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日本教育新聞社 企画特集 2023年1月30日より転載

鼎談 実社会で生きる情報リテラシー教育へ
~大学入学共通テストに加わった「情報Ⅰ」の持つ意味とは~

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   AIやIoTなど、技術革新が急速に進展する時代を生き抜く情報活用能力をもった人材を育成するためには、学校教育や民間教育の垣根を超えて、本気で情報教育に取り組む必要が生まれている。そこで、教育現場における情報教育に詳しい大学研究者と大学受験予備校などで民間教育をリードする3人の識者を招き、実社会で生きるこれからの情報リテラシー教育について話を伺った。

◆鼎談者

実社会を牽引できる人材育成に取り組む

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   村松 浩幸(むらまつ ひろゆき)氏 信州大学 学術研究院教育学系教授
   信州大学教育学部学部長。一般社団法人日本産業技術教育学会会長。NHK高専ロボコン審査委員長。専門は技術教育学。中学技術科教育の取りまとめを行う。2015年度科学技術分野の文部科学大臣表彰科学技術賞理解増進部門受賞。

情報教育を体系的に学んできた世代に期待

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   中山 泰一(なかやま やすいち)氏 電気通信大学 大学院情報理工学研究科教授
   1993年より同大学において計算機システム、並列分散処理、情報教育の研究に従事するほか、情報処理学会において教育担当理事などを歴任。2017年度科学技術分野の文部科学大臣表彰科学技術賞受賞。日本学術会議特任連携会員。

日本の国力を上げるサポートをしていきたい

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   永瀬 昭幸 (ながせ あきゆき)氏 株式会社ナガセ 代表取締役社長
   東京大学経済学部卒業。野村證券を経て、1976年に株式会社ナガセを設立。1985年には高校生向けの大学受験予備校である東進ハイスクールを設立。以後、「四谷大塚」「早稲田塾」「イトマンスイミングスクール」などの塾・予備校を展開するほか社会人教育にも進出している。

国際競争力を高めるには情報教育が不可欠

   ―2025年から大学入学共通テストの出題教科に「情報」が加わり、電気通信大学は個別学力試験に「情報」を出題することを発表。これを受けて、東進ハイスクールも日本初となる「情報Ⅰ」体験模試を2月にスタートさせます。その背景には、国際的な競争力を高めるデジタル人材の育成が急務になっていることが挙げられます。

   永瀬 スイスの国際経営開発研究所(IMD)が発表した「世界デジタル競争力ランキング2022」では、日本は過去最低の29位と低下。韓国が8位、台湾が11位、中国が17位などアジア諸国からも大きく後塵を拝しており、とても先進国とは言えない状況です。GDPの推移を見てもITの時代になって立ち位置は大きく変わっています。日本の国力を上げていくためには、情報を活用する力を高めていく必要があり、日本を救うためには情報教育をもっと進めなくてはなりません。

   中山 大学における「情報」の専門教育は50年前から行われていますが、小学校から中学、高校、大学へとつながる一貫した情報教育が謳われたのは20年位前から。そうした点では、2025年の大学入学者は情報教育を体系的に学んできた最初の世代になり、徐々に変わってくると期待しています。国力を上げるためには突出した情報の専門家を作ることも大事ですが、国民全体が情報活用能力を持ち、底上げされることが大きいと思うからです。

   村松 確かに今までの日本の教育は、全体の平均値を底上げすることは世界的にも優れていました。一方で、飛びぬけた人材を生むことは難しかった。しかし、これからは突出した才能を支えつつ、全体の底上げもする、両方のバランスをとっていくことが大事になると考えます。

   永瀬 今あがったことを実現するためにも、「情報教育」の在り方が問われます。現にアメリカなどは医学を専攻していてもプログラミングを勉強し、データ分析等として融合して予防医学に活かすといった「ダブルメジャー」の手法が取り入れられています。日本の大学はもとより、企業のトップや社会人にもそうした意識が低いままでは、そのうちに今ある仕事も他の国に奪われてしまうと危惧しています。だからこそ、日本社会全体の問題を変えていく導火線として、情報教育を国民に開放する必要があると思います。

   中山 中学の技術科や高校の情報科の情報教育では、「情報」そのものを勉強することも大事ですが、問題解決するために情報技術をどう活用していけばいいかといった、能動的にモノごとを考える力を身に付けさせることが重要になります。すなわち、コンピュータに使われているようではダメで、自分で使いこなしていけるような生徒を育成することが求められています。

