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神谷 ましろ さん  (高1) 石川県 国立 金沢大学附属高校
東進衛星予備校 金沢有松校

題名:医療界のマザーテレサ

 数年前、私はバスの中で号泣した。誰かに怒られたのではない。ただ、アメリカ人作家、オー・ヘンリーの短編小説である「最後の一葉」を読んだのだ。あまりに素晴らしい物語で、この時初めて私は本の凄さを思い知った。あれから時は流れ、私は今小説を書いている。そしてこれは、医療界のマザーテレサになるという私の夢に大きく関わっているのだ。

 まず最初に、なぜ私がここまで大きな志を抱くことになったのか話さなければならない。今から五年前、私はベトナムにいた。英語を学ぶために塾の海外合宿に参加するはずだったのに、気づけば英語とは無縁のベトナム合宿に参加していた。なぜだろうか。私の記憶に残っているのは、「ベトナムにはおいしい食べ物がたくさんあるよ」と笑う先生の姿だけである。そんなことはさておき、私にとってベトナム合宿とは、まさに過酷そのものであった。当時、最年少で合宿に参加していた私は、ベトナム人の通訳の女性Rさんと同室になった。心優しく親切なRさんなのだが、一つだけ問題があった。そう、清々しいほど日本語が伝わらないのだ。通訳とは一体何なのか深く考えさせられた一日目であった。しかし、ベトナムはこれだけでは終わらなかった。ある時は猿の猛烈なタックルをくらい水を奪われ、またある時はパクチーの大量摂取によりお腹をこわし、謎の怪しい薬を飲まされた。ここまできてようやく私は、これが合宿ではなく修行であることに気づく。そうして、ホームシックが限界突破していた私は、生きて愛しの祖国に帰ることだけを目標に最終日を迎えた。最終日には、マングローブの植林を行った。普通に歩いていても猿が飛びかかってくるくらい自然豊かなのに、まだ木を植えるのかと疑問に思っていたが、その理由は、植林後に訪れたベトナム戦争博物館で知ることとなった。冷戦時、大量に撒かれた枯葉剤によってベトナムは多くの森林を失っていたのだ。博物館には他にも、枯葉剤の影響を受けてしまった人たちの記録や写真が丁寧に保管されていた。そんな展示物を見ていくうちに、私は、ベトナムという国はとても可哀想な国なのだと思うようになっていた。しかし、博物館見学の最後に見た光景が私のその考えを一瞬で変えた。そこには枯葉剤の影響を実際に受けた人たちがいた。自由に手足を動かせない人、肌の色が変色してしまった人、様々な人がいた。それでも、募金箱の横で一生懸命キーホルダーなどの作品を作っている姿にいつの間にか私は目が離せなくなっていた。あんなにつらいことや大変なことがあっても前を向いて頑張っている人たちがたくさんいる。私はベトナムという国が決して可哀想な国ではなく、他のどの国よりも強い国であることを知った。そして、募金箱に持っていたお金をすべて投げ入れた私は、強い意志をもって日本へ帰国した。

 私にとって「強さ」とは、ティラノサウルスや怒った両親、闘牛などに使われる言葉であって、攻撃的なものばかりイメージしていた。しかし、ベトナムへ行き、本や教科で知るよりも先に、本物の歴史に触れたことで、本当の強さとは何なのか気づくことができた。そして、私もベトナムのように強くなって、いつか大切なことを教えてくれたベトナムに恩返しをしたいと思うようになった。

 かくして、私の最初の志は決まったわけだが、強くなるとは言ってもまだ十代。人生経験が少なすぎるため、お手本になるような人生の師匠を探す必要があった。そこで、図書館で見つけたのが、マザーテレサの伝記である。

 その伝記の中で、彼女は来日した際、多くの日本人の前でこう言った。

 「日本の人たちは確かに裕福だけれども、心は貧しく何かぽっかりと穴があいてしまっている」と…。

 これを見たとき、はじめは「な、なんて失礼なことを言うんだ。」と思った。しかし、よくよく思い返すと、ベトナム修行を終えるまで、周りに一切関心を持たず、個人のことしか見えていなかった自分のことを考えると、マザーテレサの言葉は何かとんでもなく核心をついているように感じた。貧しい人を救ってあげることだけが重要なのではなく、裕福な人に気づかせてあげることもまた何よりも必要なことなのだと知った。これに気づいたとき反感をかいそうな言葉を大勢の前で述べ、訴えたマザーテレサの勇気に私はリスペクトが止まらなくなった。

 ジャパンハートという医療団体が東南アジアを拠点に活動している。私は将来ここで働きたい。というのも、この団体の目指しているものに、私が今までに得た知識や経験を一番いかすことができると考えたからである。ジャパンハートの創立者である、𠮷岡秀人さんは、「たとえ命救われなくても、心救われる医療」を目標に掲げている。これは、本当に大切なものを気づかせたいという私の願いに強く密接している。だからこそ、私は、ジャパンハートに入り、東南アジアでマザーテレサのように強い意志のもと働きたいと思うことができたのだ。そしてこれが、医療界のマザーテレサの所以である。

 しかし、ジャパンハートに入って終わりというのでは、社会に何の変化ももたらすことができない。それはあくまで他者の理念に乗っかり、先人の模倣に過ぎないからだ。最初に述べたように、私は小説を書いている。そして、この模倣ではなく、自分の起こした行動に世界にまで及ぼす影響があることを確信している。今、ベトナムを含めた東南アジアの国々は急速に発展している。しかし、その影には、必ず時代の流れについていけず、苦しんでいる人々がいるはずである。かつての日本がそうであったように。だから私は、小説を書いて世界の人々に伝えることで、影に隠れてしまった人たちが少しでも日の下に出られるようにしたい。

 たった一人の書いた本がいきなり世界を変えられるかと聞かれたらその答えはおそらくノーだ。それでも、バタフライエフェクトという言葉があるように、誰かが起こしたほんのわずかな変化は、巡り巡って大きな変化をもたらすことができる。たとえそれが生きている間には起きなかったとしても、後世にまで残り続ける自分の本が歴史を変えるほどの力になると私は信じている。

 今回の志作文がそうであったように、やはり言葉には人を動かす力がある。マザーテレサや𠮷岡さんの言葉が今の私の原動力になっているのだから、私も、自分に可能性がある限り、今までよりももっともっとたくさん本を書いていく。そして、そうすることこそ、本当の強さをもつことであり、私の望んだ医療界のマザーテレサになるということなのだ。