と記憶力の低下を嘆き、周りの人もみんな、「私もそう。仕方がないよ」と慰め合って終わってしまうのです。
 現代の脳研究によれば、小・中学生までの脳は丸暗記が得意で、意味のない文字や数字の羅列でもキュウカンチョウのように覚えてしまいます。時々、小さな子どもが円周率を何桁も覚えているのがニュースになりますよね。ところが、高校生になったあたりからは、丸暗記よりも論理だった記憶能力が発達してきます。つまり、ものごとをしっかり理解して、その理屈を覚えるという能力です。
 ですから、高校生以上の皆さんは、自分の勉強方法をこれに沿った方針に変えていかなければなりません。もし、この努力を怠ると、もはや効率的な学習はできません。高校生なら授業についていけなくなって、最悪のケースでは落ちこぼれてしまう可能性もあります。
 この本の目的は、高校生以上の方の頭脳に適した学習方法を伝授することにあります。勉強方法を変えなければいけないと言われたところで、おそらく皆さんは、大海原に投げ出された小舟同然、路頭に迷ってしまうことでしょう。大洋で目的の島を見つけ出すのは大変なことです。この本では、皆さんがいち早く正しい勉強方法を身につけられるよう、そしてまた、貴重な時間をムダにしなくてもすむよう、脳研究の観点から皆さんの年齢に合った勉強法を具体的に伝授します。
 ところで、皆さんは、記憶が脳でどのようにして作られ、どこにたくわえられるのかを知っていますか。脳の仕組みを知らずして勉強することは、ルールを知らずして野球の練習に励むようなものです。スポーツは、ルールを理解すればそれだけ効率良く練習できて上達します。
 同じように、効率的な勉強方法を見出すためには、まずは脳のルールをしっかりと理解することです。そして、脳の仕組みに逆らわず、むしろそれをうまく利用して能率的に勉強することが肝心なのです。
 本書では、これまで漠然と流布していた「言い伝え」や「迷信」について、最先端の脳研究の裏づけをもってその真偽を厳格に判定していきます。そのためにまず、一般的な記憶の正体を明らかにし、記憶のメカニズムを説明します。そのあとで、高校生以上の皆さんにとって、中学生までとはまったく異なる「記憶力を鍛える方法」についてアドバイスをしたいと思います。
 2020年の教育改革では「知識および技能」「思考力、判断力、表現力など」「学びに向かう力、人間性など」の三つのスローガンが掲げられていますが、言い換えれば、教育の目的および学習の目標は、ものごとの中に共通な法則性を見つけ出して、生活上出くわす新しい場面でそれを上手に応用する能力を身につけることなのです。ずばり、これは高校生以上の脳に適した使い方そのものです。
 それは教室での学習に限りません。上手な勉強の仕方を知っていることは、日常のあらゆる場面で対応の仕方が上達するということなのです。本書では、高校生をメインに焦点を当てていますが、高校生の脳の構造はもう大人の脳と同じです。つまり、高校生の皆さんは、いまや脳の仕組みの面からも、大人の仲間入りを果たしているのです。子どもの勉強法が通用しないのはあたり前です。
 逆に言えば、この本を通じてこれから皆さんが学ぶノウハウは、高校を卒業したあと、大人になってもずっと使い続けることができます。高校生の皆さんの当面の目標は、志望校への合格でしょうが、その後の皆さんの可能性はまさに前途洋々です。その可能性を最大限に発揮して自己実現を図るために、皆さんの長い生涯においてこの本が少しでも役に立てば、私としては望外の幸せです。

2022年2月 池谷裕二

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