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INTERVIEW
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「東進SEKAIラボ」開催! 〜現役高校生が脳波を活用したBMIプロダクトをつくる〜

2016年秋にスタートした東進ハイスクールのウェブメディア「SEKAI」。これまでに24名の研究者を訪ね、それぞれの分野で最先端のお話を伺ってきた。
その研究はどれもユニークで、個人的な好奇心と社会的な意義が同居していて、まさに「世界」が広がる内容だった。なんと記事を読んだ高校生からは、普段はなかなか知る機会のない研究者のアツい挑戦に刺激を受け、SEKAIの舞台に飛び込んでみたい! という声も。
そこで最終回は、スペシャルプログラム「東進SEKAIラボ」を開催! 東進ハイスクールに通う高校生3名と、SEKAIのウェブサイトを制作している面白法人カヤックのメンバーが協同でモノづくりに挑む。 取材・文:川内イオ/写真:鈴木諒一/編集:川村庸子

いざ大学の研究室へ

2017年12月某日、集合は日吉駅。参加したのは、高校2年生の中西てるみさん、根本銀士くん、長谷川夏紀さん。向かった先は慶應義塾大学理工学部。リハビリテーション神経科学研究室とKiPAS人間知性研究室を率いる、牛場潤一准教授の研究室のドアをノックした。

SEKAIの第15回目『医学の常識を覆した脳の“柔らかさ”〜テクノロジーで脳の可能性を拓く〜』に登場していただいたのが、牛場さんだ。脳活動でロボットを動かす「ブレイン・マシン・インターフェース(BMI)」研究の第一人者で、BMIを使ったリハビリを考案した神経科学者である。
BMIとは、脳卒中で手指に重い麻痺が残った患者が脳波センサー装着して「指を動かそう」と念じると、その脳波にマシンが反応して指が動く。これを繰り返すことで、医者がさじを投げたような患者の指がマシンを使わなくても動くようになるという世界的にも画期的なリハビリである。

今回は、このリハビリ方法を世界で初めて開発した牛場さんの協力を得て、高校生たちのアイデアをもとに「脳波」を活用した新しい脳波センサーを開発しよう! というのが「東進SEKAIラボ」の野望である。

カギは「どんな未来をつくりたいか」

新しいマシンを開発するには、まずBMIがどんなものかを知る必要がある。この日は、牛場さんがまるで大学の講義のように、「脳×テクノロジー」の歴史やBMIによるリハビリについて詳しく解説してくれた。
BMIの黎明期はサルを使った実験から。そして、段階を経てやっと人間の脳に直接電極を埋め込み、その電極にコードを差し込んで接続できるようになったという。こうした地道なトライ&エラーの積み重ねがあって、いまがあるのだ。 脳の仕組みや現在の取り組みを聞くなかで、印象的だったのは次の言葉だ。

「BMIをパッとつけて便利になる、ということはありません。人間の脳はある環境に置かれると、適応するようにだんだん機能が書き換わってゆく。つまり、BMIを使えば、本来持っていないような機能を脳に持たせることができるんです。失った能力を補完したり、ある能力を拡張することもできます。
大事なのは、どんなことができるかだけではなくて、どんな未来をつくりたいか。頭で考えていることが読み取れて、スイッチのオンオフができると聞くと、スマホの電源を入れたり、ドローンを動かすことができると考えられがちですが、それは手元にあるおもちゃを組み合わせてわーいと喜んでいるレベル。どんな未来をつくりたいかというメッセージが込められているのが良いアイデアだと思います」

牛場さんたちのBMIは、わざと負荷がかかるようにしていて、一生懸命念じて脳活動をググッと上げないと動かないという。なぜなら、わずかな変化を読み取ってすぐロボットが動く設計にすると、脳が怠けて人間の身体機能が退化してしまうから。
「例えば、パワーアシスト自転車は楽だけど、降りると足が急に重く感じますよね。機械と人間が一体化すると、機械を外されたときに人間の能力が衰えることがあります。機械がない状態を考えて、本来欲しい機能が生み出されるように設計することが大切」とテクノロジー観を語ってくれた。

はじめての講義

90分間の講義は、あっという間に終了。高校生たちも牛場さんの非常にわかりやすい話を聞いて、いろいろと感じたようだ。
「脳波はいろんなところに応用が利くし、本当に可能性が広いなと思いました。高齢化社会になったときに、脳波を活かして日本を豊かにできるんじゃないかなと思いました。すごく楽しかったです!」(長谷川さん)

