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はじめての大きな決断

 東大を諦めて、センター試験利用入試で合格した私大に進学するか、それとも再び東大受験へチャレンジするか。決断を迫られたとき、海谷昂平は自らこう問いかけたという。
 全力で勉強したか――。
 「答えはわかりきっていました。NOです。課題をこなすのに精一杯で、今思うと全てが受け身でした」
 もう1年受験勉強したからといって必ず受かる保証はない。不安はないといえば嘘だ。それでも再挑戦を決意したのは「このまま大学生になっても後悔すると思ったから」だ。
 予備校を調べて、まずは東進新宿校・本科コースの説明会に参加することにした。東進には高校生のときから通っていて実力講師陣による講座や自由度の高いカリキュラムを気に入っていた。「校舎に行ってみて、違うなと思ったら他を探そう」と思っていた。しかし、校舎長・古岩井の言葉で「ここしかない」と直感する。
 「肝に銘じて欲しいのは、浪人しても落ちる人は落ちるということ。しっかり勉強した人だけが合格できるのです」
 甘い言葉など一切ないからこそ「信頼できた」と海谷。その厳しい言葉とリンクするように本科には独特の”決まりごと”があった。
 〈朝8時半までに登校し、少なくとも夜7時までは校舎で学習する。〉
 慣れるまで辛かったが、早い時期に長時間勉強する習慣を身につけられたことは大きかった。
 意外だったのは、勉強に集中するために「1年間は孤独でも仕方がない」と覚悟していたが、全くの杞憂であったことだ。
 「週に1回、東大志望の仲間とグループ・ミーティングがあって勉強の相談や情報交換をしました。高校の時よりも強いつながりを感じて、わかりあえる感覚がありました」
 担任助手は新宿校・本科コース出身の現役東大生で、「いつ、何をすべきか」について具体的で説得力のある学習アドバイスを得られた。

東大受験の真髄は「基本」

 本科と現役時代で一番変わったのは「基礎への姿勢」と海谷は断言する。特に数学は顕著だった。
 「基本の大切さを高校のときは全くわかっていませんでした。基礎の理解に時間を費やすより、応用や実戦問題を1問でも多く解けるようにならなければと焦っていました」
 ところが、得意なはずの数学で思い通りに点が取れない。「どうしてだろう?」と不思議に思っていたという。そんな海谷の救世主となったのが数学の松田聡平先生だった。
 新宿校・本科コースのカリキュラムでは映像とライブ、2つの異なるスタイルの授業を受講できる。松田先生は東大志望者を対象としたライブ授業の数学を担当していた。
 「松田先生は事あるごとに“基本の大切さ”を強調されていました。何よりも先生の問題解説を聞いて、“そもそも基礎がなければ応用や実戦問題を解けないんだ”ということが理屈としてわかったんです」
 海谷は授業で推奨されたセンター試験レベルの問題集を完璧に理解できるまで何周も解いた。すると、難度の高い問題に対し、以前は1つしか思いつかなかった解法が複数浮かぶようになり、その中から最も短時間で解けるものを選択できるようになった。
 「点数も自然と伸びて、夏頃には自信を持って『数学が得意だ』と言えるようになりました」
 ユニークな富井健二先生による古文も忘れられない。
 「まるでスポーツの訓練のように古文の基礎を叩き込まれました」
 同じような意味の単語をかたまりで覚えて、次にその反対の意味にあたる単語もかたまりで覚える。1つの単語について同義語、反対の意味が一気に出てくるレベルになるまで繰り返し覚えた。
 映像を活用した授業では自分の得意不得意にあわせて基礎を固め、緊張感のあるライブ授業で応用力や実戦力を鍛える。つまずいたら映像を活用した授業に戻って弱点を強化する。
 「映像とライブ、それぞれのメリットを生かすことで効率よく学力を伸ばせたのがよかったです。理想的な学習環境でした」

