経営コンサルタント 編

 社会が多様化・複雑化していく中で、経営コンサルタントの担う役割も大きく変わってきている。日本初の民間シンクタンクとして1965年に創業した野村総合研究所は、文系理系を問わず、多才な人材が集うプロフェッショナル集団。コンサルティングと情報システムの構築・提供を両軸に「未来社会創発企業」を理念に掲げ、新しいビジネスモデルの創出に挑み続けている。 今回は、野村総合研究所理事の中野秀昭氏と、入社2年目の河島宏樹氏にご登場いただく。コンサルティングという仕事の醍醐味と、プロフェッショナルに求められる力についてお伺いした。

自身の専門能力を磨き顧客との対話を重視しながら企業経営のサポートに尽力する

株式会社野村総合研究所 経営情報コンサルティング部
総合職

河島 宏樹  (かわしま ひろき)

1988年 ニューヨーク生まれ
2007年 東京都 私立 開成高校 卒業
2012年 東京大学 文学部 卒業
 同年  野村総合研究所 入社
     経営情報コンサルティング部 総合職 配属
     現在に至る

専門知識とITで企業の課題を解決!6000人を擁するプロ集団・野村総合研究所

 野村総合研究所(以下、NRI)は、創業50年余りの実績と6000名に及ぶ社員を擁する大手情報サービス会社であり、企業の経営戦略の提案から情報システムの開発・運用まで、総合的なサービスを提供できることを特長としている。この中で、同社のコンサルティング部門は国内では最大規模の陣容を誇る。また、NRI社員のほとんどが何らかの専門領域に精通したプロフェッショナルだ。

 変化が激しく先の予測がつかない現在、社会のIT化の進行は、企業に対して「ビッグデータ」と呼ばれる大容量データの活用を迫っている。こうした中、NRIは〝お客様の信頼を得て、お客様とともに栄える?という理念のもと、問題を発見し解決へ導く「ナビゲーション」と、その解決策を業務改革やシステムの設計、構築、運用によって実現する「ソリューション」をサービスとして展開している。コンサルティングに加え、金融ITソリューション、産業ITソリューション、IT基盤サービスといった事業が並ぶのは、お客様のあらゆる課題を解決していくためだ。

 複雑化・多様化する社会においてNRIがとりわけ力を注いでいるのが、社内における人材育成である。若手社員たちは、先輩や同僚たちから実地で仕事を学ぶ「OJT」やさまざまな「研修制度」、および「自己研鑽」の3つを実践することによって、専門性に磨きをかけていくのだ。またNRIでは、大学生のインターンシップも積極的に受け入れており、社員とともに難度の高いプロジェクトに関わることができるようになっている。現在、経営情報コンサルティング部に籍を置く河島宏樹も、インターンシップを経験してNRIへの入社を決めたひとりだ。

 「NRIでは、社会で実際に動いているモノの仕組みやプランを考えます。もともと、自分で何かを考えることが好きでしたので、インターンシップ時に体験したNRIの仕事にとても強く惹かれました。自分の仕事が新聞に載ったり、社会に大きな影響を与える場合もあるわけです。そうした点に醍醐味を感じたことが、入社を決めたきっかけです」

入社1週間で顧客にプレゼンテーション !? 1年目で学んだコンサルティングの第一歩

 NRIでは、入社1年目の社員でもどんどん顧客の前に出る。それが社風だ。河島も例外ではない。「配属後、2日目ぐらいにはもうお客様のところに出向いていました。1週間後には自分で資料を作ってプレゼンテーションしていましたね」

 とはいえ、駆け出しのコンサルタントが通用するほど、ビジネスの現場は甘くはない。初めの3?4カ月は、先輩社員から指示を受けての資料作りに励んだ。河島が期待していた「自分で考える」資料作りを任されるようになったのは秋ごろ。しかし、ここで河島は立ち止まってしまう。

 「それはある企業の業務に対して、新しい手順や作業の工程を図式化するという仕事でした。ですがその業務の流れは、私自身はもちろん、誰も見たことがないわけです。すべてをゼロから作らなくてはいけなくて、どこから手をつけていいのかさっぱりわかりませんでした」

 もちろん、顧客に一から聞くという手もある。しかしそれでは時間がかかりすぎてしまう。また、それでは自身の無知を顧客にさらけ出すことになる。知識の少なさは1年目だから当然とはいえ、仮にもNRIの看板を背負っている。そんな妙なプライドが、河島の動きを鈍らせてもいた。そんな苦悶の末、河島はようやく自分なりの答えを見つける。

