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INTERVIEW
23

未知なる
「オートファジー」
を解明する
〜臨床医から転身した異色の研究者〜 基礎医学研究者・水島昇 さん

昨年、東京工業大の大隅良典栄誉教授がノーベル生理学・医学賞を受賞して話題になった「オートファジー」。ギリシャ語の「オート(自分)」と「ファジー(食べる)」を組み合わせた言葉で、「自分を食べる=自食作用」と表される。
オートファジーとは、多くの生物の細胞内で行われている働きで、細胞内にある古くなったタンパク質などをオートファゴソームという袋に取り込んで分解する仕組みを指す。
1997年、まだ研究が始まったばかりだったこの不思議な仕組みを知り、「何だこれは!」と好奇心を刺激されたのが、当時、内科医だった水島昇さんだ。
それから20年、臨床医から研究者に転身した水島さんは動物や人間の細胞内で行われているオートファジーの仕組みを次々と解明し、いまも新たな謎に挑んでいる。 取材・文:川内イオ/写真:芹川由起子/編集:川村庸子

オートファジーで細胞内をリフレッシュ

水島さんの研究テーマは「オートファジー(自食作用)」ですよね。昨年、大隅良典さんがノーベル生理学・医学賞を受賞したことで話題になりましたが、どんなものなのでしょうか?

水島 人間はものすごい数の細胞でできているのですが、その細胞のなかを見てみるとそのなかには、さらにとんでもない数のタンパク質やミトコンドリアなどの小器官が詰まっています。例えるなら、混雑し過ぎて身動きできないプールのようなイメージです。
オートファジーとは、細胞のなかでぎゅうぎゅうに押し合い、圧し合い状態のタンパク質やミトコンドリア、ときにはバクテリアなどさまざまな物質の一部を「オートファゴソーム」という袋でパクッと取り込んで、分解する仕組みを指します。

なぜそんなことをするのかというと、人間の食べ物と一緒で、タンパク質なども時間が経つと古くなってしてしまうんです。そうなると、細胞自体も劣化してしまう。細胞と細胞内の新鮮さを保つための仕組みなんです。混雑したプールの水は、すぐに汚れてしまいますよね。水質をきれいに保つために、常に水を入れ替えなければいけないのです。
また、外部から栄養が十分に届かないときにオートファジーによってタンパク質などを食べることでエネルギー源にするという役割もあります。これは、栄養不足という緊急事態で命を守るための機能です。

なるほど。古くなったプールの例え話はとてもわかりやすいです。自分の身体のなかでそんなことが起きていると思うと不思議!

水島 そうですよね。オートファジーの動きを観察すると、まずはオートファゴソームという袋が近くにいるタンパク質などをランダムにごそっと取り込みます。そうすると、細胞の胃袋であるリソソームがドッキングして中に液を入れる。その液によって袋の中身が分解されるという流れです。
袋のなかに取り込むまでに5分、分解するまでに20分ぐらいのサイクルで、消化し終えたらまた別のタンパク質などをパクッと食べる。細胞内はとにかく混雑しているので、常にオートファジーが起きているんです。

わたしたちの身体は栄養不足に敏感なので、空腹を感じたらすぐに活性化するんですよ。そんなにパクパクと食べ続けていたら細胞内がスカスカになるのでは? という疑問が湧くと思いますが、タンパク質などを取り込んで分解したときにアミノ酸などの栄養素を出すことでリサイクルしているんですね。

医学部で生物学を学ぶ

人間の身体っておもしろいですね! 水島さんはもともと生物や細胞に興味を持っていたのですか?

水島 いえ、中高生のときは数学や物理が好きで、高校2年生ぐらいまで生物はまったく勉強していませんでした(笑)。でも、ちょうど進路を考える時期に考えたんです。そのときから将来は研究者になりたいと思っていたのですが、物理や数学は学問としてかなり成熟してしまっているので、自分が一生携わっていくとして新たな刺激はあるのだろうかと。

一方で、生物学は当時DNAの研究が流行り始めていて、まだまだ未知の世界が広がっているような気がしました。物理、数学と生物を比べてみたときに、自分が職業としてやっていくなら、まだまだ未熟でこれから発展の余地がありそうな生物学に進んだほうがおもしろいんじゃないかと思ったんです。目の前の好き、嫌いではなくて、学問としての期待度で生物学を選びました。それで、総合大学の理学部を受けようと思っていたのですが、最終的に東京医科歯科大学の医学部に進学しました。

え、医学部!? 生物学部ではなく?


