


美濃部達吉が尿毒症のため武蔵野市の自宅で亡くなる。76歳。
憲法学者で、天皇機関説を唱えた。
憲法学者で、天皇機関説を唱えた。
この日はどんな日?
毎年の5月23日
1948年の5月23日、美濃部達吉は兵庫県高砂市出身。1897年、東京帝国大学卒業後、1900年に東京帝国大学助教授、1902年に教授へ就任。1912年に発表した『憲法講話』で、天皇は国家の最高機関であるとする国家法人説に基づく天皇機関説(主権は法人である国家にあり、天皇はその最高機関として他の機関の協力を得ながら統治権を行使する)を発表。天皇主権説(主権は天皇にある)を唱えた上杉慎吉との間に論争を展開し、天皇機関説が学界・政界・官界の通説となりました。1935年、貴族院本会議において天皇機関説非難の演説が行われ、軍部・右翼による機関説・美濃部排撃が激化。著書は発禁処分となり、不敬罪の疑いで検事局の取調べを受け、貴族院議員を辞職します。これが「天皇機関説事件」です。第二次世界大戦後は、国民主権原理に基づく新憲法への改正は「国体変更」であるとして断固反対しました。
この日が誕生日の有名人
柴原洋
(プロ野球・1974年)
ルーベンス・バリチェロ
(F1レーサー・1972年)
西川峰子
(歌手・1958年)
サトウハチロー
(詩人・1903年)

