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サイエンスセミナー 永瀬賞最優秀賞 加藤 英明 先生

サイエンスセミナー 永瀬賞最優秀賞 加藤 英明 先生
サイエンスセミナー 永瀬賞最優秀賞 加藤 英明 先生
永瀬賞特別賞
『タンパク質を視る・織る・創る?脳の仕組みを知るためのツールを創る?』
東京大学大学院 総合文化研究科 先進科学研究機構 准教授
東京大学大学院 総合文化研究科 広域科学専攻生命環境科学系 准教授
加藤 英明先生
 
   
生物を物理や化学の言葉で
理解し、創造する
    私の専門である構造生物学は、簡単にいえば物理や化学の言葉で生物学を説明しようとする学問領域です。例えば、私たちの体内では、絶えずタンパク質が連携して「活性化」され、情報が伝達されることによって、「免疫応答」をはじめとするさまざまな生命維持機能を実現しています。

    では、なぜ体内では特定のタンパク質だけが選択的に活性化されるのか、あるいは、そのプロセスはどのようなものなのでしょうか?

    私がずっと追い求め続けているのは、そうした生物の営みを、明確な物理学の法則や「化学式」のもとに理解すること。そして、生物を「リバースエンジニアリング(工業製品などを分解し、工学的に理解することで、動作原理を解明。改良や再構成に結びつく知見を得ること)」することです。

    物理や化学の言葉で「わかる」ということは、物理や化学によって「つくれる」ということです。生物学でも同様のことができる、それが私の研究のモチベーションです。
生命現象を自在にコントロールする
「チャネルロドプシン」
    生物学の大目的はこの世界の生物、さらに生命らしさを科学的に理解するということです。私は構造生物学において「膜タンパク質の立体構造解析」という研究テーマを通し、生物学の諸問題を解くうえで有用な道具、つまり研究のためのツールをつくることを目指しています。

    私の代表的な研究は、膜タンパク質・イオンチャネルの一つ「チャネルロドプシン」の構造解析でした(資料1)。このテーマを選んだ理由は、チャネルロドプシンを用いて生命現象を自在にコントロールする「光遺伝学」という新たな研究分野が生物学の一分野「神経科学」に画期的な進歩をもたらしつつあるからです。

    2002年にドイツの研究グループが、ある緑藻からチャネルロドプシンを発見しました。2005~2006年には、チャネルロドプシンの「光活性」に着目した神経科学者たちが、この膜タンパク質を神経のスイッチのように活用しはじめました。働きを調べたい神経細胞にチャネルロドプシンを発現させておくと、光を当てるだけでその神経細胞を人工的に興奮させることができるのです

    神経細胞がどのような機能を持っているのか、実験でその因果関係をクリアに調べることができる画期的な手法として注目を浴びました。ちなみに私は光遺伝学の黎明期に、東京大学で神経科学のラボに所属していました。

    光遺伝学の最も代表的な実験は、私も共同研究を行ったスタンフォード大学のカール・ダイセロス教授が2007年に行ったものです。その実験では、チャネルロドプシンを生きているマウスの特定の神経細胞に発現させ、体内に刺された光ファイバーによって青色の光を当てることで、マウスの行動を自在に操ることを示しました。
私は生物学に
「道具」を配りたい
    チャネルロドプシンを用いた光遺伝学は、生物学の実験の常識を覆す発明でした。にもかかわらず、これまでチャネルロドプシンの構造が正確に調べられたことはなかった。正確な構造さえわかれば、より有用な機能を持つ、新しいタイプのロドプシンタンパク質をつくれるはず。つまりリバースエンジニアリングが可能になるわけです。光遺伝学における新しいツールを発明し、生物学を飛躍的に前進させること。それが私のミッションです。

