東京女子医科大学 名誉教授(元副学長)
同大学先端生命医科学研究所 特任教授(前所長)
岡野 光夫先生
各界の最前線で活躍する経営者や研究者を講師に迎えて、未来の社会や自身の姿に目を向ける「トップリーダーと学ぶワークショップ」。8月は日本の再生医療の第一人者である東京女子医科大学の岡野光夫先生をお招きして開催された。「これまで治すことのできなかった患者を一人でも多く救いたい」と語る岡野先生。その熱い講義と「イノベーション創出と社会貢献」をテーマにしたワークショップの模様をお届けする。
早稲田大学大学院高分子化学博士課程(工学博士)を修了後、1979年東京女子医科大学医用工学研究施設助手、助教授、ユタ大学薬学部Assistant Professor, Associate Professorを経て、1994年より東京女子医科大学教授、ユタ大学併任教授となる。2001年より2014年3月まで東京女子医科大学先端生命医科学研究所所長、2012年10月より2014年3月まで同大学副学長を務め、2014年4月より同大学名誉教授・特任教授となる。
大阪大学招聘教授、早稲田大学客員教授、ウェイクフォレスト大学医学部客員教授。2012年より四川大学名誉教授。2005年より2014年9月まで日本学術会議会員、2011年より2013年まで内閣官房医療イノベーション推進室室長代行。1992年日本バイオマテリアル学会賞、1998年高分子学会賞、2005年第2回江崎玲於奈賞、2009年紫綬褒章などを受賞。専門は、バイオマテリアル、人工臓器、ドラックデリバリーシステム、再生医工学等。細胞シート工学を提唱し、角膜、心筋、食道、歯周、中耳、軟骨の臨床をスタートさせ、世界初・日本発の再生医療の実現と普及を目指している。
私は将来、患者自身の細胞で心臓を作ってしまおうと考えています。そう聞くと皆さんは驚くかもしれません。今日は医学部だけではなく、薬学部や工学部が一体となってチャレンジしている「再生医療」のお話をしましょう。
「再生医療」とは患者自身の細胞を培養して、角膜や弱った心臓などの臓器を再生させる医療です。重い心臓病に苦しむ患者に対しての治療といえば、これまで心臓移植しか手段がありませんでした。ですが移植には拒絶反応の危険性が伴います。また、臓器提供者がいつ現れるのかもわかりません。
しかし自分の細胞を使用すれば、そうした心配をする必要がありません。2007年に行われた拡張型心筋症という患者への手術は、患者本人の足の筋芽細胞を培養して移植しています。拡張型心筋症は心臓の筋肉が機能低下する病気ですから、足の筋芽細胞でも修復できるのです。
しかし培養した細胞をただ患部に注射しただけでは、心臓の組織と同化しません。そこで使われたのが「細胞シート」です。厚さ0.1ミリの薄いシート状にして、これを心臓に貼りつけるとやがて心臓と一体化し、心筋の機能も回復します。この手術は、日本発の画期的な医療テクノロジーとして注目を集めました。
細胞シートの開発までには多くの技術的な困難がありました。とりわけ難題だったのが、培養した細胞の機能を損なうことなく患部に移植することです。従来の方法では、培養皿の上で増やした細胞を剥がすときに、細胞の表面の重要なタンパク質まで壊していました。そこで注目したのが、温度によって疎水性/親水性へと変化する高分子です。この高分子をナノレベルの薄さで培養皿の表面に敷きつめると、温度を変化させるだけできれいに細胞を剥がすことができます。
しかも細胞シートの片面には細胞同士を結合する接着タンパク質が残ったままですから、粘着テープのように貼りつけることができます。これを何枚も重ねていけば、心臓を丸ごと作ってしまうことも夢ではないのです。
このようにして今、角膜や心臓、軟骨や歯などで細胞シートを使った新しい治療が始まっています。また、細胞シートを安価に大量に製造する「組織ファクトリー」の建造も構想しているところです。
私が所長を務めていた「先端生命医科学研究所」では、現在も多くの医師や技術者が一体となって研究を進めています。過去に例のない治療法だけに、法律や社会制度との調整も必要です。自動車という新しいテクノロジーが発明されたとき、我々は道路や交通ルール、免許証制度を作って新しい社会の仕組みを整えました。再生医療も同様です。新しい仕組みを皆さんで考え、日本発のテクノロジーで世界の患者を救う時代を切り拓いていってください。
テーマは「イノベーション創出と社会貢献。
岡野先生の「細胞シート工学」の実例を踏まえながら「イノベーション」と「社会貢献」とのつながりを議論する。まずは自分の意見を予備シートに書き出すことからスタート!
