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サイエンスセミナー 永瀬賞最優秀賞 星野 歩子 先生

サイエンスセミナー 永瀬賞最優秀賞 星野 歩子 先生
サイエンスセミナー 永瀬賞最優秀賞 星野 歩子 先生
永瀬賞特別賞
『転移のメカニズム解明で未来のがん患者を救う』
東京工業大学 生命理工学院 准教授星野 歩子先生
 
    人類の最大の敵の一つ、悪性新生物「がん」。がんにおける5年生存率の成否を分けるのは転移の有無。体内のあらゆる細胞から産生される微小胞「エクソソーム」を用いて、がん転移の最大の謎に挑み、未来のがん患者を救う。それが東京工業大学 生命理工学院准教授 星野歩子先生の研究です。医学の最先端を開拓する星野先生に、研究の道に入った理由から、エクソソームの将来の可能性までをお話しいただいた講義をお届けします。
がんで亡くなる
人をなくしたい

私が研究の道に入ったきっかけは、二人の友人のがんでした。大学2年生のある日、「骨肉腫になったんだ」と、大学の友人が私に連絡をしてきました。骨肉腫は骨にできる悪性腫瘍で、いってみれば「骨のがん」です。身近な友人ががんになったことはとてもショックでした。私はすぐにお見舞いに行きました。

彼が入院していた6人部屋の病室を訪ねると、私はさらに驚きました。なんとその病室にいたのは、彼よりも若い小学生や中学生の子どもたちばかりだったのです。当時の私は、がんはもう少し歳を重ねてからかかる病気だと思っていました。

そして私はその病室で、私の知り得る中で、最も小さな詩人である友人と出会いました。有國遊雲くんは小学校高学年で、小児がんを患っていました。彼はとても言葉による表現が上手で、大人の私でも驚いてしまうほどの会話力がありました。彼は病院で標語を書いて、国土交通省が主催する「河川愛護月間標語公募」に応募していました。

彼は「川が好き 川にうつった 空も好き」という美しい標語を闘病生活を送りながら応募し、最優秀賞(国土交通大臣賞)に輝きました。そして彼の標語は、美しい川を臨む、山口県周南市にある石船農村公園の石碑に刻まれることになりました。石碑ができた当時、遊雲くんは中学生でした。彼は「これで一つ残せた」という言葉を残し、その後間もなく他界しました。

私の大学の友人は闘病生活の末、片足を切断し、二度にわたる肺への転移を経験した後、数カ月前に女の子のお父さんになりました。

私はこの出来事に衝撃を受けました。この身体の中で何が起きているのか? がんとは一体どんな病気なのか? がんで亡くなる人を救うことのできるような研究ができないだろうかと考えるようになりました。そうして私は研究者になることを選びました。実践的で臨床現場に近い場所で学びたいと思い、大学院修士課程では、東京大学の教授を兼任する、がんセンター東病院病理部の落合淳志先生の研究室に所属することにしました。

「君の研究で今日の患者を何人救えるの?」

大学院で、私は「間質細胞」とがん細胞の相互作用について研究を進めていました。

がんは、身体の敵ですが、どういうわけか身体のあらゆる部分を埋めている「間質」という組織を構成する「間質細胞」と、力を合わせて成長するのです。間質細胞とがん細胞の相互関係を明らかにすることで、従来とは異なるアプローチでがんのメカニズムが明らかにでき、新たな治療法が見つかるかもしれない――そう思った私は研究を進め、論文を書き、がんセンターで成果を発表する機会をいただきました。 すると、質疑応答の時に、すっと手を挙げられた先生から、こんな質問を受けました。「君の研究で、今日の患者を何人救えるの?」

実際の臨床現場にいるお医者さんの言葉は鮮烈でした。私は壇上で、まさに「言葉がない」という状態になってしまいました。私はがん患者さんを救いたくて研究をしているのに、全然救えてないんだ、と痛感しました。でも、このとき私は実際の患者さんと相対する臨床医になるという選択肢を選ぶのではなく、「私はどうすれば、研究者としてがん患者さんを救えるのだろう?」という、より本質的な問いに直面し、考えました。

確かに、私の研究では、今日の患者さんは救えないかもしれない。しかし、この研究の先にある、未来の患者さんは救えるんじゃないだろうか? この出来事の後、私は現在の技術や医学では説明がつかない疾患に携わる研究をやっていくことを自らのライフワークとすることを決断しました。

がん転移の最大
の謎に挑む

未来のがん患者さんをどうやったら救えるのだろう?

