ページを更新する ページを更新する
TOP東進タイムズ 2026年4月号

極限の精度で未来を拓く
ー光格子時計と、未知への挑戦ー

東京大学大学院工学系研究科物理工学専攻教授
2021年基礎物理学ブレイクスルー賞受賞

香取秀俊先生

【ご講演内容】

日本を牽引するトップリーダーを講師に迎え、自分の将来・志を見つめる「トップリーダーと学ぶワークショップ」。今回は東京大学大学院工学系研究科物理工学専攻教授を務め、2021年基礎物理学ブレイクスルー賞を受賞された香取秀俊先生をお招きした。「極限の精度で未来を拓く―光格子時計と、未知への挑戦―」をテーマに、研究に対する考え方、挑む姿勢についてご講演いただいた。

未知を楽しむことが研究の醍醐味

きっと皆さんは、自分の未来を思い描くと、ワクワクする年頃だと思いますが、今日は私もワクワクしながら発明した、光格子時計について話したいと思います。それは300億年で1秒も狂わない時計です。宇宙が誕生してから138億年ですから、その2倍の年月が経ってもずれません。「そんなの何に使うの?」と思いましたか?まさにそのとおりで、今世界中の人がその使い方を考えています。ぜひ皆さんも考えてみてください。それは未知を楽しむことであり、研究の醍醐味でもあるのです。

最近、嬉しいことに光格子時計が、高校の物理の教科書に掲載されました(資料1)。大学の研究室に入った頃、先生に「教科書を書き換えるような大発見をしなさい」と言われましたが、それなりに達成できたのかなと思います。

資料1

資料1

私は小学生の頃、「ラジオ工作少年」でした。今とは違い、当時は道端に古いテレビが捨てられているようなことがよくありました。それを持ち帰り、分解して役に立ちそうな部品を集め、新たにラジオを組み立てることに夢中でした。

高校の頃は、朝から晩まで本ばかり読んでいました。広く世界を見るとはどういうことか、学んでいたのだと思います。振り返れば、迷ってばかりでしたが、人生で一番実り多き時間でした。

ただ、忘れられないことがあります。その高校には独自の体操があり、習得しないと卒業できませんでした。私は、その体操の動きに意味があるとは思えず、全く覚えられず落第しそうになりました。その時に自分は「考えてやることを大切にする」人間なんだと、自覚しました。

東京大学に入り4年生になる頃、研究室に配属となります。当時、量子コンピューターがカッコいいと思っていたのですが、関連の研究室は人気が高く、じゃんけんに勝たなければ入れませんでした。結局負けてしまい、レーザーを使った分光を研究する清水研究室に入りました。でも、そこでどんどん研究がおもしろくなっていったのです。

大学生ぐらいだと、自分にとって本当におもしろいことや、やりたいことなんて、わかっているようでわからないものです。実験が大好きになった私は、ラジオ工作少年だった本領を発揮し、実験のための道具をどんどん自作し、めでたく博士号を取得しました。

その後、1994年にドイツのマックス・プランク量子光学研究所(MPQ)へ、客員研究員として赴きました。紹介してくれた教授から「片道切符で行きなさい」と言われ、当たり前じゃないかと出発しましたが、ずいぶん後になって「お前の帰るポジションはないよ」という意味だとわかりました。でも「人間万事塞翁が馬」で、このMPQに行ったことが、私の大きな転機となりました。

30年前、外国の研究者と議論するなんてほとんどなかった時代です。ところがMPQには、世界中から優秀な研究者が、最新の成果を持って集まってくる。日本で研究していては、とても追いつけないし、私が興味ある分野はあまりに研究が確立されていて、未知の分野どころか舗装された広場になりつつありました。

でも逆に、日本でオリジナルな仕事をすれば、その情報は海外に漏れない。海外の人が考えていないような研究を、日本ですればいい。そう思うようになりました。

100万個の原子を「魔法波長」で捕まえる

帰国して1999年から、東大での研究をスタートさせました。

私は精度を極める研究、つまり原子時計の研究を始めました。とはいえ原子時計は、その当時でさえ50年ほどの歴史があり、みんなが考えるような正攻法では、とても成果は出ない。ーーだったら、誰も思いつかない方法で挑戦しようーーそう思ったのです。

そこで思いついたのは、光の定在波(一定の位置で振動を続ける波)に原子を閉じ込め、その振動数を時計にするアイデアでした。

時計の精度は振り子の精度で決まります(資料2)。振り子時計は振り子の往復で時間を測りますが、クオーツ時計は水晶の振動を振り子に時間を測ります。原子時計も原理は一緒で、原子が振動する回数を正確に数え1秒とします。現在、世界の1秒の定義を担っているのはセシウム原子時計で、セシウム原子が放つ電磁波が約91億回振動した時間を1秒としています。その精度は6千万年に1秒の誤差です。

資料2

資料2

一方で光格子時計は、セシウム原子の約4万倍もの高い周波数を持つストロンチウム原子の放つ光を利用し、1秒間に約400兆回の振動を計測できます。

実は以前から理論上、光格子時計と同精度の光原子時計は考えられていました。しかしそれは、原子1個の計測に100万秒、およそ10日間を要したのです。「ならば、100万個の原子を一度に計測すれば1秒で済む」と私は考え、特殊な波長のレーザー光で卵パックのような格子状の空間「光格子」を作り出し、そこに100万個のストロンチウム原子を1個ずつ閉じ込め、一斉に計測する手法を考えました。

