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サイエンスセミナー 永瀬賞最優秀賞 関谷 毅先生

サイエンスセミナー 永瀬賞最優秀賞 関谷 毅先生
サイエンスセミナー 永瀬賞最優秀賞 関谷 毅先生
永瀬賞特別賞
『家庭用脳波測定器が変える
脳の病気と可能性の未来』
大阪大学 総長補佐/栄誉教授関谷 毅先生
 
    みなさんの家庭には、どんな家庭用医療機器があるでしょう? 体温計や血圧計、最近なら体脂肪率などが計測できる多機能体重計などもあるかもしれません。家庭用医療デバイスの選択肢に、「脳波計」が入ってきたら、どんな未来が待っているでしょうか? 脳の活動を体温のように手軽に測ることのできる、世界で最も柔らかくて薄い脳波計「パッチ式脳波計」を開発し、認知症などの治療につなげる。それが大阪大学産業科学研究所教授の関谷毅先生の研究です。脳波計測が変える医療の未来について、関谷先生にお話を伺いました。
自然が40億年かけてつくった
究極の“マシーン”「脳」

私は世界で最も薄くて柔らかい脳波計「パッチ式脳波計」(資料1)をつくりました。

これまでは病院で、数千万~数億円ほどする大型の医療機器を使わなければ測れなかった脳波を、まるで家庭の体温計のように手軽に測ることを実現しました(資料2)。この脳波計によって、これまでは悪化してからしか気づけなかった認知症などの脳の病気の早期発見を行い、早期治療を実現していきます。

さて、それではさっそく脳波からお話を始めましょう。

そもそも脳波というものは電気の信号なのですが、なぜ内臓から電気が発せられているの?と思いますよね。脳というのは、頭蓋骨の中にある、プリンのように柔らかい臓器です(資料3)。脳は2000億個の神経細胞によって活動しており、自分自身と一日で4万回以上会話する性能がありますが、これらの神経細胞は電気信号によってやりとりをしています。驚くべきはその消費電力で、なんと数ワット程度という非常に小さなものです。ノートパソコンの消費電力が20ワットから30ワットとされていますから、とても省エネで高性能だということがわかります。脳は自然が40億年かけてつくったものであり、私たちの科学では到底つくりだすことのできない究極の「マシーン」なのです。

その脳の活動を知るために重要なものが脳波というわけです。脳波は2000億個の神経細胞の活動によって、頭蓋骨の外側に出てくる微弱な電気信号です。1929年、脳波の存在を世界で最初に報告したのはドイツの神経科学者、ハンス・ベルガーでした。彼の発見によって脳波を計測していくことで、脳の活動状態を把握するというアプローチは、後の神経科学、大脳生理学に大きな影響を及ぼしました。

脳波は「1マイクロボルト」程度の、非常に小さな電気信号です。マイクロボルトというのは、乾電池が1ボルトだとしたら、その100万分の1ほどの小さな電圧です。その小さな電圧の信号をとらえるのは、富士山の中にいるアリの動きを捉えるのとほぼ同程度の、非常な緻密さと正確さが求められます。

薄くて伸び縮みする
電子デバイス

「パッチ式脳波計」は、食品ラップのように薄い素材なのに、金属のように電気を通すことができ、ゴムのように伸び縮みすることのできる「有機材料」でできています。一般的に電子デバイスと聞くと、スマートフォンのように硬いものを想像しますよね。しかし現在、私たちの身体のように、炭素を主要元素とする有機材料によって生み出される、紙のように薄く、折り曲げても壊れず丈夫、そして驚くほどに軽い有機電子材料が、次世代の電子デバイス「有機デバイス」を担う主役として注目されています。

「有機デバイス」は、有機材料に特殊な方法で回路やセンサー、トランジスタなどをプリントしてつくります。たとえば、10マイクロメートルという非常に薄い導電性(電気を流すことができる)のフィルムの上に、センサーや回路をプリントし、肌にペタッと貼りつけたら、心拍数を測る、有機デバイスの「心電計」もつくることができます。

この心電計は薄いだけではなく、身体の動きに合わせて70パーセント以上も伸び縮みすることができます。従来の心電計は、大きな機械を常に身体につけていなければなりませんでしたが、ここまで薄く、伸縮自在であれば、これまで測れなかったような状況でも、心拍数を安定的に計測することができます。

現在は、太陽電池やディスプレイ、電子ペーパーなどさまざまな有機電子デバイスが研究開発されています(資料4)。有機デバイスを用いた電子工学「有機エレクトロニクス」を脳波の測定器に応用したものがパッチ式脳波計なのです。

家庭用脳波計が、
脳の病気を予防する

私がパッチ式脳波計で可能にしたことは、「脳波を家庭で測ることがきる」ということです。家庭で測れるということは、病気に先回りして、病気の兆候を知ることができます。

例えば皆さんは「なんだか熱っぽい」と思ったら、まず家庭の体温計で熱を測り、安静にしたり、場合によってはすぐに病院に行って、早い回復を図ります。家庭に体温計があるからこそ、これらの行動が起こせるわけです。

