「積分編」について
積分の考えほど、数学を越えて、人類に関係の深い学問はないと思います。私たちの祖先にとって、住んでいる土地を測量し、生活のために耕し穀物を生産する、その土地の面積を知ることは死活問題でした。
面積の計算は、まず長方形から始まり、それを分割して三角形、多角形へと進展していきました。これらはどれも直線によって区切られた図形で、面積の計算が長方形の面積から出発したことは、人類の智慧に適ったことでした。
次に人類が遭遇したのは、円の面積です。円形の土地もあったでしょうが、布地の切り口の円や宮殿の石柱の底面積、酒杯の口径など身の回りには円に関わるものがたくさんありますから、その面積を計算することが急務となってきました。
古代ギリシャでは、アルキメデスが円に内接する正96角形と外接する正96角形をつくり、円をはさんで、かなり正確な円周率と円の面積公式を発見しました。
100年ほど前の数学者アンティフォンは、円に内接する正多角形の辺数をどんどん増やしていったら、その正多角形はやがて円に限りなく近づくのではないか、円の面積は正多角形の面積の極限ではないかと考えました。アンティフォンには、明確な極限の意識はなかったでしょうが、無限回の手続きであることは理解していました。この方法を「取り尽しの法」といいます。
これに対して、ギリシャの賢人といわれるゼノンが、「アキレスと亀」という逆説をもち出して、大きさは無限に分割することはできないと主張します。アンティフォンは無限等比級数を知りませんでしたので、うまく反論できませんでした。
プラトンの高弟であったエウドクソス(BC408-355頃)は、この「取り尽し法」を用いて、角錐および円錐の体積を求め、また、球の体積はその直径の3乗に比例することを証明します。
さらに、エウドクソスは、無限等比級数を知っていましたから、ゼノンの「アキレスと亀」についても正確な反論ができました。この反論を同門のアリストテレスは支持しました。
しかし、当時の多くのギリシャの数学者は、エウドクソスの極限の思想を理解することができず、師のプラトンにまで疎まれてしまい、結局、彼の無限の考えはアテネ市民に不安を与え、その天才にもかかわらず不人気となりました。それで、彼はひとりアテネを去り、地方で数学の塾の教師をしながら生計を立てることになります。
エウドクソスの50年後に天才ユークリッド(エウクレイデス)、その20年後にアルキメデスが現れますが、この二人の天才はギリシャ的な精神の特徴である有限性を重んじて、できる限り無限の考えに近づくことを忌避しました。エウドクソスが考えた「取り尽し法」を用いれば、さらに多くの定理が得られたはずなのですが、ぎりぎりの有限性を保ちながら、無限や極限を回避して定理を証明してしまいました。それは、ギリシャに積分の考えが生まれるための苦しみだったのかもしれません。
解析学という学問は、微分積分の上に成り立つものですが、これは無限と連続の考えによって構築された数学理論です。微分積分にとって、とりわけ無限と極限の演算手法が本質的に不可欠なのです。
古代ギリシャでは、エウドクソスが無限と極限の考えをもつことができましたから、天才アルキメデスがそれをさらに発展させれば、積分の発見も夢ではなかったのです。しかし、歴史はギリシャ精神を用いてアルキメデスにストップをかけたのです。つまり、アルキメデスは、解析学の入口で立ち止まったまま中へ入ろうとはしなかったのでした。それ以後、古代ギリシャには積分を発見する機会は訪れませんでした。
16世紀、ドイツのケプラーが30歳のとき、プラーエの跡を継いで、彼が遺した火星に関する膨大な観測資料を25年も費やして整理して得られた結果が、「ケプラーの三大法則」とよばれるものです。そのうちのひとつが、「太陽と遊星とを結ぶ線分は等しい時間に等しい面積を掃く」というものでした。この図形の面積は、円弧の囲む扇形の面積ではなく、楕円の弧の囲む扇形状の面楕円積で、古代ギリシャのアルキメデスも想像しなかったような図形の面積です。