 「単純なのですが、わからないことは〝あるべき姿?を論理的に想像して書いてみるということでした。できあがったものは未熟なものかもしれません。けれども、それをたたき台にすれば、お客様から何らかの反応が返ってきます。見当違いなものになっていれば、違うと指摘していただける。そうやってお客様とのコミュニケーションを繰り返すことで、だんだんと完成品に近づけていく。まったくのゼロの状態で客先に出向いても、何も返ってきません。そのことに気づけたことが、1年目の大きなターニングポイントになりましたね」

 結果的に、河島が考えた新しい業務の流れは、高い評価を得る。顧客から「明日からすぐにでも使えるよ」という、嬉しい言葉をかけてもらえたのだ。一人で思い悩むのではなく、顧客と一緒になって考える。この仕事を通じて、河島はコンサルタントとしての自身の成長を初めて実感する。

コンサルティングに正解はない! 必要とされる3つの力とは?

 こうした経験があるからこそ、河島は「お客様との会話が一番のやりがい」だと言い切る。

 「もちろん、社内で侃侃諤諤しながら良いものを作っていく面白さもあります。ですが私は、やはりお客様の前に立って、お客様と一緒にプロジェクトを作りあげていくことに魅力を感じています。プロジェクトを終えるときにありがとう?と声をかけていただけるとすごくうれしい。一番やりがいを感じる瞬間です」

 その一方で、仕事の奥深さ、難しさも日々実感している。コンサルティングには、正解やここまでやれば終了という区切りがない。ましてや、そこに至るまでのマニュアルが用意されているわけでもない。100の企業があれば、100通りの課題がある。それら一つひとつに柔軟に対応していかなければならないのだ。また、河島が良策だと考えるアイデアが、必ずしも顧客に受け入れられるとは限らない。企業の意思決定には、実に多くの人々が関わってくるからだ。

 「ひとつの企業には経営や営業、生産などのさまざまな業務があり、多くの人々が携わっています。それぞれの立場によってものごとの考え方や見え方も異なりますから、私もそれに合わせて表現の仕方などを変えるように心がけています。ですが、まだまだ社会人経験も浅いですし、お客様の仕事を経験したことがないわけですから、なかなかギャップを埋めるまでには至りません。その点が、今でも難しいと感じているところです」

 そのためにも「想像力」と「コミュニケーション力」が重要だと考える河島だが、もうひとつ、仕事をするうえで大切な力があるという。

 「それは、物事を最後までやり抜く力?です。例えば、お客様に提出して大丈夫と思える資料ができあがったとしても、何かしら違和感が残るというときがあります。そうしたときは、もう一歩踏み込んで、資料を作り直してみるんです。そうすると、お客様の反応がまったく違ってきます。そうした経験を何度かしたことがあって、それ以来、たとえつらいときでも〝お客様のために最後までやりきっているか??ということを自問自答するようにしています。それが結局は、自分自身の力となっていくのだと信じています」

 自身を「負けず嫌い」だと評する河島。一人前のコンサルタントを目指して、日々、奮闘中だ。(文中敬称略)

仕事の成果はポジティブな思考から生まれる!

株式会社野村総合研究所 理事

中野 秀昭  (なかの ひであき)

1958年 和歌山県生まれ
1977年 和歌山県立 耐久高校 卒業
1983年 早稲田大学大学院 
     理工学研究科 卒業
 同年  京セラ 入社
     経営企画部、技術本部等で
     業務にあたる
1992年 野村総合研究所入社
     コンサルティング本部等を
     経て現在に至る

カリスマ経営者のもとで学んだ 10 年間が財産 企業再生のノウハウを他の企業でも役立てたい

 野村総合研究所(NRI)理事という重い職責を担う中野秀昭は、社会人としての第一歩を京セラからスタートさせた。京セラは、カリスマ経営者として名高い稲盛和夫が創業した電子部品メーカーだ。「全従業員の物心両面の幸福を追求すると同時に、人類社会の進歩発展に貢献する」という経営理念を持つ同社は、積極的に多角化経営を推進してきた。企業との合併(M&A)を成功させれば、事業の柱を複数持つことができる。そうすれば、社会の変化にも柔軟に対応できる組織作りが可能となるからだ。

 「私の場合、京セラでの10年間を合併企業の業務改革に費やしてきました。あるメーカーを再生させる仕事だったのですが、メーカーの場合、生産、設計、商品開発、マーケティング、経営戦略というかたちで各部門が細分化されています。ですが、部門間の横のつながりは乏しい。そこで私は10年をかけて、すべての分野に関わるようにしました。業務の全体をつかめなくては、企業を再生させることはできないからです」