一方の脳波は、何か特殊な研究をしている人以外、日常で測るチャンスはほとんどありません。そして健康診断等で明らかな異常が見つかってから測ることになります。しかし脳には、異常が現れてからでは治療の難しい病気があります。それが、現在「がん」を追い抜き、「なりたくない病気」ランキングで1位となっている「認知症」です。

もしも自宅に体温計や血圧計と同じように脳波計があれば、認知症、更年期障害、てんかんその他さまざまな病気の兆候を知ることができ、早期治療に結びつけることが可能です(資料5)。

現在は、脳波を継続的に測定し、そのデータを集め、AI(人工知能)を使って分析することで、脳の病気の解明を行ったり、より精度の高い病気の予知に結びつけるなどの研究開発を進めています。

世界最強の磁力が生み出す、
物質の変化

私が科学に興味を持つことになったきっかけは、宇宙でした。

転勤族の家庭に生まれ、幼少期をブラジルで過ごし、小学校時代ですら国内を5~6箇所転々とする生活でした。その後、中学校ではスポーツに勤しみ、高校へ進学したときのことです。テレビをつけると、そこには宇宙ステーションに滞在する毛利衛さんや向井千秋さんら、日本人初の宇宙飛行士たちが大活躍していたのです。

宇宙というのは見た目には神秘的で美しいのですが、環境としては極限環境です。宇宙船の壁一枚隔てた向こう側は、生物が生きていくことのできない真空です。でも、テレビで映し出される宇宙船の中では、宇宙飛行士の人たちがニコニコ笑いながら宇宙について語っている。極限環境の中で人間が生きていく環境を作り出すって、本当にすごい技術です。「一体どんな技術なんだろう?」という疑問から、私は科学に興味を持ちました。

そんな私が、ものの性質、つまり物性に強く惹かれていくのが大学時代でした。私は大阪大学基礎工学部物性物理工学科に進学しました。私は理論物理を夢中で学び、物質の状態を自在に変化させるための理論をつくりました。

物質というのは、安定的な状態では、例えば金属は金属のままそこにあるだけです。しかし私が生み出した理論は、この状態を「ある方法」によって、大きく変えてやることで、絶縁体を金属に変えたり、さらには超伝導(特定の物質が極端に冷却されたときに起きる、電気抵抗が急激に消失する現象)に変えたりすることができるというものでした。

「ある方法」というのは、物質に世界最強の磁力を加えるということでした。みなさんは磁石(永久磁石)に触れたことがあると思いますが、最も強力な永久磁石の磁場の強さですら2テスラ(磁界の強さ「磁束密度」を表す単位)です。2テスラの磁石二つをくっつけると、これはもう人力では外すことができないほどの強力さです。

しかし世界最強の磁力はこれの500倍の1000テスラです。これほどの磁場をつくりだす装置はどこにあるのだろう?と探して行き着いたのが東京大学でした。

私は東京大学の大学院工学系研究科物理工学専攻で、実際に私が予測した理論を実験してみました。つまり、物質に1000テスラの磁場を100万分の1秒あててみたわけです。すると理論のとおり、物質が絶縁体から金属になったり、時には金属から超電導になったりという劇的な変化が起きるということをこの目で確かめたのです。

そしてこの劇的な変化を詳細に調べていくと、その変化を引き起こしているのが、私たちの身近にある「電子」だとわかったのです。

電子の冒険

私たちの生きるデジタル社会はすべて、電子と光のやりとりだと言い換えることができます。そしていま私たちが電子や光を自在に操れるのは先人たちの知恵を借りているからです。

デジタル社会というと新しいことのように思えますが、電子と光の研究が始まったのはいまから158年前のことです。イギリスの理論物理学者ジェームズ・クラーク・マクスウェルが、古典電磁気学の基礎となる「マクスウェルの方程式」を生み出し、はじめて電磁場を記述することに成功したのです。

そして電子の存在を発見したのは、J.J.トムソンというイギリスの物理学者でした。

1900年になると、電子はどうやら普通の「粒子」ではないということがドイツの物理学者マックス・プランクによって提唱されます。

さらに電子は粒子であり、「波」でもあるということを提唱したのがオーストリアの理論物理学者エルヴィン・シュレーディンガー、そして世紀の天才として有名なドイツの理論物理学者アルベルト・アインシュタインでした。

こうした偉大な先人たちが生み出した理論によって電子の制御方法がわかり、電子を自由に操る学問ができ、私が生み出したパッチ式脳波計のような有機材料デバイスが生まれ、脳波のデータから病気を解析するAIまでもが生まれていくのです。

私はただ単純に科学に興味を持ち、一生懸命に自分の好きなことを追い求めてきただけです。しかしその道を振り返ると、これほどに壮大な歴史との出会いに溢れているのです。

1977年1月6日生
専門分野:
物性物理 電子工学
有機エレクトロニクス

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