自動車業界編

車の自動運転は、世界が注目する最先端技術だ。その技術を開発するエンジニアは、高度な知識と技術を要する専門家。しかし、大学院まで直接関係のない教科を学び、ITスキルゼロで社会人になり、今、ホンダで自動運転の技術開発に携わっている女性がいる。小室美紗さん―― 彼女はなぜ自動車業界に飛び込んだのだろうか?

ITスキルゼロから自動運転のエンジニアに
テストカーに乗り込んで業界の最先端を目指す

株式会社 本田技術研究所 先進技術研究所 知能化領域 アシスタントチーフエンジニア
※本田技術研究所は本田技研工業の研究領域を担う会社

小室 美紗  (こむろ みさ)

1985 埼玉県の大宮で生まれる
2004 埼玉県立浦和第一女子高校卒業
2005 ネバダ州立大学リノ校入学
2010 慶應義塾大学大学院医学研究科入学
2012 GPU開発のベンチャー企業に入社
ゼロからソフトウェア開発を学ぶ
2017 株式会社本田技術研究所に転職
四輪R&Dセンター、統合制御開発室などを経て現在は先進技術研究所 知能化領域に所属
「ホンダに入ってから、挫折はありません」

 

車に興味がなくても、「自動運転」という言葉は耳にしたことがあるだろう。今は人間が操作しているが、いずれハンドルを握る必要がなくなるかもしれない。将来、車は自律移動する部屋や家になる!?

この新しい未来の実現に向けて、自動運転の開発競争が加速している。自動車会社はもちろん、グーグルも参入し、アップルも研究を進めているとされる。

蒸気で走る自動車が誕生したのが、1769年。それから252年経った現在、世界で保有されている車の数は、14億台を超える。

この巨大産業の転換期に身を置いて、時にガッツポーズをするほど仕事に打ち込んでいるのが、小室美紗さん。自動車メーカー・本田技研工業(以下、ホンダ)で、自動運転の技術開発に挑んでいる。

と言っても、小室さんはもともと車好きではなく、大学では生化学、大学院では医科学の専攻。それがなぜ今、自動車メーカーで働いているのだろうか?

やりたいことが見つからず 2年の猶予を求めてアメリカの大学へ

小室さんは1985年、埼玉の大宮市(現在のさいたま市)で生まれた。父親は主にトラックを作る日本の自動車メーカーで働いていたが、車には「ぜんぜん興味なかったですね(笑)」

子どもの頃から「勉強が好き」で、高校は埼玉県立浦和第一女子高校に進んだ。全国の公立女子高でもトップクラスの進学校だ。しかし、勉強一色の校風ではなく、充実した高校生活だった。

「学校は自由だけど羽目を外しすぎない雰囲気で、居心地が良かったです。文化祭や体育祭はみんな本気でやるから、すごく盛り上がります。高校3年間、めちゃくちゃ楽しみました」

悩んだのは、受験期。友人たちは将来の目標を持って進路を選んでいたが、小室さんは自分がなにをしたいのか、よくわからなかった。悶々としていた時、たまたまアメリカの大学では3年生になってから専攻を決めると知った。2年間いろいろなことを学んでから選択できるのは、魅力的だ。

英語は苦手だったが、仕事で英語を使うために語学学校に通っていた父親から「これから絶対に英語が必要だぞ」と言われたことも、決め手になった。

高校を卒業してから一年間、語学学校で英語を学び、2005年秋、ネバダ州立大学リノ校に進んだ。

一年目は、英語で苦労した。言いたいことがうまく言葉にならず、それが嫌で無口になった。突破口になったのは、小学生の頃から続けていたバレーボールと、日本食レストランでのアルバイト。スポーツは言語を越えたコミュニケーションになり、アルバイトでカタコトでも英語を話し続けたことも役に立った。大学生活もいい思い出ばかりだ。

「勉強は寂しさを感じる暇もないぐらい大変だったけど、初めての一人暮らしの解放感もあったし、毎日が楽しかった。ホームシックにもなりませんでしたね」

ずっと理科系の授業が好きだったこともあり、3年生の時に、生化学を専攻することを決めた。留学前から家族と「4年だけ」と約束していたから、大学院は慶應義塾大学大学院医学研究科に進み、医科学を専攻した。生化学と医科学は地続きの分野で、製薬・創薬などを学ぶ。

「自分の知識を生かして一番社会貢献できること」を考えての選択だったが、大学院で実際に研究を始めて現実を知った。薬の開発はとてつもない手間と時間がかかる、とても忍耐力が必要な作業だ。小室さんはそこに夢中になれない自分を感じた。仕事として続けていく自信を失い、まったく別の業界で働くことに決めた。

ITスキルゼロでGPUベンチャーへ エンジニアとして外国人チームで勤務

医科学の修士号を持つ小室さんが就職先に選んだのは、まったく門外漢のGPU(画像処理専門の半導体チップ)を開発しているベンチャーだった。GPUは3Dグラフィックスなど複雑な画像描写を行う際に必要で、演算能力はAIにも広く活用されている。就職の決め手は、面接だった。

「今まで勉強してきたことが無駄になるし、親に申し訳ないという気持ちもありましたが、面接官が社長と部長で、この業界に絶対に向いているからと熱く口説かれまして(笑)。個人として認めてくれたことが大きかったですね」