ここからは、チーム力の勝負。
予選に向けて、チームの考えを1枚のワークシートにまとめる。「見やすく大きな字で」「チャートや図を使って」――聴衆に伝わりやすいようにプレゼンテーションにも工夫を凝らす。ここからはチーム力の勝負だ。
予選に向けて、入念な練習。
入念な練習を行ってから予選会に臨む。1チーム2分の持ち時間の中でいかにインパクトのあるプレゼンテーションができるかが決め手。イノベーションの定義を追求するチームや、日米のイノベーション事例を比較するチームなど、その切り口もさまざまだ。
予選を勝ち抜いて、いよいよ決勝。
予選を勝ち抜いた4チームの代表者が壇上に上がりいよいよ決勝。「イノベーション機関の設立」といったオリジナリティ溢れる意見の数々に顔をほころばせる岡野先生。「帰属社会を超えるには目標を持つこと」「社会貢献は一人ではできない」――講評にも力が入る。
表彰式と記念撮影
どのチームも「甲乙つけがたい」という接戦の中、岡野先生が選んだのはイノベーションと社会貢献をつなぐ「発信力」の重要性を説いたチーム。表彰状の授与のあと、岡野先生を交えて記念撮影。ワークショップは盛況のうちに幕を閉じた。
私は以前「先端生命医科学研究所」を見学して細胞シートの実物を見せていただいたことがあります。そのときに細胞シートに興味を持ち、もっと詳しく岡野先生のお話を聞きたいと思ってワークショップに参加しました。ワークショップではお互いが議論することで自分の意見が深まり、問題解決能力を磨くことができたように思います。将来は医療機器の研究開発に携わりたいと考えています。
細胞シートでこれまで治せなかった病気を治せるようになってきたという岡野先生のお話に、日本の医療の未来を感じ取ることができました。足の筋肉から細胞を培養して心臓に移植することができるなんて驚きです。ワークショップの参加は4回目です。参加当初は自分の意見を言うこともできませんでしたが、今では積極的に発言しています。次回もぜひ参加したいと思います。
「何もやらなければ失敗は起きないけれども、やらないと患者は救えない」「新しいことを生み出すには、どれだけ時間がかかってもやり遂げなくていけない」という岡野先生の言葉が心に残りました。決勝では発表者を務めたのですが自分の語彙の少なさを痛感。将来は環境工学部に入って、地球温暖化と都市構造を一緒に学べる学科に進学したいと思っています。
工学系を志望しているのですが、校舎でこのイベントの告知をしていることを知り、興味を持ちました。とりわけ印象に残ったのは、医療は臨床医と研究医という二つの立場から支えていかなければならないという先生の言葉です。多角的な視野から多様な取り組み方で問題を解決していかなければならないという姿勢に、深い感銘を受けました。
私は医師を目指しているのですが、岡野先生の講義を通じて日本の医療の現状や研究医の様子などを知ることができてとても意義深かったです。また、これからの医療は工学との融合という広い視野を持ってやっていくことが大事なのだと実感しました。ワークショップでは、自分よりも深く物事を考える同年代の人たちにたくさん出会えたことが一番の収穫です。