華やかさに流されず大切なものを見失わない生き方
三重苦を背負った大学時代
私は兵庫県の出身なんですが、大学受験を機に東京にやってきた理由のひとつに、将来マスコミ業界で働きたいという夢がありました。若い頃にありがちな漠然とした憧れでしたが、文章を書いたり、テレビ番組の制作をしたり、当時はまだ女性キャスターはいませんでしたが、キャスターとして仕事をしてみたいとも思っていました。
想像しにくいかもしれませんが、私が大学生のころの一般的な価値観だと、「浪人」した女子が親元を離れて「一人暮らし」をし、しかも「四年制大学」に通うなんていうのは就職三重苦だったんです(笑)。
ただでさえ、マスコミ業界に入るには狭き門を突破しなければいけないと思っていたので、三重苦の私が正面から入っていくのはかなり難しいと思いました。そこで考えたのは、どこか脇から入る道はないかということ。だから、アナウンサー養成学校で勉強をしたり、読者モデルとして雑誌や地方紙で仕事をしてみたりして、とにかくマスコミ業界の入り口を探して右往左往している状態で
したね。
そんな私を見ていた牧師を目指す友人のK君が、ある仕事を紹介してくれました。それが、当時人気絶頂だったゴダイゴというバンドのベーシスト、スティーブ・フォックスさんのファンレター処理のお手伝いでした。
初めて体験した芸能界の熱気
K君は敬虔なクリスチャンで、同じくクリスチャンだったスティーブと知り合いでした。
スティーブはアメリカ人と日本人のハーフでアメリカ育ち。日本語に関しては日常的な会話であれば問題ないのですが、ファンレターなどでややこしい言葉や難しい漢字が入っていると理解できない場合がありました。出演しているラジオに寄せられるリスナーからのハガキを読んであげたり、難しい日本語表現があれば噛み砕いて伝えたりするというのが私の仕事でした。
夢にまで見たマスコミ業界で働くことができたので、私は何てラッキーなんだろうって本当に嬉しかった(笑)。ラジオ番組だけでなく、毎週のように出演していた人気音楽番組『ザ・ベストテン』にも同行して楽屋などで仕事をさせてもらうことも。毎週多忙なスケジュールをこなすメンバーに同行しながら、全く見えなかったマスコミ業界への入り口が見え始め、その世界に小指の先だけでも足を掛けることができた喜びで相当舞い上がっていたのを覚えています。
しかし仕事を始めて2カ月くらい経った頃、スティーブの心にある変化が起きていたことを知りました。それは敬虔なプロテスタントのスティーブにとって、どうしても避けられなかったことかもしれません。彼の取った決断とは、人気絶頂だったゴダイゴの地位も名誉も捨てて、宣教師として生きる道だったんです。
華やかさと堅実さのはざまでの決断
その人気ゆえメンバーは休みが少なく、スティーブの奥様やお嬢ちゃんが楽屋に会いにきていることが何度もありました。奥様は仕事を理解しているようでしたが、お嬢ちゃんは家にお父さんがいないことが寂しくて仕方がなかったようです。それも決断の背景にあったことを、後にスティーブの雑誌のインタビューで知りました。
脱退の意思を固めたあとは、その理由をメンバー一人ひとりに丁寧に、理解してもらえるまで一所懸命話していました。メンバーもそれに応えるように、決して感情的にならずに彼の真意を掴もうとする。加えて、とても知性的で、冷静なのに温かい判断をしていました。脱退するまでの一連の過程を真近で見ていて感じたことは、これが大人の賢い会話なんだということです。
私は大学卒業後、出版社勤務などを経て、ひょんなきっかけから予備校講師になりました。ちょうど予備校講師として有名にもなり始めた頃。東京でテレビ出演をしたりマスコミから取材を受けたりしているうちに、「何て気持ちがいいんだろう」と少しずつ天狗になり始めていました。
▲雑誌の読者モデルをしていた
大学生の頃の荻野先生
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そのときになぜか、ふとスティーブのことを思い出したんです。私は、彼があのときに捨てた“地位”や“名誉”に今まさに目を奪われて、本来の目的を見失っているんじゃないかって。信念を失ってしまったら、空中分解してしまうのではないか、そんな恐怖感に襲われました。
そこで、私にとって大切なものは何なのかと改めて考えたんです。やっぱり私にとって一番大切なのは「生徒」でした。だから、生徒が嫌がるような番組には出演はしない、授業が疎かになるようなテレビ出演や取材はすべて断るようになりました。もちろん取材は減りましたが、「それが何だ」って思えましたよ。なぜなら、どんなに有名になっても生徒を失っては意味がないことに気づいたからです。
人生の岐路に立たされたときに、自信を持って決断ができるようになったのは、大学生の頃にスティーブの生き方を通して人生の華やかさと堅実さの両方を目の当たりにしたからだと思います。人間は弱いものです。華やかなほうに流れやすく、知らず知らずのうちに自分を見失ってしまう。私はスティーブに生きるうえで見失ってはいけないもの、人生でここ一番のときに守らなければいけない優先順位のようなものを教えてもらいました。その基準の根底にあるものは、やはり人への愛情ではないかと思っています。