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非鉄金属メーカー業界

ダイバーシティ&インクルージョン(多様性と包摂)。高校生の皆さんにとっては馴染みの薄い言葉かもしれないが、今、世界中の企業が自社に根づかせようと努力する概念だ。日本の最大手非鉄金属メーカー住友電気工業(以下、住友電工)で働く野瀬麻里子さんは、学生時代の留学経験を生かしながら、同社のD&Iを推進する活動を続けている。

日本最大手の企業でダイバーシティ&インクルージョンを推進多様な人々が能力を発揮して新たな価値の創出を目指す

住友電気工業株式会社 ダイバーシティ・インクルージョン部企画推進グループ グループ長補佐

野瀬 麻里子  (のせ まりこ)

1982
兵庫県生まれ以後、父の転勤等で滋賀・宮城・富山で育つ
1998
富山県立呉羽高校入学
高三の半年間、父の仕事でイリノイ州の公立高校へ留学
2001
滋賀大学経済学部入学
2004
カリフォルニア大学アーバイン校
Extension Program留学
2006
滋賀大学卒業
2006
住友電気工業株式会社 入社
人事部労政グループ、大阪製作所人事グループ、
人事部グローバル人事室などを経て現在に至る

 

「中高生のときから、みんな同じ制服を着て周囲の空気を読んで行動することに、馴染めない気持ちを抱いていました。だからこそ今、仕事で取り組む一人ひとりの多様性を生かすダイバーシティ&インクルージョンの考え方に、とても共感を覚えるんです」そう語るのは、住友電工に入社して16年目になる野瀬麻里子さんだ。「ダイバーシティ&インクルージョン(以下D&I)とは、「多様性と包摂」を意味する。

「D&Iは、事業環境の変化に対応しながらイノベーションを創出していくため、組織で働く一人ひとりの視点・経験・知識(=ダイバーシティ)を生かし、それらを融合させて(=インクルージョン)組織の強みに変える取り組みのことです。そのためには、性別・国籍・年齢・障害の有無などにかかわらず、「多様な属性」の社員も働きやすく、最大限能力を発揮して成果を出せる組織づくりが重要となります。当社では切り口として『女性の活躍』に力を入れた取り組みを進めています」

D&Iは近年、持続可能な発展のための指針であるSDGsとともに、世界のあらゆる企業にとって最重要の課題となっている概念だ。日本最大手の非鉄金属メーカーで、エネルギー、情報通信、自動車などの多岐にわたる事業を展開する住友電工も、D&Iの推進に力を入れている。世界40カ国以上に28万人もの社員を擁するグローバル企業であり創業120周年を迎えた同社では、2020年6月に社長直轄組織としてD&I部を設置。野瀬さんは同部に所属する同僚4人とともに、社員や管理職を対象としたセミナーなどを企画しながら、社内にD&Iの浸透を図る。

カタコト英語で外国人を観光案内 アメリカで半年間の高校生活を送る

1982年、兵庫県伊丹市に生まれた野瀬さんは幼少期から高校にかけて、父親の転勤のために滋賀・宮城・富山と複数の地域で暮らした。中学のときは美術部に所属。絵を描いたりマンガを読むなど、「一人で没頭できる時間が好きだった」と振り返る。

「私の父は金属の薄膜を研究する研究者でした。企業で働いたあとに大学に移ったのですが、私が中学生だった頃、海外の研究者が日本にやってくると、私を『案内役』にして一緒に連れて回ることがありました」

忍者村など観光地の見どころを、カタコトの英語で外国の研究者に説明忍者村など観光地の見どころを、カタコトの英語で外国の研究者に説明すると、相手はとても喜んでくれた。中学生の頃からそうして外国人と交流の機会を重ね、父が海外の人と英語でやり取りするのを見る中で、自然と心に海外への関心が芽生えていった。中学卒業後、富山県の県立高校に入学した野瀬さんは、得意な英語の勉強と硬式テニスの部活に力を注いだ。人生の大きな転機となったのが、高校3年のとき、父の仕事の都合で半年の期限つきで米国イリノイ州に一家で引越し、現地の公立高校に通ったことだ。

「生徒数が多い、規模の大きな学校でしたが、私が唯一の日本人でした。非ネイティブの子たちが英語を学ぶESLのクラスに入ったのですが、周りの子が話している英語がぜんぜんわからなかったんです。初日から授業で当てられて頭は真っ白だし、お昼休みは広くて賑やかなカフェテリアに一人ぼっちで、食事は殆ど喉を通らず、最初の1週間は自室で毎晩泣いていました(笑)」

だが気持ちがどん底まで落ちきってから、開き直った。「どうせ半年後には日本へ帰るのに、友だちの一人もいないまま終わるのは嫌だ!」と思ったことから、勇気を出してESLのクラスの友だちに自分から話しかけたり、授業中も必死で発言するよう心がけたのだ。「日本でも何度か転校経験がありましたが、日本の学校では黙っていても、周りの友だちが転校生の私に気を遣って話しかけてくれました。でもアメリカでは黙っていたら、誰も相手にしてくれません。自分から積極的に発言し、行動していくことで、初めて『麻里子はそう思うんだ』と存在を認めて仲間に入れてくれたんです」

