• 東進タイムズ 2016年11月01日号 9面
 
   2016年第6回永瀬賞最優秀賞を受賞した、名古屋大学大学院理学研究科教授である伊丹健一郎先生の講義内容を紹介する。分子が持つ無限のチカラや、伊丹先生が拠点長を兼任する世界最先端の異分野融合国際研究所、名古屋大学トランスフォーマティブ生命分子研究所での研究内容について、特別講義を行っていただいた。分子のチカラで世界の諸問題を解決したいと語る伊丹先生の熱いメッセージとともに、チャレンジすること、協力し合うことの大切さをこの講義から学んでほしい。
愛するベンゼンで世界を変える
   世界には実に多くの問題があります。私はそれらの問題の多くに対して、分子で答えを出すことができると思っています。高校3年の時、有機化学を学び始めてベンゼンと出会い、魅せられました。ベンゼンは医農薬、香料、染料、プラスチック、液晶、エレクトロニクス材料などによく用いられる構造単位です。典型的な有機化合物ですが、この化合物はいろいろなものを導くことができます。中でもベンゼン連結分子は機能と発見の宝庫。新しい何かを生み出すフロンティアを教えてくれたベンゼンで、世界を変える分子を作ろう。それが今も変わらない私の夢です。

   分子はさまざまな機能を生み出す最小のユニットです。あらゆる産業の中核にいて、私たちの生活や科学技術を一変させてしまうチカラを持っています。私たちの身の回りはたくさんの分子であふれています。構造や原子の並び方が変わると、その性質や機能も全く変わります。逆に言えば、分子の構造を少し変えることによって、思い通りの機能を原子レベルでデザインすることができるわけです。これが合成化学の強みです。

   私たちは今、最先端生物学に寄与する分子、最先端材料科学で活躍する分子、独自触媒による迅速合成化学という三本柱で研究を行っています。価値ある分子を合成するため我々が開発した方法論が、C-Hカップリングです。これにより安価な触媒で簡単に速く合成ができるようになり、世界中で活用されています。
異分野融合研究施設だから
できること
   私たちの拠点である名古屋大学トランスフォーマティブ生命分子研究所(ITbM)は、異分野融合国際研究所です。約200名の異なる分野の研究者が国内外から集まり、共に研究するという前代未聞かつ斬新なオープンラボで、目下強烈なスピードで融合研究を進めています。ITbM における我々のミッションは、C-Hカップリングなどの最先端の合成化学を駆使して画期的な分子を世に送り出すことです。

   たとえば、世界的に今一番問題となっている、食糧問題。ストライガという、穀物にダメージを与える寄生植物があります。アフリカでの被害総額は年間約1兆円です。私たちは、ストライガの寄生を分子で理解し分子で制御したいと考え、寄生メカニズムを特定する分子を生み出しました。

   また、動植物の細胞では、タンパク質が反応しリズムを刻むことで体内時計が作用しています。タンパク質のリズムに作用する分子を開発すれば、睡眠障害や代謝疾患、がんの解明など、動植物の生産性の向上が期待できます。このような生命科学の問題も、異分野との協力で分子から解明できるかもしれません。これらは現在、製薬会社との共同研究が進んでいます。

さらに、ナノカーボン科学が抱える大問題にも取り組んでいます。我々の目指すゴールの1 つ目は、不可能と言われてきた混合物問題の解決です。カーボンナノチューブの最小繰り返し単位構造であるカーボンナノリングを作成し、そこを起点にして伸ばしていく方法で、試行錯誤の末、純粋なカーボンナノチューブの生成に成功しました。2つ目は、新しい炭素の形の合成です。三次元状に湾曲しながらうねっている構造を生み出し、ワープド・ナノグラフェンと名付けました。これには多くの新しい性質があり、電子デバイスや太陽電池、有機半導体にも応用されています。

   こうして作り出してきた分子の活躍はもちろんですが、研究に打ち込む学生の活躍が世界に認められていくことも、私の大きなモチベーションです。
原子が教えてくれる
日常生活との共通点
   HAADF法とABF法によって今やすべての原子を見ることができます。しかしこれでミクロの世界を知り尽くしたわけではありません。

   実はこれらの方法で見ているのは原子の真ん中にある原子核の位置であり、本当に知りたいのは、原子核の周りにいる電子がどのように原子同士を結びつけ、モノの性質を決めているか、なのです。つまり電子のふるまいそのものをミクロに見ることがこれからのターゲットです。その一歩として、原子が並び、電子が動いてできる構造をここでは電磁場と呼びたいと思いますが、これを原子レベルで見ることが現在の私たちの挑戦です。

