楊太真が貴妃(楊貴妃)となる。
この日はどんな日?

745年の8月19日

楊貴妃は唐の時代の719年に生まれました。当時、都の長安は世界最大の都市として隆盛を誇っていました。幼名は玉環。その美貌から玄宗の第18皇子、寿王の妃となります。しかし、皇帝であり義父でもあった玄宗は妃を病気で亡くすと、顔立ちの似ていた玉環を寵愛するようになります。息子の妃をそのまま自分の妃にしたのでは聞こえが悪いので、一度楊太真の名で出家させました。そして745年のこの日、女官の最高位である「貴妃」の称号を与えました。貴妃とは後宮の等級で皇后に次ぐものでしたが、皇后は空位としたので実質的にはナンバー1です。玄宗は楊貴妃を溺愛し、公務が妨げられようとお構いなしでした。茘枝(ライチ)が好物だった楊貴妃のために、玄宗は600キロも離れた広東地方から長安まで「ライチを3日間で運べ」と、無理な命令を下したというエピソードもあります。次第に国政は乱れ、755年、玄宗の腹心の一人である安禄山が乱を起こし、玄宗と楊貴妃は窮地に追い詰められます。そして玄宗は反乱軍の要求に従い、泣く泣く楊貴妃を引き渡し、縊死させたのです。楊貴妃は若干38歳でその生涯を終えました。絶世の美女を「傾城(けいせい)」「傾国」と言いますが、この語は楊貴妃が城や国を傾かせ滅ぼしてしまうほどの美女であったことによります。

この日が誕生日の有名人

ふかわりょう
(タレント・1974年)
立浪和義
(プロ野球・1969年)
風間トオル
(俳優・1962年)
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(元米大統領・1946年)
ライト兄弟・弟
(飛行家・1871年)

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