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INTERVIEW
04

植物はじっとして
いても忙しい?
驚異の多様性を誇る植物の魅力と不思議 植物学者・塚谷裕一 さん

わたしたちのまわりには、たくさんの植物が生息している。緑の少ない都市部ですら、意識して見ればそこかしこに草花の存在を確認できる。かたちやサイズ、色や匂い、開花の時期から生えている場所まで…そのバリエーションは実に様々だ。 植物学者の塚谷裕一(つかや・ひろかず)さんは、世界各地へフィールド調査に出かける一方、遺伝子レベルでのメカニズム解析を進めるなど、幅広いアプローチで植物の謎に迫る研究者だ。幼い頃から筋金入りの植物オタクであり、葉っぱの研究で世界を牽引するトップランナーの塚谷さんに、植物の魅力や不思議についてたっぷりと語ってもらった。 取材・文:清田隆之/写真:一之瀬ちひろ/編集:川村庸子

昆虫少年から植物少年へ“転向”

植物の道に進んだきっかけは何だったのですか?

塚谷 植物にハマったのは小学校3、4年生の頃だったと思いますが、それ以前は熱心な“昆虫少年”だったんですよ。それこそポケモンのように、いろいろな虫を夢中で捕まえていました。でも、昆虫ってものすごく種類が多い。例えば、道端でワーッと蚊柱を作るユスリカという虫がいますが、あれって日本に何種類いると思いますか?

ああ見えて、実は2,000種類もいるんです。まったく見分けがつきませんよね(笑)。ところが、『日本のユスリカ』という一番大きな図鑑でさえ、わずか330種類しか載っていない。とにかく種類が多すぎて、近所の草むらですら名前のついていない虫がたくさんいるわけです。調べてもざっくり「○○の仲間」で終わってしまう。それで「もう虫は無理だ」と思って、日本国内でならすべての種類に名前がついている植物へ“転向”したというのがきっかけです(笑)。

研究対象として植物を選択したのは大学3年生のとき。「単に好きというだけで選んでいいのかな…」という思いも正直ありましたが、ちょうど当時というのは、植物の設計図が遺伝子レベルで解明され始めた時代だったんです。それで、その“モデル植物”として世界的に広まっていた、シロイヌナズナという白い小さな花をつける雑草を扱っている研究室が東大の大学院にあり、わたしもそこへ進むことにしました。

そこからなぜ、「葉っぱ」の研究を専門に?

塚谷 わたしはもともと、植物の様々な姿形がどうやって生まれているのかに興味がありました。シロイヌナズナの研究では主に花の解明が進んでいて、花はみんながやっていた。当時は根っこの研究をやる人も出始めていて、また「受精卵から種ができるまで」という部分も始まりつつあった。いまからそれらをやっても競争になるだけなので、残るのは葉っぱと茎なんですが、茎ってわかりにくいんですよ。

例えば花というのは、つぼみができて、花が咲いて、実になって…と、始まりと終わりがわかりやすい。葉っぱも同様です。でも、茎って植物が生きている間ずっと存在するので、いつ始まっていつ終わったかが全然わからない。それがわからないと、「発生の仕組み」を調べられないんですよね。ということで、「いまからやるなら葉っぱだな」って、やや消去法的に決めました(笑)。ちなみに、茎が発生する仕組みというのは未だによくわかっていません。


東京大学の温室には、研究に使用する様々な珍しい植物が集まっている

植物の生命をリアルに実感できるか

植物の魅力というのはどういった点ですか?