そこで私は、がんで亡くなる患者さんの、最も大きな原因は何なのかを調べていきました。すると、がんで死亡する患者さんの9割はほかの組織や臓器へとがんが広がる「転移」によるものだと分かりました。

統計では例えば乳がんの場合、「原発」のがん、つまり、診断の段階でがんが転移せず、その部位だけにとどまっている患者さんの5年生存率は、医療技術の進歩もあって、2018年では98.1パーセントという非常に高い確率です。その一方で、「遠隔転移」をしているがん患者さんの5年生存率は2018年でも33.8パーセントという低い水準に留まっています(資料1)。

私は、もし、がんの転移を抑制するような研究ができたなら、将来的にがんで亡くなる患者さんを少なくすることができるのではないか、と考えました。

さらにがんの転移について調べていく中で、私は「がん転移の最大の謎」と呼ばれるテーマに出会いました。それは「がんの転移には臓器特異性がある」(臓器特異的転移)という仮説でした。

がんは、種類によって、転移先がある程度決まっているということが知られています。例えば、乳がんは脳や、骨、肺や肝臓に転移しやすい。私の大学の友人が患った骨肉腫は、肺への転移が多いがんです。

念願のライデン
先生の元へ

この謎を解く鍵が、後に私が留学することになる、コーネル大学のデイビッド・ライデン教授の研究室にありました。彼は、がん細胞が特定の臓器へ転移する際、転移先の臓器が転移のために最適化される「前転移ニッチ」の存在を提唱していました。つまり、がん細胞がきちんと芽吹くように、臓器を“耕す”仕組みがあるということです。

この説を知った私は、「耕された状態を元に戻せば、がんの転移は抑制できるのではないか?」と考え、ライデン教授の研究室で研究したいと思うようになりました。幸運が訪れたのは、あるライデン教授の招待講演でした。私は参加できないはずだったのですが、運良く講演者に時間を告げるための「ベル係」として潜り込むことができました。当時の私はまだ大学院の1年生。まだまともな質問ができるような研究者でもなかったのですが、今このチャンスをつかまなければ、二度と巡ってこないと思い、ライデン教授に挨拶に行きました。

「先生はどのようにして研究室に入る人を選んでいますか?」。すごく緊張していた私にライデン先生は、こう答えてくれました。「もちろん業績は重視する。素晴らしい研究をしてきた人は高く評価するけれど、その人と研究したいと思うことが自分にとって一番大事なんだ」

私はこのとき、必ず先生のところで研究しようと思いました。博士課程卒業までの3年間は、毎年お正月に挨拶メールを送り、関係性を保ちました。そして博士号の取得が確実なものになったとき、「先生のラボに行きたいです」と告げると、ライデン先生は「待っていたよ」と受け入れてくれました。

人体のSNSエクソソーム

私は2010年に渡米し、コーネル大学のライデン研究室で研究を始めました。

私に託された研究は、何が前転移ニッチを生み出すのかを調べることでした。転移先を規定する因子としてライデン教授らが着目していたのが「エクソソーム」と呼ばれる微小胞でした(資料2)。

エクソソームは30から150ナノメートルの大きさで、身体中のいたるところに存在しています。もともとは細胞のごみ処理機構だと考えられてきたのですが、エクソソームはタンパク質、DNA、脂質など、本来の細胞が持っている情報はだいたい持ち合わせている。身体をめぐり、正常な細胞や、もちろんがん細胞とも情報をやりとりする。ごみ処理どころか、実は“人体のSNS”のような存在だったのです。

私は、がん細胞から生まれたエクソソームは、未来の転移先に行くのか。そして転移先に行くだけではなく、実際に臓器を“耕す”のかどうかを観察しました。

そうして私は、世界で初めてがん細胞由来のエクソソームは未来転移先に行き、その臓器を転移できるような性質に変えてしまうことを証明しました(資料3)。

さらにエクソソーム内のタンパク質を網羅的に調べる「プロテオミクス解析」を行ってみたところ、どうやらエクソソーム内の特定のタンパク質が郵便番号のような役割をして、各臓器にエクソソームを連れて行っていることがわかりました。この発見から、特定のがん患者のエクソソームを解析すれば、どこに転移しやすいかを知り、転移前に叩くことができるような臨床応用が期待できるようになりました。

現在では、エクソソームが、さまざまな身体の状態を知ることができるツール(バイオマーカー)としても活用可能であることがわかってきています。私の研究室では、自閉症やアルツハイマー病、妊娠合併症など、さまざまな疾患への応用を進めています。

振り返れば、「がんで亡くなる人をなくしたい」という一本の道でした。でも、いろんな道の中から自分で選んだ結果として、私はエクソソームという、非常にエキサイティングな研究分野と出会うことができました。

皆さんの前にも今、たくさんの道があります。でも通れる道は、いつも一本です。ほかの誰かと比べるのではなく、自分の可能性を、自分の判断基準で選んでください。そうすればその道は、自分だけの未来へと、あなたを連れて行ってくれるはずです。

1982年生まれ
専門分野:
がんの間質線維芽細胞、
がん微小環境、
エクソソームによる
がん細胞の転移メカニズム、
エクソソームを介した疾患生物学

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