株式会社モスフードサービス
前 代表取締役社長・会長
櫻田厚先生

【ご講演内容】
日本を牽引するトップリーダーを講師に迎え、自分の将来・志を見つめる「トップリーダーと学ぶワークショップ」。今回は株式会社モスフードサービスの代表取締役社長・会長を歴任された櫻田厚先生をお招きし「感謝される仕事を貫く―世界に広がる“モスの心”―」をテーマに、仕事とリーダーに対する考え方、挑む姿勢、そしてプロフェッショナルとしての哲学についてご講演いただいた。
今日もここに来る前にモスバーガーを食べてきました。店長の頃からほとんど毎日食べていて、本当に美味しい。皆さんからも「美味しい」「健康にいい」と言ってもらえます。「食を通じて世界中の人々を幸せにする」がモスバーガーの経営哲学です。モスのMOSは、Mountain(山のように気高く堂々と)、Ocean(海のように深く広い心で)、Sun(太陽のように燃え尽きることのない情熱を持って)の頭文字。自然への深い尊敬と謙虚な気持ちを込めた名前です(資料1)。
さて、私がどんな人間かと申しますと、実は3歳のある出来事から本質的に変わっていません。それは父の靴を磨いたときのことです。私の母は「お父さんが家族のために頑張ってくれているんだから、靴くらいきれいにしてあげよう」と父の革靴を毎日2回、出かける前と帰宅後に磨いていました。その母の姿を、じっと眺めていた3歳の私は、ある日「僕もやってみたい」と言いました。革靴を持ってみたら、ものすごく重い。見よう見まねで一生懸命磨きました。そのとき母は涙を流しながら言ったのです。「お前すごいね、すごいね」と。
本当に嬉しそうな顔で褒めてくれる母を見て、私は「人のために何かをやって褒められると、こんなに嬉しいものなのか」と、スイッチが入ってしまったのです。それから私は「人が喜ぶ、何かおもしろいことをやろう」と考える少年になりました。
そんな私に大きな転機が訪れました。高校2年の夏休み、父が脳出血で急逝したのです。当たり前に思っていた生活は一変、母は昼に工場のパート、夜は和裁と朝から晩まで働き詰めになりました。少しでも家計の助けにと、私も放課後に蒲田のレストランで皿洗いを始めました。時給100円でしたが、月25日閉店まで働いて、母に1万円渡せました。職場の先輩たちの指導もあり、社会で働くとはどういうことか、人より早く学べ、その後の仕事にとても役立ちました。
結局、大学進学は諦め、卒業後は広告代理店への就職を決めました。
資料1
広告代理店で楽しく働いていると、叔父から電話がかかってきました。この叔父がモスバーガーの創業者・櫻田慧で、創業する少し前の話です。
叔父は「出社前に、おにぎりを幹線道路沿いで売ってくれ。自由にやっていいから」と言ってきました。そんな大変なこと乗り気にはなりませんでしたが、叔父の頼みです。自分で仕入れ先と販売場所を見つけ、交渉し、段取りをつけ、売る当日を迎えました。
場所は開店前のガソリンスタンドに間借りしたのですが、道路はひどい渋滞で誰もわざわざ買いに来ません。そこで渋滞する路上に出て「おにぎりいかがですか?」と声をかけました。すると、飛ぶように売れたのです。初日100個、2日目は200個があっという間に完売。ところが3日目、パトカーがやって来ました。「道路交通法違反だ。明日また売ったら逮捕」と。4日目を迎えることなく、私の人生初の店は閉店しました。
この顛末の報告を受けた叔父は、朝の時間帯は確実に売れると判断し、モスバーガー創業の際に、営業時間を朝6時からと決めたのです。
1972年6月、東京は板橋区成増の、わずか2.8坪のお店から、モスバーガーは始まりました(資料2)。八百屋さんの倉庫を借りて、内装・キッチン一式を含めて費用わずか180万円。3日間で作り上げた、席もない小さな店でした。
資料2
私はアルバイトとして入りました。「店長になるには普通3年かかる」と言われましたが、私は「人の2倍働き、3倍質を高めれば、あっという間にスキルが身につき、3年もかからないはずだ」と考え、8カ月で店長になりました。
1978年、店長だった成増1号店の目の前に、マクドナルドが出店してきました。モスの12席に対して、マクドナルドは120席超。前日は心配で眠れませんでした。
オープン当日の朝、マクドナルドは駅前でポテト無料券を20人がかりで配り、それが私にはモスへのバリケードに見えたほどです。でも何もできなかった。前日心配して集まってくれたアルバイトさんたちに伝えたのは「とにかくいつもどおりに掃除をしよう。笑顔で、心を込めて商品をお渡ししよう」と、ただそれだけでした。シフトに入っていない人まで「手伝います」と当日朝から集まってくれました。
ところがその日のモスは、平日売上の新記録を更新したのです。しかも翌日はその2倍近く、翌々日の日曜日は、モス始まって以来の50万円超えを達成したのでした。普段は週2回来てくださるお客様が、「モスが潰れたら困る」と3回、4回足を運んでくださったのです。
創業から6年間、地域のお客様との信頼関係をひたすら育ててきたから、この日がありました。私は閉店後1人厨房の中で泣きました。お客様も、アルバイトさんも、地域の人も、みんなが肉親のように心配してくれていたことが、心底ありがたかったのです。