塚谷 やはり「多様性」にあります。それを説明するため、少し遠回りになりますが、まずは植物の基本的なメカニズムについてお話しします。

植物というのは紛れもなく“生き物”ですが、みなさんはその生命にどのくらいリアリティを感じられるでしょうか? 一般的に、植物の死は「枯れる」と表現しますよね。でも、例えばペットが死んでもそうは言わない。これはおそらく、動物と植物の生命が別モノだとイメージされているためでしょう。しかし、両者の生命は基本的に同じ仕組みで成り立っています。つまり、細胞構造を持ち、代謝をして、DNAを遺伝子として使っている。これはヒトや動植物はもちろんのこと、アメーバやミジンコや大腸菌に至るまで、地球上のあらゆる生き物に共通する生命の基本メカニズムです。

では、動物と植物で何が決定的に違うのかというと、「動ける/動けない」という点です。植物は生まれ落ちた場所から移動することができません。それゆえ、環境に合わせて生きていくための仕組みが体中に備わっていて、これが見事な多様性をもたらしているのです。

環境に合わせて生きていくための仕組みとは、具体的にどのようなものですか?

塚谷 代表的な例を挙げると、「体のつくり方」「様々な感覚」「多種多様な生存戦略」ですね。
体のつくり方というのは、例えば芽吹いた場所に障害物があれば、それを避けて育つ必要がありますよね。また、外敵から逃げることができないため、葉などを食いちぎられても再生できるようにしておいた方が合理的です。それができるよう、植物の体は融通が利くつくりになっています。これは、根や茎の先端に“未来の決まっていない細胞”を常に抱えているからできる芸当です。だから伸びたい方向へ伸びることができるし、状況次第で根にも茎にも葉にもなれる。折れた枝を土に差せば根っこが生えてくるのはそのためです。

また、移動せずに生きるためには、常に周囲の状況をモニターしておく必要がありますよね。そのため、植物には様々な感覚が備わっています。光合成をするため光の量や方向にはとても敏感だし、茎や枝は上に、根っこは下に伸ばす必要があるため、重力を検知することもできる。また、二酸化炭素を取り込んだり、強い風に耐えたりするためにも、空気の流れも重要な情報になります。

でも、脳のような中枢があるわけではないし、わたしたちの目や耳のように、ひとつの感覚に特化した器官があるわけでもありません。そこを食べられたら終わりなので。植物というのは、全身の至るところにあらゆる機能が分散されているという、極めて分権的な生き物なのです。

アリを住まわせ、ネズミに便器を提供する!?

植物って、じっとしているように見えて結構忙しくしているんですね…。

塚谷 そうですね(笑)。さらに驚かされるのが、彼らの多種多様な生存戦略です。植物の栄養源というのは基本的に水と光とチッ素なのですが、これを安定的に得られない環境、つまり暗い場所や栄養のない土壌、また多くの植物が密生するような場所に生まれ落ちてしまう可能性も大いにある。そこで植物たちは、生き延びるための様々な戦略を獲得してきました。

わかりやすい例で言えば、アサガオやツタ、スイートピーといった「蔓(つる)植物」です。彼らは光を得るため、細長いつるを素早く上に伸ばします。ある程度まで伸びると自立できなくなるので、ほかの植物や物体に寄りかかったり巻きついたりして自分を安定させるわけです。なかには蔓を太らせ、足場として利用している植物を絞め殺して光を独占するものもいる。なかなか過酷な生存競争です。

また、アリと上手に“ギブ&テイクの関係”を結んでいる植物もいて、スミレの仲間なんかは、種にアリ用のエサをつけているんですよ。そうすると、アリがエサと一緒に種を巣に持ち帰る。そこでエサと切り離される種にとって、アリが耕してくれた巣のまわりは絶好の環境となります。


インドネシア・ワイゲオ島に生息するアリ植物(2008年) Photo by Hirokazu Tsukaya

もっと直接的にアリと共生しているのが、その名も「アリ植物」です。彼らは体の一部を住居として提供しています。葉や茎などを肥大化させ、なかを空洞にしてアリを住まわせるわけです。こうすることで、排泄物からチッ素などの養分を摂取でき、さらに害虫を退治する用心棒としても機能してくれるのです。

それは見事なギブ&テイクですね!

