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サイエンスセミナー 永瀬賞最優秀賞 武部 貴則 先生

サイエンスセミナー 永瀬賞最優秀賞 武部 貴則 先生
サイエンスセミナー 永瀬賞最優秀賞 武部 貴則 先生
 
2019年第9回永瀬賞最優秀賞を受賞した武部貴則先生に、「みらいの医療」をテーマに講演いただいた。武部先生は、ヒトiPS細胞からミニ多臓器(肝臓・胆管・膵臓)の作製に成功するなど臓器再生の最先端研究に独自の考え方で取り組んでいる。広告の考え方を応用した新たな医療にも挑戦するお話もとても興味深い内容となった。
iPS細胞が出発点

iPS細胞とは、血液や皮膚の細胞からつくられる万能細胞です。無限に増やせること、体のさまざまな細胞に分化させられることが大きな特長です。

iPS細胞は2006年に世界で初めて京都大学の山中伸弥教授がマウスでの開発に成功し、翌年にヒトのiPS細胞をつくり出しました。当時医学部2年生で、臓器移植を手掛ける外科医を目指していた私は、このニュースを聞いて近い将来に画期的な研究ができるとわくわくしました。

臓器移植は、健康な臓器の提供を前提にしています。しかし現実は、必要な臓器が提供される機会はごく限られています。iPS細胞から臓器を丸ごと再生できれば、救える患者さんが増えると考えたのです。

これまでiPS細胞を使った再生医療で実現したのは、目と心臓の病気に対する治療です。iPS細胞から網膜や心筋など一種類の細胞を培養し、それを患部に入れて自己回復力を促しました。

世界中が注目と期待
臓器再生という新たな道

私が目指すのは、もう一歩先の再生医療です。多種多様な細胞の集合体として機能する臓器を再生し、それを患部に移植する。いわば「再生医療のアップデート」です。

まず取り組んだのが肝臓の再生です。肝臓は、最低30%の機能を確保できれば患者さんを救うことができます。だから肝臓全体ではなく肝機能を持つ臓器の一部があれば治療に使えるので、臓器を丸ごと再生するよりハードルが低いのです。ただ「肝機能を持つ臓器の一部」とはいえ、肝細胞に加え、血管など複数種の細胞が必要です。例えるなら、胎児の肝臓のようなものです。これを再現するのが私たちのテーマでした。

臓器再生には複数の方法があるなかで、私は試験管内での臓器再生に取り組み、成果を出しました。iPS細胞から、肝細胞の元になる肝臓前駆細胞を分化させ、それを血管細胞などと培養すると、立体的な組織が自律的に構築されたのです。その組織では、血管細胞が網の目に張り巡らされていました。この組織は「ヒト肝臓原基」といって、肝臓の芽に相当します。iPS細胞からヒト肝臓原基を作り出した世界初の事例であり、これをマウスに移植すると、肝機能を持つ臓器に成長しました。成果を2013年に『Nature』誌に発表し、世界中から注目を集めました。

将来的には
複数臓器を丸ごと再生も

続いて肝臓のほかにも、膵臓や腎臓、腸などで臓器の芽を作りました。いずれもマウスで自律的に機能しています。2017年には肝臓の芽の大量培養にも成功しました。治療に使えるレベルのミニ肝臓です。これがあれば、多くの患者さんを救うことができます。早ければ1年以内、遅くとも数年以内の臨床研究の開始を目指しています。

そして、つい最近「ヒトiPS細胞からミニ多臓器(肝臓・胆管・膵臓)の作製」に成功しました。肝臓と胆管、膵臓を連続的に発生させたのです。この研究成果は有効性の高い再生医療技術の確立につながります。さらにこの成果を基に新たなコンセプトに基づく臓器創生技術が普及していけば、再生医療の可能性が一気に広がります。

その先は、複数臓器の丸ごとの再生を見据えています。それには血液や免疫など、体内を循環する細胞に加え、ホルモンのような内分泌作用も必要になります。発生学に関わる領域の話で、胎児の成長メカニズムの解明にもつながるテーマです。

医学の限界が
新しい道を切り拓くきっかけに

私が再生医療の道に進んだのは、医学の限界を知ったからです。現代の医学で治せない病気はたくさんあります。再生医療には、そうした病気を治す可能性があります。そしてもう一つ、医学を変える可能性を感じているのが広告の力です。

世の中には、病気のリスクを抱えながら、仕事が忙しいなどの理由で手を打てない人がいます。私の父もその一人で高血圧を放置した結果、脳卒中となって生死の境目をさまよいました。父は幸いにして助かりましたが、本来なら発症リスクのある人に対して、発症前に医療的アプローチを施せば助かる人はもっと増えるはず。そう考えてたどり着いた答えがコミュニケーション・デザインという考え方を応用することでした。

日常生活の中に医学的な仕掛けを施せば、健康づくりに役立つに違いありません。私は「コミュニケーション・デザイン」という広告でよく使われる考え方を知り、広告代理店といくつかの実験に取り組みました。中年男性のメタボ防止用に開発した「アラートパンツ」は、ウエストが85センチを超えると布地が伸びて色が変わります。横浜市内の駅に設置した「健康階段」は、生き物のイラストを目で追っているうちに階段を上ってしまう仕掛けです。

位置情報を活用したゲームによって、高齢者の認知機能の改善や歩行距離の伸びが確認されています。特定の音楽をパーキンソン病の患者さんに聞かせると、普通に歩けるようになった事例も報告されています。症状が改善されたのだから、これも立派な医療です。

医療はこれまで病気を治すものでした。けれどもこれからは病気にならないように、日々の生活に医療が先制介入する。コミュニケーション・デザインによる医療の再定義を目指しています。

再生医療により治せる病気を増やし、コミュニケーション・デザインによって病気そのものを減らす。健康な社会の実現のために、医学にできることはたくさんあります。ぜひ皆さんも、医学の世界に飛び込んでください。

東京医科歯科大学 統合研究機構 教授横浜市立大学 特別教授/ コミュニケーション・デザイン・センター センター長、米・シンシナティ小児病院オルガノイドセンター 副センター長/消化器部門・発生生物学部門 准教授、Takeda-CiRA Joint Programfor iPS Cell Applications(T-CiRA)研究責任者。

参加した生徒の声

藤村 士温くん
神奈川県 私立 桐光学園高校2年
武部先生の「作る医者」という概念が新鮮で、感銘を受けました。これからの時代は、医学部出身の人だけが「医者」なのではなく、芸術や人文科学といったさまざまな分野に関連するすべての人々が「医者」として患者への新たな寄り添い方を生み出すことができるそうです。もともとこのセミナーが自分のやりたいことを見つけるきっかけになると参加を決めました。先生のお話を通して、研究職に興味を持ちました。また、夢のヒントを得られたことは、勉強の大きなモチベーションになると思います。

福宿 達也くん
東京都 千代田区立 九段中等教育学校2年
理系ということもあり、今回のサイエンスセミナーに参加しました。理系の中でも環境の分野に興味があります。武部先生の講演では、いろいろな視野やものの見方の話が印象に残りました。ずれの思考や自分の独特な視点を持って、物事を見ていくのが大事だと思いました。先生の研究については、ミニ臓器のように、すぐに実用化できるわけではないけれど、将来にわたり役立つ研究があることを知りました。

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