


板垣退助が襲撃される。
犯人は小学校教員。狙撃直後板垣が言ったという「板垣死すとも自由は死せず」の真偽は?
犯人は小学校教員。狙撃直後板垣が言ったという「板垣死すとも自由は死せず」の真偽は?
この日はどんな日?
1882年の4月6日
板垣退助は1837年、土佐藩士の子として生まれました。討幕運動に参加し、戊辰戦争では鳥羽・伏見の戦い、会津藩攻略などで活躍。1873年に征韓論を主張し、破れて下野。1881年、自由党を結成し、1884年に一旦解党、1890年の立憲自由党として再興し、翌年自由党と改称。1898年、進歩党と合同し憲政党を組織し、日本初の政党内閣、大隈重信内閣の内相を歴任。1900年、政界を引退。1882年のこの日、岐阜で、国民の自由と権利をとなえる遊説中、暴漢(小学校教員)に襲われ負傷した際に「板垣死すとも自由は死せず」と叫んだという説が流布していますが、実際には板垣はこのようなことは言っていません。この事件の直後、小室信介というジャーナリストが岐阜で行った演説の題名「板垣死ストモ自由ハ亡ビズ」が、板垣自身の発言として世間に広まったものです。政治活動のキャンペーンの素材として使われたんですね。しかし、そう伝説が広まったという事は、社会が民主的な社会を求めていたことの証明かも知れません。
この日が誕生日の有名人
宮沢りえ
(女優・1973年)
秋山幸二
(プロ野球・1962年)
伊東ゆかり
(歌手・1947年)
ヘーシンク
(柔道・1943年)
田嶋陽子
(法政大教授・1941年)
小沢昭一
(俳優・1929年)
亀倉雄策
(グラフィックデザイナー・1915年)