 そこで中野は、数学・自然科学・工学などを用いて生産管理を行う「経営工学」や、製品の品質や機能を維持したままコストダウンを実現する「バリューエンジニアリング」などの手法を導入。ときには、テレビCMのコンセプト作りや、新規ブランドの立ち上げにまで携わった。その仕事は結果的に、生産から私たち消費者に製品が届くまでのすべての業務を見通すこととなった。これは、企業人としては異例のキャリアだ。

 「京セラでは、メーカーのすべての業務を経験することができました。そうすると今度は、企業再生で培ったノウハウを別の企業でも役立てたいという思いが強くなってきました。そこで、自分自身の新しい挑戦の場として、NRIを選んだわけです」

 京セラでの経験を一枚の図表にまとめあげてみると、そこには中野の類まれなる「履歴書」が浮かびあがってきた。中野はその履歴書を手に、NRIの扉を叩く。1992年のことだ。

”能力×熱意×考え方”こそが結果を生み出す方程式!

 中野は現在、理事という立場からNRI全体を俯瞰する立場にある。上場企業数十社の業務革新のサポートが主な仕事であり、「野村の看板で社会に貢献する」ことが使命だ。その一方で「NRI社員の成長」が一番の喜びだとも語る。それだけに、河島を始めとする新人コンサルタントの育成には余念がない。必要があれば、率先して同行もする。

 「NRIが社員に求める力には、大きく6つの能力と要件があります。まず〝人間力?〝論理的な力?〝伝達力?の3つ。そして〝経営?と〝事業?がわかるということ。そしてそれらすべての中心にあるのは〝顧客への愛情?です。なによりも顧客を第一に考えるのがNRIの社風です」

 そんな中野が新入社員に必ず伝えることがあるという。

 「ビジネスの成果は“能力×熱意×考え方”で決まるということです。とりわけ重要なのは“考え方”です。これがマイナスになってしまっては、能力や熱意が高くてもマイナスの成果しか出ません。コンサルタントは、企業に対して批評を加える仕事です。その際に、私は必ず、具体的かつ肯定的な表現を用いなさいと言います。抽象的、否定的な表現は、自分自身のパワーを削いでしまうからです」

 さらに「すべての原因は自分にある」、あるいは「自分が源である」という意思を持つことが大切だと、中野は言う。すべての原因・結果は自分が導き出したものである。そう考えることで、家族関係や会社での人間関係も自分のこととしてとらえ、思いやりを持つことができる。そこから、自分がどのように行動すればよいのかが見えてくる。ひいては、それが自分自身の目標にもなる。

 「ポジティブな言葉を自分の中で言い聞かせれば、力がどんどんみなぎってきますよね。日本は今、不景気だと言われていますが、すべての日本人が〝自分が源?だと思えれば、まだまだ成長できるかもしれません。物事をポジティブに考えていくことは、受験生にとっても大切なことではないでしょうか」(文中敬称略)

Q&A

仕事をするうえで手放せない「三種の神器」を教えてください。

【中野氏】「パソコン」「ノート」「お菓子」。この3つがないと私の仕事は進みません。資料を作るのもパソコンで。エクセルをフル活用するような分析も行いますね。資料を作るときは、ノートに思いつくままに書いているほうが、いいアイデアがひらめきます。頭を使っていると糖分が欲しくなるので、チョコレートやグミなどは欠かせませんね。 【中野氏】「パソコン」「スマホ」「自力で曲げたスプーン」です。パソコンは仕事の連絡やチェック、資料作成などに。スマホは外出先でのパソコンの代替として活用しています。スプーンは、とある研修で曲げたものです。人間は普段、アクセルとブレーキを同時に踏んでいる状態です。ですが、無意識にブレーキを外す瞬間がある。いわゆる「火事場の馬鹿力」というものです。実はそのブレーキを意識的に外すこともできて、硬いスプーンを曲げることもできます。潜在能力をフルに発揮すれば、できないようなこともできるようになる。それを社員に意識してもらうための小道具として使っています。

社会人になってからも勉強は必要でしょうか?

先輩たちからは「若いうちはさっさと仕事を終わらせて、家に帰って勉強しろ」と言われています。私は将来的には、経営とITとの橋渡しができるようなコンサルタントになりたいと考えています。そのためにはまず自分がITに明るくないと話になりませんから、自己研鑽の毎日ですね。

受験勉強のコツを教えてください。

 受験で大切な力も、やはり想像力だと思います。入試の記述式問題では、出題者が何を聞きたいのかを想像することが重要なポイントです。世界史や日本史の論述試験では、自分の知っている知識だけを並べて書いても得点にはつながりませんよね。出題者の意図を想像する力は、鍛えておいたほうがいいかもしれません。