この面積の計算をケプラーは、今日の積分計算の原理に基づいて計算したのでした。これが、積分学の真の萌芽といわれています。
それは、面積と体積の求め方でした。例えば、面積の計算は、区分求積法とよばれるものを考えたのです。小さな長方形の面積で,考えている曲線に近似させる方法です。はじめは、区間の長さを1として、n 等分すると、小長方形の1辺の長さは1/n となり、n 等分する個数をどんどん増やしていくと、やがて小長方形の面積の和が曲線の面積に近づいていくことがわかります。
この方法は、昔、ギリシャのアンティフォンが円に内接する正n 角形をつくり、n をどんどん増やしていったことと同じ発想です。座標平面は50年後にデカルトによって発明されますので、ケプラーの方法をデカルトやフェルマが読み直して積分計算の公式をつくりました。
いずれにしても、現代の数学では、ある図形の面積を求める場合には小長方形の集まりを考えて、この小長方形の面積和で近似させる方法が極めて本質的な考え方となったのです。
人類が最初に考えたのが長方形の面積でしたが、現代の積分学の発端である区分求積法にも長方形の面積が核となっていることに不思議さを感じます。長い期間の紆余曲折の末に辿り着いた帰結に、面積の性質のもつ不思議さがあります。本書では、その集大成である積分学のはじめの思想と手段を学んでいきます。
数学を通して身につける力
私は長年にわたって大学入試の問題を作って来ました。同時に,毎年膨大な量の答案を採点して来ました。その立場から,ぜひ高校生の皆さんに伝えたいことがあります。それは,採点基準の背後にある,数学を通して身につけなければならない問題解決のための4 つの視点と12の力です。
それはまず,
Ⅰ 問題文を正確に読んで題意をつかむ力(読解・分析力)です。
これは,問題全体を見渡す働きをしている力で,この力をさらに分類すると,
1.その問題全体の構造を把握する力
2.問題の条件を把握する力
3.定義や定理を復元する力
になります。
与えられた問題に対して,これらの力が適切に使われるならば,解答は半ば成功といえるのです。
2番目は,
Ⅱ 題意を言い換える力(題意の翻訳力)です。
これは,正確につかんだ題意を目に見える形に翻訳し,客観化する役割を果たす力で,この力をさらに分類すると,
1.単純化・簡単化を行う文字を使いこなす力
2.視覚化・具象化を行う図やグラフなどを使いこなす力
3.機能化・具体化を行う文章または式を言い換える力
になります。
これらの力の特徴は,「~化」といわれる,対象に働きかけその対象を変化させる力を意味します。
3番目は
,Ⅲ 当面の目標を定めて,解答までの手順を設定する力(目標設定力)です。
これは,解答への足がかりというか,具体的に解答の方向を定め,大きく足を踏み出す力を意味します。この力をさらに分類すると,
1.論理的・直観的な視点から目標を定めていく,数や式や図形などの目標を定めていく力
2.経験的・演繹的な視点から目標を定めていく,類似問題を連想し利用する力
3.実験的・帰納的な表現法を背景に目標を模索していく,具体化して様子を見る力
になります。
これらの力は,解答するに際して,筋道をつくるために当面のゴールを定める力です。
最後は,
Ⅳ 計算や式変形を遂行していく力(遂行力)です。
これは,数学の答案を実際に作成する場合の基本となる力で,さらに分類すると,
1.大局的な方針や解法を定める手法を選択する力
2.局所的には,計算力といわれる目標に向かって具体的に展開する力
3.問題全体の流れを見極める設問を活用していく力
になります。
これらの力は,実は数学だけでなく英語や国語の問題を解いていく場合にも必要な力なのです。また,大学に入ってからも,社会に出てからも役に立つ力となるのです。
そしてそれは,人生の途上でいろいろな問題に出会ったとき,その問題を論理的に解決するための力になります。じっくりと腰をすえて取り組んで下さい。
佐藤恒雄