水島 はい。父親に進路の相談をしたときに、医学部といっても別に医者になるための大学ではなくて、医学部でも生物学を研究することができると教えてくれたんです。
父は医者だったので、いま思えばわたしを医者にしたいという思いもあったのだと思いますが(笑)、医学部で生物学の研究ができるならそれでもいいかと思って医学部に入りました。

実際には、医学部に入ると最初に基礎的なことを学んで、それから病気の勉強をして最後に医者になるトレーニングをするという3段階になっています。同級生は医者になるのが目的なので病気の勉強になってから本腰を入れるのですが、わたしは基礎の段階に生物学を学び始めて、それが楽しかった。
そのまま生物学の研究者になりたいと思っていたのですが、やっぱり医学部は医者の養成学校なので、学生を医者にする強力な引力が働きます。最後は患者さんとどう接するかというトレーニングまで受けて卒業するので、医学部を出て医者にならないなんておかしいんじゃないかとか、もったいないとか、そういう意識がどうしても働いてしまう。それで、初志貫徹できずに内科医になりました。

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研究室には電子顕微鏡の拡大写真が絵画のように飾ってある。オートファジーの遺伝子が欠損している細胞でたまっている細胞内の「ゴミ」(左)、ミトコンドリアを食べようとしているオートファゴソーム(中)、完成した球状のオートファゴソーム(右)

人生で一番大事かつ最速の決断

研究者になりたいという思いを抱えたまま、お医者さんになったんですね。

水島 そうですね。それもいまとなっては良い経験だったと思います。医者をしていると自分が社会に貢献しているという満足感はすごく高いから、医者の仕事が嫌いだったわけではありません。ただ、医者は決められたことをものすごく正確に確実にやるのが仕事で、突飛なアイデアがあったとしても、すぐには試してはいけない。研究者はその逆で、ちょっと変だろうが自分の閃きから新しいことを生み出すのが仕事です。

自分に合っている仕事はどちらかと考えたら、やっぱり研究して新しいものを見つけたいと思ったんですよね。それで、どういう研究をしていこうかと考えたときに、本当に偶然、オートファジーを知ったんです。
日本生化学会という学会が出している『生化学』という会報誌があるのですが、そこに大隅先生のオートファジーに関する論文が掲載されていたんです。その論文を読むまで、大隅先生のこともオートファジーのこともまったく知らなかったんですが、この論文がとにかくおもしろかったので、1997年の1月に論文を読んでからすぐに研究室を訪ねて、6月には大隅先生のもとで働き始めました。

たった5ヵ月で医者を辞めて研究者に! すごい決断力と行動力ですね。オートファジーの何にそこまで惹かれたのですか?

水島 この論文、短い上に内容がほとんどないんですよ(笑)。これはすごくおもしろいことで、普通、学術誌に掲載される論文というのは、研究者が「これだけわかりました」という報告を兼ねているのですが、大隅先生の論文にはオートファジーについて「わかってない」ということがひたすら書かれていた。論文に掲載されている図表も空欄ばかりで、スカスカ。
それを見て、自分がまったく知らなかった分野がいままさに生まれようとしているんじゃないか、このスカスカの図表がこれからどんどん埋まっていくんじゃないかと思って、ワクワクしたんです。

もうひとつ、わたしはもともと何にでも当てはまるような普遍性のあるものごとが好きなんですね。物理や数学は宇宙の原理で、どこでも通用するものじゃないですか。だから、生物のなかでもなるべく広い範囲の生物に当てはまる研究をしたいと思っていました。
オートファジーは多くの生物や臓器で起きている普遍的な仕組みです。これを研究することでいろんなことが説明できそうに感じたので、この分野に飛び込んでみようと思いました。これはわたしの人生で一番大事な決断だったと思いますが、最も早い決断でもありましたね。

まさに、ビビッときたんですね! でも、大隅先生のところにいきなり訪ねて行って、歓迎してくれたんですか?