新しい価値を創造するためのロジカル思考

   ―村松教授が会長を務める日本産業技術教育学会では、そうした次世代の技術リテラシー教育を進めていますね。

   村松 はい。イギリスやアメリカなどの先進国は、初等中等教育段階からテクノロジーを使って問題解決する「STEAM教育」が主流になっています。その中で、今の技術科は中学校において実社会の課題解決に挑戦するプロジェクト基盤型学習に取り組んでいます。例えば、母親を助けるための乳児をあやすロボットや、身体機能が低下した人をサポートする製品モデルを開発するなどの事例が生まれています。このように現実世界の問題にコミットしてイノベーションを創造できる力と、テクノロジーをどう使っていけばいいのかを舵取りする力を多くの国民が持つべきで、それを牽引できる人材を新しい技術教育で育成したいと思っています。

   永瀬 変化の激しい社会では、新しい価値を創造していかないと競争に勝てなくなっている。そうした考える力、発想する力のベースになるのが情報技術の知識です。情報技術を学びロジカルな考えを持つことで、一回失敗しても次につなげられるようになる。それができるようになるとこの国は強くなると考えています。

   中山 生まれたときから情報デバイスに触れている現在の中高校生は、大人の視点では測れない能力を持っています。その上で、小中高校で体得したことを使って大学に行く力を測るのが、大学入学共通テストの「情報」です。したがって、「情報」はペーパーテストの勉強をしろと言っているのではなく、どれだけ情報技術に慣れ親しみ、自分の問題を解決することにつなげているかを問われていると理解しています。
   ただし、問題なのは「情報Ⅰ」の上位科目である「情報Ⅱ」の開講率は東京では約5割、神奈川、埼玉、千葉などは約4割ありますが、全国的には17%にとどまっていることです。つまり、首都圏の多くの高校生は発展的な内容まで教わることができるが、ほとんど教わることもできない地方が存在するということです。むしろ地方こそ、情報技術を活用して新しい産業を生むなど活性化していく必要があると思うのですが。

   村松 長野県は移住者ランキングでは上位ですが、肝心のこれからの時代を支える18歳人口が県外に流出していて、若い人たちや特に女性が活躍できる土壌を作らないといけないと痛感しています。その布石となるよう、私の大学では先端的な技術を子ども発想で組み合わせる、小中学生による「STEAM教育」プログラムを行っています。先日、高齢者が楽しめるeスポーツを作ることに取り組んだ発表会を実施したところ、保護者や高齢者など地域の方々にも大変好評でした。こうした幅広い世代が一緒になって、子どもたちの未来を応援する場を作っていきたいですね。

   ―なるほど。「情報Ⅰ」において培った基礎の上に、情報システムや多様なデータを適切かつ効果的に活用する。あるいはコンテンツを創造する力を育成する力を持つことが社会に出たときの実践力になり、新しい価値を創造できる人材の育成につながるということ。また、そのためにも小中学校段階から情報技術を活用した学びの環境を提供することが重要ということですね。

今までと違う刺激を与える学びが必要

   永瀬 90年代に世界のモノづくりをリードしたのは日本の企業でしたが、IT時代になって立ち遅れました。でも、次のシチュエーションではAIなど新しい技術が主流になって、日本が再び世界をリードするチャンスが出てくるかもしれない。そのためには傑出した人材も生み出していかなければいけないと思います。

   中山 そうした人材育成として情報処理学会では、2018年度から全国の中・高校生が「情報」の探究活動に取り組んだ成果を発表する「中高生情報学研究コンテスト」を実施しています。中でも女子生徒は頑張っていて、女性がこれからの社会で活躍するためにも重要なコンテストだと思っています。また、本学会は小学校から大学3年生までは無料でジュニア会員になることができ、有料の論文も無料でダウンロードできるようになるほか、先生についても年会費を半額にするなど情報教育を推進しようと図っています。

   永瀬 東進・四谷大塚が実施する「全国統一テスト」は、小学生なら一度に15万人以上が受験するなど、業界トップになったと自負しています。一方で、教育に携わる立場としては、将来の日本を支える人材の育成にもっと役立ちたいと考えており、生徒のやる気を引き出す工夫を次々に仕掛けています。
   例えば、全国統一テストでは成績上位の小中高生500人を東京に招待して「決勝大会」として難問にチャレンジさせています。特長的なのは配点の3分の1以上を課題作文としていること。課題作文のテーマは1週間前に提示し、当日提出としています。原稿用紙4枚以上を提出するのですが、それだけ書くには色々と調べなければできません。未知の課題について自分で調べ、ご父母や先生と話して意見を聞き、まとめる。その中で生徒は大いに刺激をうけます。今までと違う刺激によって学習意欲が高まることを感じています。情報教育についても「これが君たちの一生を支え、仕事が楽しくなるスキルでもある」と生徒にとっての意味を伝えていくことが大切です。

   村松 私どもの教員養成大学では教科で免許を取得することになるため、その枠から抜け出せないことが大きな課題。そのため、来年度はSTEAM教育認定プログラムを走らせる予定です。その認定科目では先生方に自身の教科だけでなく、必ず他の教科と連携して展開することを課しているのが特徴です。

中学・高校の情報教育が抱える課題

   ―高校で「情報Ⅰ」の授業はしっかり行われているのでしょうか?