   “モノの見方”というのはおもしろいもので、原子を原子核として見るか、原子核のまわりの電場として見るかによって見え方はまったく変わってきます。顕微鏡から得られる信号からどの情報を選び出すかということは、顕微鏡における観察のミソであり、見方によっては今までまったく見えなかったモノが見えてきます。たくさんの中から選び出した情報の見方を変えると新たな発見がある。原子の世界は私たちの日常生活における“モノの見方”の大切さをも示唆しています。
向き不向きではなく、
好きなことで「ユニーク」になる道を
   私は、研究者としてユニークになりたいと思っています。いろいろな分野で活躍するこの世でたった1つの分子を作りたいし、それを合成するのに不可欠な、不可能を可能にする化学反応や触媒を開発したい。合成化学はものを作る扇の要のような分野で、世界最小の建築作業だと思っています。かけがえのない「ものづくり」の匠になりたいのです。

   一番伝えたかったことは、分子が持つ凄いチカラ、分子をつなげて価値を生む合成化学のチカラです。そして、1人では何もできないということ。異分野融合がなければさまざまな問題解決はできないし、若いチカラがなければ絶対にできません。

   最後に、これからチカラを発揮し活躍していくみなさんに、人生の先輩として3つのアドバイスを贈ります。
   1つ目。「かけがえのない人」を目指してほしい。人生で何をしたかということは肩書きより大事です。どんなに小さなことでもユニークになれる道を選んでください。
   2つ目。進路は向き不向きではなく好き嫌いで選んでほしい。「好き」に勝るものはありません。実力は後からついて来るので、絶対後悔しないように、好きな道を選んでください。
   3つ目。人との出会いを大切にしてほしい。そうすると周りからいろいろ触発されて、自分の考え方が変わるときがあります。そのときは潔く前言撤回してください。それはネガティブなことではなく、成長の証です。

   研究の現場はとても真剣ですが、同時にとても楽しいものです。私の研究者としての夢をお話ししましたが、教育者としての夢は、自分より優れた人材を輩出することです。是非みなさんにも、このような研究の世界に入ってきてほしいと思います。

   名古屋大学大学院理学研究科物質理学専攻化学系 教授、名古屋大学トランスフォーマティブ生命分子研究所 拠点長1998年京都大学大学院工学研究科博士課程修了、博士(工学)の学位取得。京都大学大学院工学研究科助手、名古屋大学物質科学国際研究センター助教授、准教授を経て、2008年より名古屋大学大学院理学研究科物質理学専攻化学系教授。2012年12月より名古屋大学トランスフォーマティブ生命分子研究所拠点長(兼任)。2013年10月より科学技術振興機構ERATO 伊丹分子ナノカーボンプロジェクト研究総括(兼任)。専門は有機化学、有機合成化学、分子触媒化学。文部科学大臣表彰 若手科学者賞、日本学術振興会賞など、受賞多数。

↑講義の様子

↑大切なのは、寝食を忘れるほど、熱中できる「何か」に出会うこと。

参加した生徒の声

樊 景天(はんけいてん)くん
神奈川県 私立 浅野高校 2年
好きなことをして、人生悔いのないようフルスイングで頑張るようにというお話が、特に印象に残りました。将来の進路についてまだはっきり決めていないのですが、これから真剣に考えて好きなことを見つけたいと思います。社会に出て人の役に立てるような仕事をするために、高い教養、知識を身に付けられるよう、しっかり勉強していこうと思います。

畑 恵利奈(はたえりな)さん
東京都 筑波大学附属高校 2年
将来は医学の方面に進みたいと考えていましたが、講義を聴いて視野が広がりました。アフリカの食糧問題へのチャレンジなど、科学者の創造性や挑戦する勇気に感銘を受けました。向き不向きではなく好き嫌いで進路を選ぶようにとのお話がありましたが、私は知る前に好き嫌いを決めていたように思います。いろんな分野に精通する必要性を感じたので、今は選り好みせずに勉強を頑張ろうと思いました。

望月 友貴(もちづきともき)くん
千葉県 私立
東邦大学付属東邦高等学校 2年
研究室の皆さんが、1 つの分野だけでなく多岐にわたる分野を学びあうことによって新しい技術が生み出されていくという過程にとても刺激を受けました。1 つのことを勉強してわかったつもりになるのではなく、広い視野で学びの裾野を広げることが大切。世界を相手にこんなに活躍している先輩方がいらっしゃることを知ったので、ぼくも負けずに頑張ろうと思います。

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