仕事は、GPU開発を担うソフトウェアエンジニア。もちろん知識ゼロで、研修でプログラミングのベースとなるコンピューター言語「C言語」を学び、ほかの言語は仕事をしながら、上司や先輩社員に聞いたり、独学で習得した。

一年もすると「この業界、自分に合ってるな」と感じるようになった。プログラムを書いて実際に動くか、動かないかの勝負が早いし、不具合があればコードが悪いという白黒はっきりした世界が、性に合っていた。パソコン一台あれば自分の手で思い描いたものを作ることができるのも、気に入った。

配属は外国人チームで、上司がフランス人、同僚にはブラジル人、中国人、ロシア人などがいた。営業が取引先と決めた仕様をチームに共有するのが、役割の一つだった。しかし、外国人たちは「なぜそれが必要で、どういうメリットがあるのか」を納得しないと動かない。その説明をして質の高い仕事をしてもらうために、いつも苦労していた。

それでもモチベーション高く働いていたのは、自社のGPUが誰もが知るゲーム機に搭載されていて、やりがいを感じていたからだ。ところがある日、同じGPUがパチンコに搭載されると聞いて、少しずつ冷めていく。「パチンコはあまり興味がなく、やるなら、自分が好きな分野や興味のある業界で、自分の能力を生かしたいと思うようになりました」

「自分の価値を知りたい」と軽い気持ちで登録していた転職エージェントに「AI系のエンジニアは引く手あまた」と言われて、心が動いた。「なにかを作る仕事なら、やりがいを持って続けられるだろう」と考えた時、思い浮かんだのが自動車だった。

「日本が世界に誇れるものは車だし、自動運転はまだまだ発展途上。そういう業界で仕事をするのは楽しそうだなと思いました」

転職するうえで最も重視したのは、「研究からテストまで、自分で担当すること」。それを任せてくれたのが、ホンダだった。


学ぶことが仕事に 自分が組んだプログラムで車が動く喜び

配属されたのは、本田技術研究所のなかの先進技術研究所。その名のとおり先端技術を対象とする部署で、2017年に入社以来、希望どおり、自動運転の研究をしている。東京・六本木のミッドタウンにある見晴らしのいいオフィスビルが職場だ。ゲーム機やパチンコに使用されるGPUを作る知識は、自動運転の技術にも応用できたのだろうか?

「まったく違う技術ですね。新人ではないので、基礎的な知識は独学で身に着けるしかありません。それは特別な話ではなく、チーム全員が、個々の課題を解決するにはどうしたらいいのかを考えて、おもしろい技術がありそうな領域を見つけたらそれを勉強して取り入れるということを繰り返しています」

自動運転の技術は日進月歩で、どんどん新しいものが出てくる。自分の頭のなかを常にアップデートしておくために、最新の論文を読み、学会に出て大学の研究者たちと交流するだけでなく、ユニークなアプローチをしているところがあれば訪ねて話を聞く。今も昔も変わらず勉強して新しい知識を得るのが好きな小室さんにとって、刺激的な日々だろう。

英語が得意な小室さんは、スイスの大学とドイツにある研究施設のホンダ・リサーチインスティテュートとの共同研究も担当している。新型コロナウイルスのパンデミックが起きる前は、1年に3、4回はヨーロッパに足を運び、情報交換をしてきたそうだ。海外のメンバーとのプロジェクトでは、前職の多国籍チームでの経験が大いに生きているという。

そうして得た知識をもとにプログラミングをして、実車でテストする。週に1、2回は茨城にあるテストコースに行き、パソコンを抱えて車に乗り込む。車が狙いどおりに動くこともあれば、動かないこともあるし、予想もしなかった動きをすることもあるという。

「車両テストすると、思うようにいかないことは多々あります。そのたびに、なにが原因なのか、細かく確認します。すぐわかる時もあるし、複雑に絡み合っていてよくわからないこともありますが、原因は私が書いたプログラムで、絶対どこかにバグがあります。私はバグとりが大好きなので、燃えますね(笑)」

研究職とはいえ、成果を出す必要がある。テストの日までに、想定したとおりに車が動くようにしなければならないから、期日前にはチーム全体が重圧と緊張に包まれる。それだけに、テストが成功した瞬間には、仲間たちと思いっきりガッツポーズをして称え合う。小室さんにとって、これが今の仕事のやりがいだ。

「やっぱり、自分が作ったアルゴリズムを車に乗せて、車がどう動くかまで確認できるのが、すごく魅力ですよね。必要な機材を揃えたり、自分ですべてやらなきゃいけないのは大変ですけど、その分、車が動いた時は本当に嬉しいです」

実は、同じ車業界で働いていた父親は運転が好きで、どちらかというと自動運転にはそれほど期待していない。小室さんの目標は、自分が作った自動運転の車を親にプレゼントすることだ。

「父親に納得させる車を出して、これもありだなって言わせたいですね」

Q&A

高校時代の一番の思い出は?

文化祭や体育祭、スポーツ大会などのイベントに燃えていました。文化祭では某芸人さんのネタを真似したり、スポーツ大会では「ドッジボールの小室さん」として有名になりました。

アメリカの大学で楽しかったことは?

いろいろな年齢の人たちと肩を並べて勉強したこと。私のラボパートナーは60歳の女性でした。大学は自分で学びたいものを学びに来るところなんだと実感し、より勉強が楽しくなりました。