この言葉は、江戸時代中期、米沢藩の藩政改革に尽力した第9代藩主、上杉鷹山の名言です。この言葉に出合って以来20年、常に僕自身に言い聞かせてきた大切な言葉でもあります。人は目の前の困難にぶつかると「難しいから無理」などと、とかく逃避しがちでそれは僕も同じです。そんなときはこの言葉を頭に思い浮かべ、胸に手をあてて考えてみるんです。「できないと言う前に、自分はそれを本当にやってみたのか?」と。
僕がこの言葉に出会ったのは高3の夏でした。実はその直前に失恋をしてしまい、ひどく落ち込んでいました。そんな僕をみかねた友人が、偉大な人物の伝記を読んでみろと声をかけてくれました。偉大な人物の功績を知れば、失恋して落ち込む自分がいかにちっぽけな存在かわかると、そういう励ましだったのでしょう。そんな僕はある一冊の本を手にしました。それが上杉鷹山の伝記だったのです。当時、僕は上杉鷹山についてほとんど知識がありませんでした。しかしその伝記を読むにつれ、鷹山その人の魅力にぐいぐい引き込まれていったのを今でもよく覚えています。
上杉鷹山は弱冠17歳で、米沢藩主として家督を継ぎました。戦国時代の名将、上杉謙信公の流れを汲む名藩も、彼が藩主になった頃は激しい財政危機に瀕しており、ただちに藩の財政改革を行う必要がありました。鷹山は「質素倹約」を信条とし、彼自身が率先・実行しました。若い藩主の厳しい改革に、当然のことながら先代からの重臣による強い反発もあったようです。しかし彼は、藩政立て直しの心構えとして「なせばなる……」と自らに、また藩士藩民に説き続け、その結果見事に藩を立ち直らせたのです。
当時、僕は英語が苦手で「できない」と思い込んでいました。いつも、好きな理系の科目ばかり勉強して英語は苦手と決めつけていたのです。だからこそこの言葉を知ったとき、僕はかなりの衝撃を受けました。「できないんじゃない、やっていなかったんだ!」とわかったからです。鷹山はたった17歳で財政難の藩の立て直しに挑んだのです。苦手な英語の克服くらい18歳の自分にできないことはない!と一念発起。それから僕は中1のときの教科書まで戻り英語の総復習をしました。自分は何を理解し、何を理解していないのか。それを知ることから始めました。「問題が明確になれば人は努力できる」ということなんですね。それ以来、英語の成績は少しずつ上がっていき ました。まさに「なせばなる」です。「自分が“知らない”ということを知る」「つらくても逃げずに実行する」ということは、今皆さんが直面している大学受験に限らず、社会に出てからも大切なことなのだと思います。
「なせばなる……」と常に心で唱え藩政を立て直した上杉鷹山。藩民の心を捉えたのは、何よりも民を思う真心が根底にあったからでした。この言葉との出会いがきっかけで大好きになった鷹山のように、僕も真心が伝わる授業を皆さんに贈っていき
たいと思っています。