    タンパク質の構造を決定する際にはまず、目的となるタンパク質をつくらなければなりません。そのためには、特定のタンパク質を組み上げている設計図、すなわち「遺伝子」を特定します。次に、その遺伝子を大腸菌や昆虫の細胞などに入れ、タンパク質をつくらせます。タンパク質をつくるのは細胞が得意とする仕事ですから、ここは生命の力を借りるわけです。 そうして生まれたタンパク質を精製し、タンパク質が規則正しく3次元に並んだ「結晶」にします。こうしてようやく、そのタンパク質を解析する準備ができるのです。結晶化したタンパク質の構造をX線で解析することで、構造を決定します(資料2)。

    最近では「クライオ電子顕微鏡構造解析」(資料3)などのテクノロジーの進歩もあり、難しい結晶化のプロセスを省略することもでき、高速化・効率化が可能になりました。
タンパク質をデザインする
    例えば、私はチャネルロドプシンを改変し、新しいタンパク質をつくりました。先述したようにチャネルロドプシンは青色の光で活性化します。私は、活性化する光の色をほかの色に変えてやろうと思ったのです。可能になれば、実験の多様性が広げられる、より便利なツールになります。例えば脳内の異なる神経細胞に違う色で活性化するチャネルロドプシンを導入し、同時に活性化させることで、より複雑な実験結果が得られる、といったことが可能になるでしょう。

    ではどうやって変えるのか。まず改変のターゲットとなるのは、チャネルロドプシンの光の吸収に関わっている部分です。調べてみると、それはチャネルロドプシンに結合している低分子「レチナール」であることがわかりました。

    そしてレチナールが吸収する光の波長は、光を当てる前のエネルギーと、光を当てた後の「エネルギー準位」の差に対応することがわかりました。このエネルギー準位の差が大きなときは、大きなエネルギーの光を吸収できるため、吸収する光は短波長です。逆に小さければ、エネルギーが小さな、長波長の光を吸収します。どうやら手を加えるべきはこの部分のようです。

    さらに調べていくと、エネルギー準位の差を決定しているのはレチナールの「π共役系」の長さだとわかりました。このπ共役系を短くすれば、エネルギー準位の差が大きくなり、吸収する光の波長も短くなると推測できました。

    ではどうやって短くするか。私の作戦では、π共役系は、それを形成する原子が同一平面上にあるときに安定化の効果が最大になるため、レチナールの一部を折って「ねじる」ことによって理論的には短くすることが可能だと考えました。

    では、実際にそんなことが可能なのか? ここで私が行った構造解析の意味が出てきます。構造がわかっているというのは、地図があるのと同じです。実際にレチナールをねじるためにどんな作業をすれば良いのかを知ることができます。この場合には、周囲のアミノ酸を少しサイズの違うものに変えるという手法をとりました。

    実際の改変には、遺伝子を改変(プラスミド)し、再度、昆虫細胞にタンパク質をつくらせます。できたタンパク質の構造を再びX線結晶構造解析したところ、狙ったとおりの機能を持ち、実際に構造上でもねじれていることを確認できました。
生物学を革新する


    こうした新たなツールによって何が実現できるかといえば、まず脳の高次機能をより詳しく理解することができます。現在では、光遺伝学を応用し、マウスに疑似の記憶を植えつける研究が報告されています。この研究は、脳の記憶のメカニズムを理解するのに役立ちます。

    また、パーキンソン病や網膜色素変性症など、神経疾患のメカニズムの理解と治療法の確立を促進することができます。さらには神経科学に限らず、太陽光発電や、レアメタル回収を効率的に行う技術への応用も期待されています。

    物理や化学の言葉で「わかる」ことができれば、物理的・化学的に「つくる」ことができる。生物をリバースエンジニアリングすることで、生物学を革新することが、私の仕事なのです。

生年月日:1986年生まれ 34歳
東京都 私立 開成高校卒
2014年 東京大学大学院
理学系研究科
生物化学専攻 博士課程修了
専門分野:構造生物学、
神経科学、生物化学

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