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大学入試の東進衛星予備校 涙の体験記
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バレー中心から
受験への切り替え
高橋諒を東進に導いたのは、同じバレーボール部に所属する友人だった。東進に通っていた友人が、勉強に一所懸命に取り組む姿勢を見て、高橋は東進には何かがあるのではないかと思った。
「それまで通っていた予備校には、そういう雰囲気を持った人間がいなかったんです。友人の姿を見て、東進は一所懸命に勉強する人がいっぱいいて、受験勉強をするには良い環境なんだろうな、と思いました」それまでは週2回、別の予備校に通っていた。しかし、英数国の3教科を主に扱うところで、苦手科目の物理を強化することは難しく、別の方法はないかと考えていた。そうして、高橋は東進に入学した。
とはいえ、高3のはじめの頃は、部活と勉強の両立に苦労もした。ずっと打ち込んできたバレー部の最後の大会であるインターハイ予選が6月に迫り、追い込みに入ったからだ。
部活は毎日授業が終わってから約3時間。大会が近づくにつれ、練習の密度は濃くなり、最後の大会にかける思いも強まっていった。
6月のインターハイ予選、1回戦。高橋はライトアタッカーとしてコートに入った。高橋の新居浜西高は9点差をつけてリードしていた。そこで高橋は1年生と交代。しかし、その隙を一気に相手につけこまれた。みるみるうちに点差は縮まる。高橋は再びコートに戻されたが、相手に行ってしまった流れはもう戻らなかった。目の前に見えていた勝利を逃してしまったのだ。自分の力ではどうすることもできない、歯がゆい、悔しい最終戦となってしまった。
翌日は丸一日何もしなかった。そして、その次の日から、勉強へと気持ちを切り替えた。悔しさは残っていたが、次に自分が取り組まなくてはいけないのは受験だ。大会の前から、「部活が終わったら勉強一本や」と覚悟は決めていた。
「今までずっとやってきた部活が終わり、その分まで勉強に向けることができました。もう、部活を言い訳にして勉強から逃げることはできません。大会が終わって、本気で勉強をやるしかない!と腹をくくりました」
個性的な講義に
刺激を受け、
苦手科目を克服
▲「ハイレベル物理I・II」用のノートは、今も大切に保管。表紙にはタイトルとともに、苑田先生が授業で話した「自分の頭のみで再構築するのだ」という言葉が書かれている。
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バレー部を引退してからは、ほぼ毎日、学校が終わるとすぐに東進に向かい、夜10時まで勉強した。
「東進に通ってよかったと思うのは、担任の先生がいてお尻をたたいてくれたこと、センタープレ入試があったこと、そして、自習室があって、そこのルールを全員が守っていたことです。私語はしないというルールのもとで、自習室が緊張感を保てる場所だったことが大きかったです」と高橋は振り返る。
また、東進の個性的な講義から受けた影響も大きかった。
数学では、長岡先生の「微積もぐんぐん[応用編]」。授業の中でいろいろなパターンの問題と解法を学んだおかげで、微分積分の問題に関しては、阪大の二次試験も完答できるという自信がついた。また、講習を受講した出口先生の「驚異の現代文」では、「センター試験の国語の問題は、出題する側も絶対的な答えの確信がない問題は作れない。だから、素直に問題文を読んで、余計なことを考えなければ答えが出せる」という教えが助けになった。
そして、物理に苦手意識があった高橋を救ったのが、苑田先生の「ハイレベル物理I・II」だった。
「それまでは物理学を一つひとつ公式で処理しようとしていたけれど、苑田先生の授業では、物理学というものが実は一本の道筋に従った学問である、ということを教えてくれました。それを知って、何も難しいことを考える必要がないとわかったんです」
それ以降、物理の成績は格段に上がり、3年の秋以降は学校のセンター模試で100点を取ることもできるようになった。
「以前は50点取れるか取れないかという状態だった。あのままだったら阪大合格は無理だったんじゃないかと思います」
センター試験失敗からの逆襲
▲「微積もぐんぐん[応用編]」のテキストは、ボロボロになるまで使い込んだ。「1日8問!!」という文字に、高橋の決意が見える。
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苦手を克服し、挑んだセンター試験。しかし、思いも寄らない落とし穴があった。本番の、独特の緊張感にのまれてしまったのだ。
例えば数学。前半の平方完成の問題を間違えてしまったら、その後の問題が全滅になってしまう。そう思った高橋は、5回もやり直して確認した。他の設問も、一つひとつの問題を丁寧に解いた。しかし慎重になりすぎてしまい、完答することができなかったのだ。
時計と自分の進み具合を比べるたびに、焦りが募るばかり。しかし、「焦っているけど、ミスがこわくて、見直しを繰り返してしまう」という状況だった。
「焦って失敗したという経験談はいっぱい聞いていたので、自分はそうなるまいと思っていたんです。でも、いざ本番になると、自分もそうなってしまいました……」
その結果、目標としていた点数に80〜100点も届かなかった。「阪大で環境の勉強をしたい。それは絶対に曲げない」と決めていた高橋だったが、この時ばかりは気持ちが揺らいだ。「もし志望校を変えるように言われたら、変えてしまうぐらいのところにいたと思います」
しかし、東進の鈴木担任は、「大阪大学受けといで。諒くんなら大丈夫」と言ってくれた。その言葉が、高橋の迷いを吹き飛ばしてくれた。
「もうやるしかない!」。二次試験へと気持ちを切り替えた。決してあきらめない、という強い気持ちを持って。
そして二次試験。英語、化学は手応えがあったが、数学、物理は例年にない難しさに感じられた。物理は、見たことがない問題が出て、一瞬あきらめかけたが、「いや、あきらめたくない。とにかく書けることを書いてみよう」と思い直した。物理は、一問目が解けないと、その後の問題も解けないということが多い。だが、もう一度問題を読んでみると、最後の方に、苑田先生の授業で得た知識を活かして解ける問題があった。「これだ!」と、必死で書き込んだ。
合格発表当日。高橋はパソコンの前に座っていた。自宅で合否を確認するためだ。両親は仕事で、家にはたった一人。「大丈夫だ」という気持ちと「ダメだろう」という気持ちが交錯した。
午前10時。合格者の受験番号がインターネット上にアップされた。高橋は、自分の番号を見つけた。
「何度も見比べました。一桁ずつ一桁ずつ見比べて、あ、本当に俺や!と。信じられない気持ちと、嬉しい気持ち、両方でした」
すぐに両親にメールで知らせた。「おめでとう!」という返事が来た。両親も、メールを開く時に手が震えたという。
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「ODAなど、国家間、世界規模での環境問題に対応できる人間になりたい」という将来の目標に向けて、高橋は第一歩を踏み出した。今は大学の授業だけでなく、海外インターンシップの運営を行うNPOに参加し、忙しい日々を送っている。
大学受験を振り返った時、キーワードはやはり「あきらめないこと」。その言葉をこれから受験に挑む後輩たちに伝えたいと、高橋は笑った。
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