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総合商社業界

日本の経済の土台を支える総合商社。海外を舞台にした電力インフラ開発は心身ともにタフな仕事だ。インドネシアで電力インフラ開発に携わる久保 颯さんは、「だからこそやりがいも大きい」と言う。

総合商社で手掛ける海外電力インフラ開発

ビジネスの根底にあるのは人とのつながり

住友商事株式会社

エネルギーイノベーション・イニシアチブインドネシアEX部

久保 颯  (くぼ はやて)

1995年
福岡県生まれ。2歳で東京に引っ越し、小学4年生から中学2年生まで父親の仕事の都合によりアメリカ・ニューヨーク州で暮らす。
2011年
東京都 私立早稲田大学高等学院入学。所属したアメフト部は3年連続日本一に輝く。
2014年
早稲田大学 国際教養学部入学。大学2年の途中から3年までアメリカ・オレゴン州に留学。
2018年
住友商事 入社
インドネシアで電力インフラの新規開発を行う部署に配属。1年間のバックオフィス業務を経て二年目から現地出張にも赴き、開発実務を担当。2カ月に一度インドネシアを訪れている。

 総合商社は、「ラーメンから航空機まで」という表現で語られるほど、多岐にわたる事業領域を持つ日本特有の企業群である。食料品から石油や天然ガスなどの資源、金融、宇宙開発に至るまで、幅広い分野で事業を展開している。この業態は、海外でも「SogoShosha」として知られ、最近では、世界的に著名な投資家ウォーレン・バフェット氏が日本の5大総合商社への投資を表明したことで話題になった。


 5大総合商社の一角をなすのが1919年創業の住友商事だ。そのルーツは17世紀に初代住友政友が京都に書林(書店)と薬舗(薬局)を開設したことに遡る。現在は全世界に展開するグローバルネットワークとさまざまな産業分野における顧客・パートナーとの信頼関係をベースに、多様な商品・サービスの販売、輸出入および三国間取引、国内外における事業投資など、総合力を生かした多角的な事業活動を展開している。


 そんな歴史ある商社で、海外の電力インフラの新規開発を担当しているのが久保 颯さんだ。同社で開発を行っている地域はマレーシア、ベトナムなどの東南アジアや、ヨーロッパ、アメリカなど広範囲に渡るが、久保さんは入社以来インドネシアを担当している。


「新規事業、特に電力プロジェクトに関しては、現地のニーズを深く理解することが不可欠です。地域の電力需要や将来計画についての情報を基に、提案可能なプロジェクトを練り上げます。その提案が現地の電力会社の担当者に刺さるかどうかが成功の鍵。これをクリアして初めてプロジェクトは動き出すのです」


 その後もけっして容易ではない。必要な許認可の取得、製造業者や出資パートナーとの協議、資金調達のための銀行との交渉など多数のステップが存在する。各ステージでは利害関係の異なるステークホルダーとの折衝が求められる、なかなかタフな仕事である。


「その分やりがいは大きいですね。国家レベルでの巨大なプロジェクトを、その国の政府などさまざまな関係者を巻き込みつつ、皆で一つの目標に向かって進んでいくところがこの仕事の醍醐味です」

アメフトに明け暮れた高校時代。強みを磨いてレギュラーの座を獲得

 1995年に福岡県で生まれた久保さんは、幼少期を福岡と東京で過ごし、小学4年生から中学2年生まで、父の仕事の都合によりアメリカで暮らす。本人いわく「新しい環境に抵抗なく適応できた」のは、元々新しい場所や人々に出会うことが好きだったからだ。


「小さい頃から家族との関わりの中で笑いが絶えない環境で育ち、チームスポーツを通じて多くの友達と関わってきました。アメリカ生活では言葉の壁に直面しましたが、スポーツを通じて友達を作り、言葉も学んでいくことができました」


 そうとはいえ、最初の頃は授業についていくのがやっと。歴史の教科書を一日50ページ読む宿題を、泣きながら夜中まで辞書を手繰ったつらい思い出もある。しかし、それが今の久保さんを支える「なんとかなる」精神を育んだという。


「なんとかなる精神は、問題を後回しにしがちという弱点もありますが(笑)、前向きに物事に取り組む姿勢につながっていると思います。海外での経験は英語のスキルだけでなく、異文化理解という貴重な資産ももたらしてくれました。今振り返ると、あの時期がなければ今の自分はないと思います」


 日本に戻った久保さんは、高校進学の際にもスポーツを重視した。


 「アメリカンフットボール(以下アメフト)部のある早稲田大学高等学院を志望しました。当時、24年ぶりに全国制覇を果たしたこともあり、自分も日本一になりたいと憧れたのです」


 日本の高校スポーツは、上下関係が厳しいことで知られるが、同校のアメフト部はアメリカ発祥のスポーツということもあり、非常に気さくな雰囲気だったという。しかし、久保さんの前に立ちはだかったのが体格の壁だ。