残り時間の少ない中で必死の受験勉強 留学経験と英語力が就職活動の武器に

ESLのクラスには、中国、フランス、ロシア、ミャンマーなどさまざまな国の出身の生徒がいた。野瀬さんは同級生たちと放課後にお互いの家に遊びに行くほど仲良くなった。またネイティブの生徒を対象とした日本語を学ぶクラスにも参加し、そこで同級生に日本語会話も教えた。最後の頃には、日本に帰りたくないくらいアメリカでの生活が楽しく、有意義な半年間を過ごすことができた。野瀬さんは同級生たちと放課後にお互いの家に遊びに行くほど仲良くなった。またネイティブの生徒を対象とした日本語を学ぶクラスにも参加し、そこで同級生に日本語会話も教えた。最後の頃には、日本に帰りたくないくらいアメリカでの生活が楽しく、有意義な半年間を過ごすことができた。

「大学でも再度留学したい」と考えたことから、経済的負担の少ない国立大学を志望。少ない期間で集中的に勉強するため3科目で受験でき、歴史があり卒業生の就職率も良い滋賀大学を受験することに決めた。ほかの生徒に比べ受験対策にかけられる時間も少なく、担任からは志望校を下げることも提案されたが、必死の勉強により見事現役で合格した。

「人生で最も大変だった経験の一つですが、自力で乗り越えたことが自信につながりました。アメリカでの半年間は、日本で過ごしていたら培われなかった価値観が身につき、自分の人格のベースとなったと思います」

滋賀大学の3年生のとき一年休学し、野瀬さんはカリフォルニア大学アーバイン校に8カ月間留学した。最初の半年で英語を集中的に学びTOEIC850点を達成し、後半は留学の目的であったグローバルビジネスを英語で学ぶコースを履修した。韓国、台湾、スペイン、トルコからの留学生と交流し、多様な文化や価値観に触れるとともに、英語の力を磨いた。12月に帰国すると「高い技術力でグローバルに展開する企業で仕事がしたい」と考え、メーカーを中心に就職活動を行い、最初に内定をもらった住友電工に入社を決めた。「当時はまだ留学経験のある学生が少なく、ちょうど当社でも海外志向の学生の採用に力を入れ始めたときでした。また男性中心の採用から、女性の採用を拡大する時期でもあり、ちょうどタイミングが合ったんです」

多種多様な存在が新しい価値を生み、目標に向かうことが自分を成長させる

入社してから人事・労務関連の部署で経験を積んだ後、英語を生かせるグローバル人事の経験を経て、現在の野瀬さんはD&I部の中心となって社内の意識変革を進める。なかでも力を入れるのが「女性の活躍」の推進だ。「社会での女性の活躍を日本政府も後押ししていますが、出産や子育てのために女性が思うように仕事に力を注げなくなってしまうことは今も珍しくありません。一方で、当社も共働き社員は増えており、私自身も共働きで4歳の娘を育てながら働いています。自分の経験を生かしながら、女性だけでなく、あらゆる人にとって働きやすく、やりがいを感じながら成果を出していける組織作りと風土を整えていきたいと考えています」

現代は技術の発展するスピードが日進月歩で早まっており、事業を取り巻く環境も目まぐるしく変化する。そういう時代だからこそ、同質性が高い集団よりも、多種多様な文化やバックボーンを持つ人がそれぞれの強みを発揮して協働する組織のほうが、変化にいち早く対応して新しい価値を生み出すことができる。多くの企業がD&Iに力を入れるのは、「そうしなければ次の時代に生き残れない」という切実な必要性があるからだ。

「D&Iの実践には、どの会社でも通用する定形のノウハウや正解があるわけではなく、自分たちの組織にとっての『最適解』を探す必要があります。また制度面を整えるだけでなく、一人ひとりの意識を改革していくことも極めて重要です。そんな難しい課題だからこそ、大きなやりがいと面白さを感じています」

留学した米国では自立した個として扱われ、自分の意見を言うことと、自己責任で生きる姿勢を求められた。「10代でそれを経験できたことが、キャリア形成において自分の武器になっています」と振り返る。「どんな環境におかれても、自分で立てた目標を持って行動する事が自分を成長させ、その経験は必ず将来の糧になるはずです」と語る野瀬さんの歩みは、多くの高校生の皆さんの未来にとっても参考となるはずだ。

Q&A

お休みの日の息抜きを伺いました!

コロナのために在宅勤務が増えたことから運動不足になり、空いている時間に家の周りを20分ほど走るようになりました。もともとランニングや筋トレは苦手でしたが、パーソナルトレーニングにも通ったことで克服し、達成感と充実感を感じています。