水島 大隅先生は1996年から愛知県にある岡崎国立共同研究機構(現自然科学研究機構)で酵母菌におけるオートファジーの研究を手掛けていました。ほかに同様の研究をしている人はいなくて、わたしが論文を読んで連絡をした1997年頃は、スタッフと大学院生を含めて6、7人のこじんまりとした研究室でした。だから、大隅先生にとってわたしは「オートファジーに興味を持つ医者」というかなり珍しい存在だったと思います。

幸運だったのは、あとから知ったことですが、大隅先生は変人が好きなんですよ(笑)。いろいろな分野の人を集めて、研究室に多様性をつくりたいと思っていたそうです。だから、わたしのこともオープンに受け入れてくれました。それで、一度お会いして話をさせてもらってからすぐに医者を辞めて、岡崎に引っ越して、岡崎国立共同研究機構で働き始めました。

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研究室の棚には人生の転機をもたらした会報誌『生化学』や研究パートナーたちの各国のお土産物が並べられている

未解明の分野だからこそ重要な基礎研究

それから20年、オートファジー一筋で研究されているんですね。もう少し詳しく、現在の研究内容について教えてください。

水島 まず、オートファジーという機能自体は50年以上前から知られていましたが、大隅先生は酵母のなかのオートファジー遺伝子(ATG)の働きによってタンパク質などを取り込むオートファゴソームができるという発見をしたことで、ノーベル賞をもらいました。
わたしも酵母の研究をやりたかったのですが、研究所に入ってすぐに酵母だけでなくマウスや人間にも同じようなオートファジー遺伝子があるとわかったので、医者としての自分のキャリアも活かせるということもあってマウスや人間の研究を始めました。
例えば、2008年にノーベル化学賞を受賞された下村脩(おさむ)先生のクラゲの緑色蛍光タンパク質(GFP)を使ってオートファゴソームを緑色に色付けして、マウスの身体のなかのどこでいつオートファジーが起こっているのかを調査しました。その結果、受精卵でも起きていることがわかったのです。

人間の場合、受精してから卵管を通って母親の子宮に到着するまでに、1週間もかかります。その間、栄養を補給する手段がないのですが、受精卵のなかにはお母さんのタンパク質が含まれているので、1週間、お母さんがくれたタンパク質をオートファジーによって食べ尽くすことで栄養を得ているのです。いま振り返れば実験の前から予想できそうなことですが、灯台下暗しで、わたしを含め世界中の誰も気づいていませんでした(笑)。

オートファジーはもともと研究者がとても少なかったので、まだまだ解明されていないことはたくさんあるんですよ。例えば大隅先生が見つけた分子が何をしているからオートファゴソームができるのかは、まだわかっていないし、動物や人間でオートファジーが正常に機能しているかどうかを確認するための方法もまだありません。
そこで我々は基礎的な動きや働きを解明するために、どういう分子がどういう働きをしたらオートファゴソームができるのか、オートファゴソームが口を閉じたときになぜ円形になるのか、細胞の胃袋のリソソームは、どうやって口が閉じたオートファゴソームだけを見分けて合体するのか、というような細かいですが、本質的なクエスチョンを解明する研究をしています。

一方で、アメリカではオートファジーの仕組みを病気の治療に役立てようという応用研究が進んでいます。タンパク質は2万種類くらいあるのですが、出来損ないのタンパク質ができてしまうときもある。我々はそれを「ゴミ」と呼んでいますが、オートファジーが正常に行われているにもかかわらず、ゴミが貯まってしまう病気があるんですね。
細胞のなかにそのゴミが貯まると、パーキンソン病やアルツハイマー、筋萎縮性側索硬化症(ALS)、筋萎縮性足下硬化症など神経にかかわる病気の原因になると言われています。そこで、病気の原因となる細胞内のゴミを取るために、オートファジーを活性化させる薬剤開発なども行われているのです。

オートファジーは、これからの可能性に満ちた研究対象なんですね。

水島 はい。オートファジーの研究はガラパゴス諸島のようなもので、これまではほとんど手つかずの分野だったので研究を始めるといろいろな事象を発見することができました。
それが近年、オートファジーの可能性に注目が集まるようになって研究が進み、ようやく大事なものが見えてきました。大事なものとは、何を解いたらいいかという「謎」がより明確になってきているということです。

何を解くべきか、目標がはっきりするとこちらも新しいチャレンジができます。最近、物理学者と共同研究を始めたのですが、これまで複雑だと思われていたオートファゴソームの形成過程が、物理学的にはすごく単純なことがわかってわたしも驚いています。
こういった基礎研究は明確なゴールに向かって突き進むというよりも、自然に導かれる、教えられるということが多い。本当にどこに向かっていくかわからないし、予想できなかったことが次々と起こる。それが基礎研究の良さであり、やりがいだと思います。
わたしは基礎研究が好きなので、これからも病気の治療など応用研究が得意な人たちと連携しながら、少しでも世の中の役に立っていきたいと思います。

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