「高校に入った時は細身で、身長175センチ、体重52キロしかありませんでした。だから体を大きくするための毎日の筋トレと食事はきつかったですね。授業が終わって、グラウンドに行って、家に帰ったら夜の9時。ご飯を食べて、寝て、起きて、学校に行ってという、高校時代はその記憶しかないくらいです(笑)」


 ポジションはディフェンスバック。ただし2年生までは控え選手だった。


「自分だけの強みを磨こうと、ひたすらタックル練習に打ち込みました。全体練習後もサンドバックに30本タックルすることを毎日続けた結果、3年の時にレギュラーの座を獲得。そして念願の日本一も果たしたのです」

海外で活躍する夢のため、大学時代に単身アメリカへ留学

 卒業後は早稲田大学に進学。「国際教養学部を選んだのは、将来海外で活躍する夢を持っていたためです。アメリカ生活で身につけた英語のスキルが、学部選択において大きなアドバンテージになりました」と振り返る。


 久保さんは2年の途中から3年まで、アメリカ・オレゴン州のポートランドにある州立大学での留学生活を経験する。


「留学は、勉強よりも社会的な部分での経験を深めたくて選びました。自分が社会人として何をしたいのか、改めて考える良い機会でした」


 大学での友人づくりでのきっかけはやはりスポーツだった。「大学のジムでバスケをしているときに友達を作り、そこからどんどん人脈を広げました」


 この留学経験は、コミュニケーションの重要性を再認識させるものだった。「何をするにしても人間関係が根底にある。特にビジネスでは、互いの強みを融合させることが成功の鍵です。そのために、自分が何を提供できるのかということを考えるきっかけになりました」


 就職活動は海外で大きな仕事をしたいという理由で、総合商社に絞り、住友商事との縁を得た。選んだ理由は、「面接でも自然体で会話できたことが印象的で、ここなら全力で仕事ができそうだと直感的に思った」からだという。


 初年度から海外の電気インフラを新規開拓する部署に配属。入社直後はバックオフィス的なサポート業務からスタートし、電源開発計画の分析や簡単な契約書の作成など、デスクワークが主な仕事だった。


 二年目からは現地出張も始まり、発電所の開発候補地の調査や、現地企業とのパートナーシップ構築に向けた交渉に携わるようになる。具体的には現地に足を運び、候補地をつぶさに見て回り、適した候補地についてレポートを作り、本社に提出、現地で得た情報をもとにプロジェクトのさらなる具体化に向けた検討を進めつつ、並行してパートナー候補の企業と協業に向けた条件交渉を重ねるという仕事だ。


 「異なる文化背景を持つ相手との仕事では、自分の常識を押しつけてはいけないと学びました。特にインドネシアのスタッフやお客さんとは相互理解と尊重が不可欠です。最初は日本人の仕事のやり方を当然のように求めていましたが、宗教、文化的の特性や国民性などを考え、相手のバックグランドを可能な限り理解したうえで歩み寄るようにすると、いろいろなことが上手く回るようになりました」

商社にいるからには、あらゆるビジネスを経験したい

 日本を飛び出した久保さんは、まさに水を得た魚だった。


 「インドネシアの電力インフラを整えるために、実際に現場に赴いたときは、これから何かが始まるんだと興奮しました。思い出深いのは、島を一周回って現地調査した経験です。車で観光客が行かない山の中を抜けて海沿いの開発適地を探す仕事を毎日4〜5時間かけて行いました。ホテルに帰ったら夜中までレポートを書いて東京に送信、数時間だけ寝て翌日また出発という仕事を一週間行いました。それまで先輩社員と二人三脚でやっていた仕事を、いきなり一人で任され責任の重大さを感じましたが、その分やりがいがあってワクワクしましたね」


 大型のインフラプロジェクトは、政府の方針一つで進行が変わることもあり、場合によっては数十年にわたり、自分が会社に所属している間に完成するかどうかも不確かだ。それでも「そんな大きなプロジェクトに関われることは、自分が商社に入った動機とマッチしている。これからも追い求めたい仕事です」


 現在、アメフトの社会人チームに所属し、商社マンとアスリートの二足のわらじで活躍する久保さん。選手としても、ビジネスマンとしても、尖った武器や個性を持つ人材になりたいと考えている。


「商社にいるからにはあらゆるビジネスを経験したいです。現在はエネルギー分野で、特に脱炭素という世界的に注目されているテーマに関わっているので、大型プロジェクトの経験を活かし新技術や新しい分野にも挑戦したいですね」

Q&A

人との接し方のコツはありますか?

まず人の話を聞くことだと思います。実はこれ、自分自身にも言い聞かせていることでもあるんです。分かっていても、つい相手が喋り終わる前に話しちゃうことがあるので……。そこをぐっとこらえて最後まで聞くと、「あ、そういうことなんだ」と理解が深まることが多いです。