「脳の仕組みがどんどん解明されれば、便利な世の中になると思いました。ただ、脳がだらけて退化してしまう可能性もあるという話を聞いて、バランスを取るのは難しいなと思いました。脳に負荷をかけずに、さらに退化をしないような方法があるのか知りたいです」(根本くん)

「脳に穴を開けなくてもよくなったり、もともと機械を装着しなきゃ動かせなかったものが自力で動かせるようになったり、改めて脳の可能性を感じました。でも、人間は技術を有用に使うだけじゃなくて、できていたことができなくなるということがあるという話を聞いて驚きました」(中西さん)

種を超えて感情を調べる道具!?

講義の後、3名は脳波を活用した新しい脳波センサーのアイデアを持ち寄り、数回にわたって議論を交わしブラッシュアップ。2018年3月某日、再び牛場さんの研究室を訪問し、プレゼンテーションを行った。

長谷川さんは『感情わかるん』というアイデアを提案。家族や友だちとの感情の行き違いを減らすために、感情を可視化して読み取れる機械をつくるというものだ。
BMIを用いて脳波から感情を読み取り、読み取った情報をデータ化。そのデータを興味、ストレス、リラックス、興奮、集中の5つに分類して、VRゴーグルに色で表現するという脳波センサーだ。同時に5つの感情を表すイラストもVRゴーグルに提示される。コミュニケーションツールとしてだけでなく、「他人の感情を読み取ることが苦手なアスペルガー症候群の患者の役に立つのでは」というアイデアだ。

これに対して、牛場さんはここまでできている研究者はなかなかいないのだけど、その雰囲気を感じたので、すごく良い視点だなと思う」とコメントをした。
「感情がわかって楽しい、コミュニケーションを促進できる、障害がある人の助けにもなるというだけじゃないアイデアですね。サルやラットなど種を超えて感情を調べるための道具になるかもしれない。さらに、人間の心理とは何か、感情とは何かの発見につながる可能性もある。真の科学は応用しようとすると、人間そのものを理解する基礎研究に戻っていきます」

現代的な倫理性を問われるプロダクト

根本くんが提案したのは、『より良いリハビリ施設~モチベーションキープシステム~』。リハビリ効果を高めるには、元気、やる気、がんばりが重要だという研究結果に着目。しかし、リハビリを継続するのは大変なことで、モチベーションが落ちることもある。そこで、BMIで脳の状況を分析し、集中力が切れているときは応援や励ましを、集中しているときは誉め言葉が発信されるというプロダクト。

牛場さんは、BMIを使ったリハビリでも、モチベーションは効果を決定する大きな因子だと語る。「ただ、BMIで感情を読み取ってやる気を制御しようと思ったときに、中毒になってしまう可能性もありますよね。スマートドラッグと同じように、スマートデバイスみたいな感じで、果たして機械が本来持っている能力を増幅するということは許されるのだろうか。こうした倫理的な問題は、実際にアカデミックの世界でも議論されていることです。読み取った脳波から音をフィードバックして学習効率を上げるというのもいい視点だし、エンターテイメントとしてもおもしろい」。そう評価してくれた。

学生の理解や才能を伸ばすツール

中西さんのアイデアは『脳波出席簿』。授業中にBMIヘッドセットを装着した学生の脳波をリアルタイムで分析し、教師が持つタブレットに生徒の興味やストレス、興奮、集中の度合いが表示される。このシステムで教師が学生の理解度を把握できるだけでなく、それぞれの興味・関心に沿って個性に合った指導をできるというものだ。

牛場さんは「これもすごい」と唸った。「昨年、トップランクの業界誌に同じような実験が掲載されていました。BMIで継続的にデータを得ることで、生徒の理解や才能を伸ばすためのツールになるというのも良いし、テストではなく継続的な分析に基づいた理解度で成績をつけられるようになるというのもいい。テストやアンケートという目に見える結果じゃなくて、脳のシグナルを読むからこそできるシステムですね」

高校生たちと牛場さんが顔を合わせるのは、今日が最後。牛場さんは彼らのアイデアに対して、「おもしろいだけじゃなくて、どれもその根幹にすごく本質的なテーマが組み込まれている。社会課題とBMIで何ができそうかということを正しく理解して考え続けた、非常に良い提案だったと思う」と総括してくれた。