1年前の自分に欠けていたもの

 9月。夏に受けた「東大本番レベル模試」の結果が次々と明らかになった。順調に得点を伸ばしていた海谷はA判定を取る。しかし、皮肉にもこれが海谷を追い詰める羽目になったのだ。
 「怖くなったんです。今が自分の頂点で後は下がるだけなんじゃないかって」
 成績を維持しようと勉強時間を増やしたが逆効果だった。極度のストレスで体に支障をきたし、一時は授業が受けられなくなるほどひどい状態だったという。医者にみせると「受験が終わるまでは完全な回復は見込めない」と言われた。
 この辛い時期をどうやって乗り越えることができたのか。海谷は次のように振り返る。
 1つは仲間に救われたこと。ライバルでもある彼らに「自分の弱さ」をさらすのは恥ずかしかったが、正直に症状を明かすことで授業中に退出しても他の人の集中力を切らさないように配慮した。また、彼らが温かく見守ってくれたことで、海谷自身も気を遣う煩わしさから解放されたという。
 「もう1つは松田先生から言われた言葉です」
 体調を崩してから2か月後、松田先生がクラスの生徒を対象にたまたま個人面談を設けてくれた。海谷が体調のことを相談すると、松田から返ってきたアドバイスは意外なものだったという。
 「入試本番が終わるまでは、常に“自分が1番だ”と思いなさい。解けない問題があっても“自分が解けないんだから他の人も解けない”と思えばいい」
 はっとした。きれいごとでは受験の壁は越えられない。海谷に欠けていたもの――それは「闘争心」だった。

1%の悔いも残さない

 年が明けて間もなくすると、センター試験が実施された。海谷には痛い思い出がある。去年は、出願した早稲田3学部のどこかには合格するだろうと高を括っていたらすべて不合格だった。リベンジすべく万全の準備で臨んだ。900点満点中843点という高得点を叩き出した。
 早稲田大5学部を含むセンター試験利用入試で出願したすべての大学に合格。どんなにほっとするだろうと思っていたが、予想もしなかった感情が湧いてきて、自分でも驚いたという。
 「センター試験後に受験した『東大本番レベル模試』で過去最低の点数をとってしまったんです。早稲田大に受かった嬉しさよりも悔しい感情のほうが勝って、絶対に東大に合格してみせると思ったんです」
 そこからは東大本番入試までは「一番充実していた時期」であった。まさに無心というのはこのことであろう。目標を見据えて全身全霊で受験勉強に臨んだ。
 海谷は本科に入学した当初から1日の半分は「音読」にあてていた。英語はもちろん、数学以外の全教科のテキストを読み上げることで体に染み込ませるように定着させた。
 「入試直前は丸1日音読室にいました。仲間もできて、同じ空間でそれぞれのやるべきことに向かっている一体感が好きでした」
 どんな状況でも集中できるように音読室では過去問も解いた。
 東大入試本番。前夜は緊張でほとんど眠れなかった。自分を奮い立たせて入試に挑んだ。
 1日目、得意の数学が思ったように解けなかった。しかし、落ち込む暇はない。悔いを残さないようにやるだけだ。むしろ、辛かったのは入試本番が終わってから合格発表までの日々。
 「時間が過ぎるのをこんなにも遅く感じたのは初めてでした」
 合格発表日。前日は敢えて夜更かしをし、発表時刻ぎりぎりまで寝ている算段だったが2時間前に目が覚めてしまった。気持ちが高ぶり、座っていることができない。意味もなく部屋のなかを歩きまわった。
 12時きっかりに自宅のパソコンからアクセスを試みた。混んでいるようだ。何度目かにようやくつながった。画面をスクロールする手が震える。
 「あった」
 すぐには信じられなかった。母と受験票を何度も見比べた。さらに携帯でも確認した。
 「間違いない」
 海谷の目からどっと熱いものがあふれてきた。既に目を真っ赤にしている母と抱き合い、2年分の喜びを噛み締めた。