本来、光で原子を捕まえようとすると、その影響で原子の振動は乱れてしまいます。しかし特殊な波長の「魔法波長」を使うことで、その影響を巧みに打ち消し、「原子の振り子に気づかれないように捕まえる」ことが可能になるのです。

2001年、7年に1度開かれる原子時計の国際会議に呼ばれ、このアイデアを披露すると、業界の重鎮たちから「そんなことはあり得ない」と口々に言われました。原子時計のゲームチェンジができると、ものすごくワクワクしたのです。

2003年に基礎実験に成功し、2005年には光格子時計が動作しました。そして2014年に18桁の精度で計測し、セシウム原子時計の100倍以上の精度を実現したのです。

2030年には、国際的な単位の統一や改定を決定する国際度量衡総会で、光格子時計が1秒の定義を担うことが有力視されています。約60年ぶりに秒が再定義されれば、それは時間の概念そのものが変わることにもなるはずです。

時間を共有する道具から時空間を測るセンサーへ

アインシュタインの相対性理論では、重力が弱いほど時間は速くなるので、重力が弱い高い所では、低い所より時計は速く進むはずです。

実験室で光格子時計を2台並べ、1台を1メートル上げて比較しました。すると上げた時計の方が速く振動することを実証できました。相対性理論をこの目で確認できたのです。それは時計が「時間を共有する道具」から「時空間を測るセンサー」となる可能性を得た瞬間でした。

例えば、光格子時計を全国各地に設置して光ファイバーでつなげば、地震や火山活動に伴う地殻変動をリアルタイムで検出し、災害対策に役立つかもしれません。

実際、光格子時計を東京と岩手県水沢の天文台に設置し、光ファイバーで結んで振動数を比較する実験をやっています(資料3)。東日本大震災の時、水沢では30センチメートル地盤が沈降した後、年3センチメートルずつ隆起しています。また満月の時の東京と水沢とでは、潮汐効果で、高低差が最大5センチメートルも変わります。こんなダイナミックな地殻変動も、光格子時計で観測できるのです。

資料3

資料3

光格子時計を使って、20年後をどう変えていくか

2025年3月に島津製作所が、世界で初めて光格子時計を製品化しました。基礎研究から社会実装の段階へと踏み出したのです。もし今後、光格子時計を誰もが持つ時代になれば、ニュートンが唱えた誰にとっても平等な「絶対時間」から、時計を見る個々人次第で時間が変わる「相対論的時空間」へ、既成概念が変わるかもしれない。今この瞬間は何のことかわからなくても、20年後には実感できる社会になっている可能性はあるのです。

時計の発展はいつも技術が先行し、アプリケーションは後から追いかけてきます。GPSのインフラの上に『ポケモンGO』が生まれたように、光格子時計のアプリケーションも次から次へと生まれることを期待しています。

私は、優秀な人と競争しない戦略を、一生懸命考えてきました。誰かがすでに研究したこと、していることは、その誰かに任せればいい。そうすると自分の進むべき道はどんどんはっきりしていきました。そのうえで好奇心に任せ、誰もやっていない道を選び進んできました。最初のベクトルさえ間違いなければ、あとは物理の法則が、社会に役立つ未来の技術へと導いてくれる。そう信じてきたから、幸運にも扉は開かれたのです。

現在、世界規模で量子を研究する人材の争奪戦が起こっています。年俸も右肩上がりで、博士の学位は、今や全世界を股にかけるビジネスパスポートです。おかげで意欲のある学生がどんどん来るようになりました。

量子や相対論が難しいと思うのは、実体験がないからです。光格子時計が日常にあふれたら、量子も相対論も実体験として納得できるようになるでしょう。

光格子時計が、20年後の社会をどう変えていくか、すごく楽しみです。そのときの主役は皆さんです。どうぞ自由に、もっとおもしろい、未来を探してください。

ワークショップ【優勝したチームのプレゼン内容】

「人類は、なぜ精度を追求し続けるのだろうか?」香取先生のお話を基に、与えられたテーマに沿って、メンバーと共に考え、話し合い、発表しよう!

優勝チームの内容
例えば東京スカイツリーは、東日本大震災でも倒れませんでした。それはすべてに高い精度を実現した、技術の結晶だからです。では、なぜ人間は精度を追求し続けるのか。それは人間が欲深いからです。現状に満足できず、より良いものがほしくなる。そして作ってもまたその欠点を見つけ、新しいものがほしくなる。人間が精度を追求し続けるのは、このスパイラルに陥ってしまうからなのです。

ワークショップの写真

ワークショップ【講評】

先生の講評

より便利に、より幸せに。科学者なら、より物事を知りたい。最初に発見した科学者が使い方をわからなくても、役立てようとする人たちが後に続く。そういう循環の中で人類は発展してきました。光格子時計で社会がどう変わるのか、私にもわかりません。その未来を作るのが君たちです。20年、40年後の素晴らしい未来を期待しています。

タイトル

ナガセの教育ネットワーク

教育力こそが、国力だと思う。