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大学入試の東進衛星予備校 涙の体験記
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絶対1年後に戻ってくる! 決意を新たにしたキャンパス訪問
「新入生の方ですか」
京都大学のキャンパスで、谷口真穂は声をかけられた。
「えっ? 私、違うのに・・・」でも、ちょっとうれしい。谷口が京大を受験する1年前のことだった。
谷口が京大への進学を志望したのは、自然の成り行きだった。子供の頃からいつも、6歳年上の姉の後を追いかけてきた。中学へ進学する時も、「絶対あそこに行きたい」と、姉と同じ中学を受験した。姉に対する憧れ、そして、負けたくない、というライバル心。姉が京大に進んだ時点で、谷口が京大を目指すことも決まったようなものだった。大学の情報といえば、姉から聞く京大の話。高校生になり、受験について考え始めた時から「京都大学しかない」と思っていた。
高校3年を迎える春休み、谷口は姉に京大のキャンパスを案内してもらっていた。その日は合格者が入学手続きに訪れる日で、一人暮らしを始める学生のための家具の販売や部活動の勧誘なども行われていた。そこで、新入生と間違われたのだった。
総合人間学部を目指すことを決めていた谷口は、その校舎にも足を運び、目に焼きつけた。実際に足を踏み入れてみると「自分の中でのカリスマ性がより高まりました」。総合人間学部に通う姉の友達も「いろいろと相談にのってあげるよ」と、温かい応援メッセージをくれた。心強かった。
「1年後、ここにいられるよう、頑張ろう」
決意を新たにし、憧れのキャンパスを後にした。
東進で得た、勉強をする習慣、そして仲間
谷口が東進衛星予備校に入学したのは、高校1年の冬だった。
「そろそろ受験のために、ちゃんとやり始めた方がいいのかな」と思った高1の冬、アドバイスをくれたのも姉だった。東進に通い、京大合格を果たした姉は「自分のレベルに合った授業を都合のいい時間に受けられる。その分自分の責任も大きくなるけどね」と言ってくれた。谷口の負けず嫌いの血が騒いだ。
東進に通い始めてからは、それまであまり勉強に力を入れていなかったこともあり、トントン拍子に成績が上がり、学内順位も順調にアップした。東進では、いくつかの衝撃的な授業に出会った。長岡恭史先生の授業がその一つ。特に「微積もぐんぐん」は、「やっていて楽しい、何回も問題を解きたくなる」授業だった。「論理的に教えてくれる先生。自分が考えた答案と先生の解法を見比べると、先生の解法はすごく鮮やかで『すごい!』と感動したり、『ああ、こういう考え方もできるんだ。今度からやってみよう』というふうに、常に新しい発見がありました」。
英語の永田達三先生の授業は、先生の論理を自分のものにするまでに時間がかかり、初めはストレスを感じたが、「京大の英語を受けるなら、永田先生」という姉の勧めや、「この先生についていけば大丈夫だ」という自らの感触もあり、あきらめず続けた。予習復習など、この一つの授業を受けるために多くの時間を割いた。なんとしてでもついていこう、というその努力が力になった。
東進のシステムの活用もうまくいっていた。 「授業時間をうまく配置できたし、ホームクラスがすごく良かった。個別ブースになっていてすごく集中できるんです。それまでは勉強のやり方がわからずだらだらしてたんですけど、東進に入って、勉強する習慣が身につきました。そういう習慣というか基礎が身についたから、最後までできたんだと思う」と振り返る。
やや伸び悩んだのは、高3に入ってから。「京大を受けるならこれくらいは必要」というところに、あと一歩到達できなかった。模試の結果も、良かったり悪かったりで安定せず、徐々に焦りも出てきた。そんなスランプを乗り越えられたのは、「やるしかない」という強い気持ちと、“メリハリ”があったから。学園祭、体育祭、球技大会などの学校行事には積極的に参加し、ストレスを発散。楽しむ時は楽しみ、行事が終わったら勉強に打ち込む、という切り替えがうまくできた。
そのスランプよりも苦しんだのは、ラストスパートの時期、二次試験前だった。センター試験が終わり、二次試験のために赤本をやってみたら、思った以上に出来が悪かった。同時に時間を計って問題を解いた生徒は、自分よりずっと点数が良かった。「どうしよう・・・」言い様のない焦り。情緒不安定に陥り、自分を見失いかけた。そんな時支えになったのが、東進の担任の先生や仲間だった。
谷口が通っていた東進の校舎には、受験生みんなの思いが詰まったホワイトボードがあった。センター試験の後、誰からともなく書き込みが始まった。「京都大学総合人間学部合格 谷口真穂」というように、みんなの志望大学の合格祈願。さらに、空いているスペースに「自分を信じれば大丈夫」「みんなの合格を心から願ってる」という、数えきれない熱いメッセージが毎日書き加えられていった。「誰かが書いた言葉に勇気づけられたし、自分も書くことで、気持ちが高まっていたと思う。今思い出すとすごくくさいセリフなんですけど、その時はみんな、かなり真剣でした」。
ボードの真ん中には「やればできる!」の文字。大学合格を目指すみんなの心が一つになっていた。
どん底から天国へ・・・ 涙の合格発表
いよいよ迎えた二次試験。初日の国語数学、二日目の英語では、手応えを感じた。「最後の理科でうまくいったら受かるかな」
その理科が落とし穴だった。「難しい解けない・・・どうしよう」試験中パニックに陥り、問題が手につかなかった。試験終了。
「ダメだ、絶対落ちた」
茫然自失状態で試験会場を出た。待っていた母の顔を見たとたん、泣き崩れた。京都に来る前は受かるつもりでいた。だから、ついて来てくれた母は、谷口が試験を受けている間に歩き回って、一人暮らしをするための家を探してくれていた。いい物件が見つかり、二日目の試験が終わったら谷口もその家を見に行く予定だった。しかし「絶対落ちた」と絶望のどん底。とてもそんな気分にはなれず、そのまま広島へ帰った。
合格発表までは約2週間あった。「前期は絶対落ちてると思ったので、後期のための勉強をしなきゃいけないのに、頭ではわかっていても、やる気になれなかった。前期で燃え尽きてしまった感じでした」
宙に浮いたような状態が続いた。そんな自分が嫌で、また情緒不安定に。
合格発表は、3月9日正午。京大に通う姉の友達が発表を見て姉に連絡し、姉から谷口に知らされることになっていた。
正午から3分も経たないうちに、電話が鳴った。
「真穂ちゃ〜ん、おめでとうー!」
ずっと後を追い続けてきた姉の一声が谷口をどん底から天国へ導いた。
「ええ〜!? ほんと?」我を忘れて泣き叫んだ。落ち込み、苦しんでいる谷口を見ていた両親、祖母も大喜びだった。
まさに涙の大逆転勝利。
「もっと普通に、ひょうひょうと受かりたかったです」と谷口は当時を振り返って、苦笑いする。
今、大学生活が始まって約半年が経った。姉は京大卒業後、東京大学の大学院に進んだが「私は東大の院には行きません」と谷口はきっぱり言い切った。京都が好きだから。それに、ここで姉とは違う、自分だけのやりたいことが見つけられそうな気がするから。
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