「いずれ自分でもつくってみたい」

そして3月15日。この日は、横浜にあるカヤックのオフィスを訪問。初めて牛場さんの研究室を訪ねてから4ヵ月が経ち、ついに、アイデアがかたちになる日がやってきた。今回は、いつものメンバーに加えて、山本涼華さんも参加。長谷川さんが『感情わかるん』の実験相手として友だちの山本さんを連れてきたのだ。

まず、ふたり以外は部屋から退出。テーブルに360度カメラを設置して、長谷川さんが、頭に脳波センサーを装着した山本さんと3分間話をした。次に、長谷川さんがVRのヘッドマウントディスプレイをつけ、360度カメラの映像から、山本さんの心境が会話でどのように変化したかを確かめた。
すると、山本さんは終始楽しげな雰囲気だったにも関わらず、苦手な先生の話ではストレスを表す赤になり、お気に入りの先生の話をしているときは興味を示す緑色になったりと、かなりわかりやすく感情が変化していることがわかった。
山本さんは、「その場を楽しんでいるつもりでも、嫌いな人の話をしている時はストレスを感じているんですね。無意識のところまで見られるのは恥ずかしい!」と頬を赤らめた。もしこのとき脳波センサーをつけていたら、きっとマシンも赤く反応していただろう。

大学ではVR系の勉強をしたいという長谷川さんは、自分のアイデアが実現して嬉しそうだった。「実験中、山本さんが平常心で話しているのが意外でした(笑)。もっと細かく感情が読み取れるようになったら、本当に相手の思考がわかるんじゃないかなと思いました。完成したプロダクトは、拙い説明だったのにイメージ通り! いずれ自分でもつくってみたいです」と語ってくれた。

声や言葉で変わる気持ち

『より良いリハビリ施設~モチベーションキープシステム~』では、考案者の根本くん自身が脳波センサーを装着しながら、数学の問題集を解くことになった。カヤックがつくったデバイスでは、脳波センサーが接続されているPCにイヤホンをつなぎ、集中力が落ちると女性の声で「集中して!」「頑張って!」と叱咤され、集中力が高いと「ナイスガッツ!」「その調子!」などと声援が送られるシステムだ。

体験中、黙々と問題を解いていた根本くんだが、書き損じを消しゴムで消しているときに「集中して!」と言われて、逆に「あれ、集中してないのかな?」と集中力が切れたそう。それでも、自分が考案したBMIのデバイスを楽しんでいるようだった。
「声の数がちょっと多かったですね。今回は10秒に1回程度だと思いますが、1分に1回くらいだとやる気になるかもしれません。あと、声が男の人とか先生の声だったら、叱られている感じでがんばれるかもしれない(笑)」

同じくシステムを体験した長谷川さんは「どんな声かというより、どういう言葉をかけられるかで気持ちが変わる。受験勉強中に、このままじゃ受からないぞ、と心に響く言葉が出てきたら嬉しいですね」と話していた。

もっと勉強ができるようになる!?

中西さんも、自ら脳波センサーをつけて『脳波出席簿』を体験。根本くんと同じように、数学の問題を解いているときの脳波の状態が、タブレットにリアルタイムで表示。その様子を見て、「夢のようです!」と喜んだ。
「自分が考えたものがかたちになって本当に嬉しい。たまに授業中にぼーっとしちゃうこともあるんですけど、担任の先生がこの脳波のデータを見るようになったら、生徒が集中力を欠いていることがわかって、もっと勉強できるようになると思う。自分がどういうときにストレスを感じるのか、映像と組み合わせたらもっとわかるんじゃないかと思いました」

わたしたちの「脳の柔らかさ」

ラボがはじまったばかりの頃は、高校生たちにとって、脳波を活用した新しいプロダクトを開発するなんて、まるで現実味がなかっただろう。第一線で活躍する研究者にプレゼンをすることも、技術者と組んでデバイスをつくることも初めてで、みんな少し緊張している様子が見られた。それが、わずか4ヵ月で完成にまで漕ぎ着けたのだから、そのスピード感はすごい。
デバイスのお披露目会では、それぞれ楽しそうに体験しつつも「こうしたら、もっとこうなるかも」とどんどんアイデアを出していて、まるでプロジェクトのスタートアップメンバーか、研究者の卵のようだった。この適応の速さも、わたしたち人間の「脳の柔らかさ」なのかもしれない。

◎プロダクトの詳細は、『東進SEKAIラボ−現役高校生が考案! 脳波を活用したBMIプロダクト』