1986年、モスバーガーは外食産業として初めて、全国47都道府県への出店を達成し、海外展開へと踏み出しました。最初は台湾で、私は現地の社長として37歳で赴任しました。
初めての海外、言葉から習慣からほとんど何も知らない状態で、最初は意思疎通できませんでした。このままではダメだと始めたのが、筆談です。漢字でやりとりし、教えてもらった言葉の発音を繰り返し習う。そうして語彙をどんどん増やしていくと、相手も変わり始めました。「櫻田さんが本気で一緒にやりたいと思っている」と伝わってから、組織全体が動き出したのです。
私は「世界一素敵な会社を作ろう」というスローガンをみんなと共有し、1号店から13店舗にまで拡大できました。台湾での経営基盤を確立できたのです。大切なのは相互に価値観を認め合うこと。もちろんモスの経営哲学は絶対に曲げません。けれど運営する方法は、その国の価値観、文化に寄り添う。この両方が海外展開の要だと、台湾の6年半で学びました。
1997年、叔父である社長が60歳でくも膜下出血により急逝しました。突然のことで会社全体が大混乱に陥り、翌年、47歳の私が代表取締役社長に就任しました。
当時はとにかく責任の重さに押し潰されそうでした。全国の現場で3万人以上のキャストが働いています。その7割が女性、さらにその7割がお母さんや主婦です。最高齢85歳で現役の方もいました。皆さんなぜモスで働いているかと聞けば「お店の人がみんないい人だから、やりがいがある」でした。この環境を守らねばならない。
就任間もない頃の深夜2時、近所のお寺のベンチに座って必死に考えました。出した答えは「とにかく、できることからやるしかない」。翌日から誰よりも早く出社し、本社の前を掃除し始めました。モスバーガー全店では創業から、朝の開店前に店舗周辺を清掃する「朝課」を続けています。それを本社前でも始めたのです。
後に、カー用品のイエローハットの創業者で“掃除の神様”と呼ばれた鍵山秀三郎さんから、若いのに偉いと褒めていただきました。「掃除をすると、掃除した場所はもちろん、自分の心がもっときれいになるよ」という鍵山さんの言葉を、今も大切にしています。
企業経営に大切なものは、人・物・金・時間・情報・ブランドですが、その中で1番大切なのは「人」です。社員、お客様、地域の皆さんを始め、お取引先様や金融機関、行政機関なども含め、ビジネス上は「ステークホルダー」と呼びます。一般的に「利害関係者」と訳しますが、私は「応援、支援してくれる方々」と捉えています。
1人では何もできません。周りから応援してもらえるか。経営者として問い続けました。会社は応援なしには成り立たないことを、成増店の厨房で泣いたあの日、心より学びました。困った時だけ頼るのではなく、日頃から信頼される関係をつくることが大切なのです。
私が大切にしてきたことを、今日は皆さんにお伝えします。
まずリーダーは「言行一致」です。軽々しくやるとは言わず、言ったなら必ずやる。できないなら言わない。これが信用という財産をつくります。信用がつくと、周りはどんどん知らないうちに応援してくれます。
落ちているゴミへの態度にも表れます。4つのタイプがあり、①気がつかない ②気づいても無視 ③自分は拾わず人に拾わせる ④何も言わずサッと拾う。リーダーたるもの④でありたいですね。ゴミを拾う動作は、しゃがんで、頭を下げます。この所作が気持ちにも現れます。頭を低くし謙虚に人に接すれば、友達も仕事の縁もどんどん増えます。横柄な態度の人には、良い情報も良い縁も集まってきません。
商売とは、たらいの水です。張った水を自分の方へかき集めようとすると、水は逃げていく。相手の方へ押し出すと、回り回って戻ってくる。人のために動いていると、必ず戻って来るのです。「儲けたい」と思うほど儲かりません。
SNSが発達し、AIが普及するデジタル時代だからこそ、人間同士が直接向き合う価値は高まります。特に1対1のコミュニケーションでは、大勢の場では言えない話もできる。本当の相互理解と相互信頼が生まれやすいのです。
最後に、失敗を恐れず挑戦してほしいと思います。そこから学んでほしい。「かわいい子には旅をさせろ」ではありませんが、挑戦した経験を重ねるほど、いつの間にか成長している自分に気づくはずです。相手を喜ばせたい、その一心で働き続けたことが、私の大きな財産となりました。皆さんもぜひ、誰かが喜ぶおもしろい仕事に挑戦してください。
「“学ぶ”とは何か」櫻田先生のお話を基に、与えられたテーマに沿って、メンバーと共に考え、話し合い、発表しよう!
優勝チームの内容
動物も経験から「学ぶ」という事実を出発点に、人間らしい学びとは何かを考えました。その目的は人生の質を高めることにあり、そのための手段として「視点を増やすこと」が大切です。視点を増やすには先人の話を聞き、良いと思った行動を試し、結果を検証し、また次の人から学ぶ。そのサイクルを繰り返すことで視野が広がり、より豊かな選択ができるようになる。それが人間らしい学びだと結論づけました。
先生の講評
「視点を増やす」という着眼が素晴らしい。好奇心は持つだけではなく、行動に移してこそ経験となり、視点も増えます。視点を変えると行動が変わり、結果が変わり、またそこから学べる。人は1人では刺激を得にくく、人との出会いが成長の鍵となります。人生は長さより濃さ。より素敵な人生を送ってください。