塚谷 いわゆる「食虫植物」というのも、こういった生存戦略のひとつなんですよ。こういった植物は熱帯雨林によく見られます。熱帯は光の量も雨の量も豊富で、光合成の資源としてはすごくリッチですが、一方で土の養分が雨によって流れてしまっていて、チッ素やリン酸が不足している。これを補うための工夫が非常にバラエティに富んでいるのです。


人間の顔よりも大きいネペンテス・ラジャ(2004年) Photo by Hiroshi Okada

例えばこれはネペンテス・ラジャといって、インドネシアのボルネオ島に生息する世界最大のウツボカズラですが、これは大昔から巨大な食虫植物だと信じられていました。ところが2011年にある調査団が定点カメラを設置して観察を行ったところ、なんとネズミの便器になっていたことがわかったのです。

蓋の裏側の真ん中あたりに蜜線があって、ネズミがそれを舐めようとすると、フチのところがちょうどいい足場になる。そこでフンをさせ、そこからチッ素などを摂取するという仕組みになっていたわけです。大きすぎて自立できず、地面にゴロンと横たわっているので、一説にはカエルや小鳥を食べているという伝説もあったんですが、まさかそこまでの消化能力はない。なので、進化の過程で大きくなりすぎた失敗作だと思われていたんですが、まさか便器になっていたとは…。驚きの発見でした。

「スキマ植物」でポケモン的な楽しみを

熱帯雨林の奥地に出かけてフィールド調査をされていますが、危険な目に遭ったりはしませんか?

塚谷 遭いますよ。熱帯雨林は、ヘビの種類が多く、噛まれたらお終いです。だから教科書的には長袖&長ズボンがマストなんですが…実際にそんな格好で歩いたら今度は熱射病で死んでしまう(笑)。そこはいつもジレンマですね。蚊も多いので、一応マラリアの薬は飲んでいます。

あと、ハチもたくさんいて、山のように刺されます。アレルギー症状は出ていないのでいまのところは大丈夫ですが、年によっては大量発生していることがあって、そのときは大変です。ハチたちは塩が欲しいんですよ。雨が多いので、常に塩分が枯渇している。そういうときに僕らみたいな動きの遅い大型ほ乳類が塩を分泌しながら歩いていると、絶好の餌食になってしまう。こちらは何の悪気もないんですけどね(笑)。

なので、山のなかで小道ができている場所だったら歩けるのですが、なければ基本的に沢沿いを歩くしかない。山人のような現地のガイドに案内してもらうのですが、ちょっとはぐれたら本当に道がわからなくなってしまう。

まさに命の危険と隣り合わせ! 植物の道も、なかなかイバラの道ですね…。

塚谷 でも、特に熱帯雨林にはまだまだ発見されていない植物が山ほど生息しているので、ちょっと旅行がてら探してみただけで新種が見つかるという状態で、楽しいんですよ。

もちろん熱帯雨林にまで出かけなくとも、日本の街でも植物の多様性は十分に味わえます。あまり意識しないかもしれませんが、例えば普通に都市部で暮らしていても、わたしたちはザッと数百種類の植物に囲まれています。わたしは「スキマ植物」と呼んでいますが、コンクリートの割れ目や、荒れたレンガ塀とか、石垣とか、そういうところにある隙間で暮らす植物なんかも、目を凝らしてみるとなかなかおもしろい。


本郷(東京)の路上で見つけたニチニチソウ(2012年) Photo by Hirokazu Tsukaya

そういう隙間というのは、ライバルがおらず、水や光を独占できるので、実は植物にとって快適な環境なのです。風や鳥が種を運んできたり、誰かの家で飼育されていた園芸種が逃げ出してきたりしていて、古今東西いろいろな種類の草花が隙間に生息している。そんなスキマ植物をデジカメやスマートフォンで撮影し、ポケモンのように集めてみると、改めて植物の多様性を実感できると思います。いい散歩にもなりますし、おススメです。