   中山 はい。ただし、全国の約5千ある高校には一校当たり一人は情報科教員が配置されていますが、「情報」の指導に専念できる教員は千人程度で、残りは他教科との掛け持ちになっているのが実態です。したがって、より授業の質を高めていくためには、2割にとどまる専任教諭を全校に広げていくことが重要だと考えています。

   村松 もう一つは免許外教員の問題です。高校の情報科で約500人といわれていますが、おそらく再来年度にはゼロになる予定です。むしろ課題は2千人に近くいる中学校の技術科です。特に地方の比率が高く、ある地域では正規の教員よりも数が多いところもあるなど文科省も危機感を感じており、実態調査を入れて指導体制を強化していく意向です。

   永瀬 先ごろ公開された「情報Ⅰ」の試作問題についても、プログラミングの問題についての不安の声を聴きます。「情報」の専門教員が指導していないことが要因になるのでしょうか?

   村松 その面もありますが、加えて技術科の時間数が少ないこともあると思います。教員が少ない点は私どもでもなんとかしないといけないと考えています。また、技術科教員の指導能力を測る認定試験を実施し、オンラインでも受験できるようにしてオンラインでも受験できるようにするとともに、資格を取得した人は採用試験時に加点してもらえるよう、教育委員会等に要望を出しているところです。

   中山 高校の情報科でいえば、本来は選択科目である「情報Ⅱ」まで開講するように持っていくことが大切だと思います。

「情報Ⅰ」の試作問題がメッセージするもの

   永瀬 もう一つ、東進では2月に大学入学共通テスト「情報Ⅰ」体験模試を実施しますが、本番のテストも試作問題を基準に出題されると考えてよいのでしょうか?

   中山 そうだと思われます。「情報Ⅰ」は、情報社会の問題解決、コミュニケーションと情報デザイン、コンピュータとプログラミング、情報通信ネットワークとデータの活用といった4つの領域があり、今回の試作問題はその4つの領域すべてが出題されている。それはこれまで公表された試作問題やサンプル問題も同様で、どの領域もおろそかにせず勉強してきてくださいというメッセージになっていると思います。

   永瀬 今度実施する「情報Ⅰ」体験模試は試作問題を十分に分析したうえで作題しているので先生方のお役に立てそうです。先日、200人以上の大学1年生に試作問題を受けさせたところ、教養を問うような問題では60%以上の正解率があったが、具体的なプログラミングを含むになると25%以下に落ちてしまい、やはり学習していないと歯が立たない。そう考えると、若干の年齢の差で社会人になったときのスキルの差が出てくるかもしれません。

   村松 今進められている学校の働き方改革でも、情報技術を理解したり使えたりするなど、DXに対する教員の素養があるかないかで進捗具合が大きく違ってきますね。情報の活用なくしては働き方改革は実現できないと実感しています。

   永瀬 東進でも業務を効率化させるRPAを高校に提案していますが、特にニーズがあるのは受験校管理です。例えば既存データに合否データを連携することで、次年度の受験指導に大いに役立つデータになるのです。こうしたデータ処理も、これまでは教職員がそのつどExcelで作って大きな手間になっていたとともに、データがバラバラで有効活用できていなかった状態だったものを、ITの力でより楽に有益な情報を出せるようにすることができるようになりました。

   中山 先ほど申し上げた、情報教育を体系的に学んできた世代が社会に出る頃には、情報リテラシーも随分変わってくると考えています。同時に、そこまでは民間の教育機関が支えていくことがとても重要になると思います。

   永瀬 この国の将来を左右する、学校での情報教育が急速に発展していくために、私どもとしてもできる限りサポートしていきたいと願っています。

    ―本日は、将来、子どもたちが社会に出たときに生きる資質・能力として欠かせない情報教育の重要性について、学校教育と民間教育のそれぞれの立場から貴重な意見を聞く機会になったと思います。ありがとうございました。

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